台静農
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台 静農(たい せいのう[1]、臺靜農、1902年11月23日〈光緒28年10月24日〉 - 1990年11月9日[1])は、中華民国の作家・書家・中国文学史家。魯迅の友人[2][3]。台湾大学名誉教授[4]。号に静者・龍坡居民など[1][4]。
生涯
安徽省霍邱県出身[1]。学生時代から詩作し新文化運動に参加する[5]。北京大学研究所国学門卒業後、1925年、魯迅と面識を得て、魯迅が創立した未名社の一員となり[1][2]、郷土文学の一翼を担う[2][6]。以後、中法大学、輔仁大学、北平大学、厦門大学、山東大学[5]、国立編訳館、白沙女子師範学院などに勤める[1]。
1946年、許寿裳に招かれて台湾に渡り、台湾大学教授を務める[1][5]。台湾では白色テロを避け創作よりも教学に専念した[2]。1973年退職、1990年病没[4]。
青島と台北に「台静農故居」がある。台北の故居は、日本統治時代に建てられた日本家屋であり、2024年に「台静農人文会館」としてリノベーションされた。
主な作品
- 《地之子》(短編小説集、1928年)
- 《建塔者》(短編小説集、1930年)
- 《龍坡雜文》(1988年)
- 《靜農論文集》(1989年)[5]
脚注
- ^ a b c d e f g 岩波書店辞典編集部 編『岩波 世界人名大辞典』岩波書店、2013年。ISBN 978-4000803151。1547頁。
- ^ a b c d e 蔡登山 著、坂嵜仁美 訳「魯迅を語らなかった台湾大学教授台静農」『魯迅 海外の中国人研究者が語った人間像』明石書店、2011年。 ISBN 9784750334714。133-152頁。
- ^ 譚璐美 (2015年12月4日). “それでも中国はノーベル賞受賞を喜ばない”. Newsweek日本版. 2025年11月7日閲覧。
- ^ a b c 秦賢次 (1995年). “臺靜農年表”. 中央研究院. 2025年11月10日閲覧。
- ^ a b c d “臺靜農人文會館”. tjn.ntu.edu.tw. 2025年11月9日閲覧。
- ^ “郷土文学”. www.lang.osaka-u.ac.jp. 2025年11月9日閲覧。
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