吉田漱とは? わかりやすく解説

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吉田漱

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/12 19:28 UTC 版)

吉田 漱(よしだ すすぐ、1922年3月11日[1] - 2001年8月21日[1])は、日本歌人、美術史家。筆名・利根光一。美術史、特に浮世絵に関する研究書で知られる[1]

来歴

東京府彫刻家の吉田久継の長男として生まれる[1]。1941年、東京美術学校油絵科に入学[1]。1943年、学徒出陣により中国大陸中部を転戦[1]復員後の1947年に東京美術学校を卒業[1]。同年、アララギ歌会に出席し土屋文明に入門[1]。1948年、アララギの若手集団「芽」に参加[1]。1951年、近藤芳美を中心とする歌誌『未来』の創刊に参加[1]、編集を担当するなど、同誌のの推進的リーダーとなる[2]。青年歌人会議、東京歌人集会、定型詩の会にも参加して、現代短歌運動を推し進めた[2]。1969年、「利根光一」のペンネームで著書を著す[1]

東京美術学校卒業後、東京都の公立中学校、都立高校教員を経て[2]、1976年横浜国立大学教育学部講師[1]、1978年岡山大学教育学部助教授[1]、1979年同教授[1]。1985年同大学を退職[1]。1987年まで同大学大学院講師、1990年まで多摩美術大学講師を務めた[1]

1992年、日本浮世絵協会第11回内山賞受賞[1]。1995年『バスティーユの石』で第31回短歌研究賞受賞[1]。1998年『『白き山』全注釈』で第9回斎藤茂吉短歌文学賞受賞[1]

著書

単著

共編著、解題

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 吉田漱 :: 東文研アーカイブデータベース”. TNRICP (TOBUNKEN). 国立文化財機構 東京文化財研究所. 2023年12月19日閲覧。
  2. ^ a b c 解題 吉田漱」『現代短歌全集 第13巻』筑摩書房、1980年https://dl.ndl.go.jp/pid/12506439/1/210?keyword=吉田 

参考文献 

  • 『文藝年鑑1998』[要文献特定詳細情報]



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