多入鹿とは? わかりやすく解説

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多入鹿

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/02/10 07:18 UTC 版)

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多 入鹿(おお の いるか)は、平安時代初期の公卿朝臣官位従四位下参議

経歴

延暦12年(793年少外記に任ぜられると、式部少丞播磨大目/少掾を経て、延暦17年(798年従五位下兵部少輔に叙任される。のち、桓武朝末にかけて少納言近衛将監を歴任する。

大同元年(806年平城天皇即位すると、その側近として近衛少将に任ぜられる。その後は急速に昇進し、大同3年(808年正五位下右少弁、翌大同4年(809年)には従四位下山陽道観察使に叙任され公卿に列した。

嵯峨朝に入り、大同5年(810年)6月に観察使制度の廃止により参議に転ずる。同年10月に発生した薬子の変では東国へ向かおうとした平城上皇を懇切に諫止したが受け入れられず、結果的に連座して参議を解任され、讃岐守次いで安芸守、讃岐権守に左遷された。

弘仁7年(816年)10月3日卒去享年58。最終官位散位従四位下。

官歴

注記のないものは『日本後紀』による。

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 『公卿補任』
  2. ^ a b c d 『近衛府補任』

参考文献




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