南紀とは? わかりやすく解説

なん‐き【南紀】

読み方:なんき

紀伊国南部の意》和歌山県南部から三重県南部にまたがる地域紀南(きなん)。


南紀

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/07 08:06 UTC 版)

日本 > 近畿地方 > 南紀

南紀(なんき)とは、令制国紀伊国の別名。今日の和歌山県全域と三重県東紀州地方(旧・南牟婁郡および北牟婁郡)にあたる。

ただし後述するように、現在は紀南(きなん;紀伊の南部=現在の和歌山県南部や三重県東紀州地方の南部)と同義で使われることが多い。

本来の南紀

本来の南紀は「南海道紀伊国」の略[1]であるという。

南紀の地域区分[2]を検討した小池洋一によれば、『南紀徳川史』の題に見られるように、「南紀」とは紀伊国全体を指す概念である[3]。また南紀派南紀重国などの語の「南紀」は紀州藩を指している。

南紀と紀南

「紀南」とは、和歌山県全域または三重県東紀州地方をそれぞれ2~3区域に分けたうちの南側の呼称であり、紀伊国全体を指すものではない(区分の詳細については紀北・紀中・紀南の当該項目を参照)。よって南紀と紀南は本来は別の意味である。

しかし現在「南紀」という語は和歌山県の紀南地域を指して使われることも多く、和歌山県に住む人々の間でさえしばしば「紀南」と「南紀」は混同されている[4]

例えば、紀南に相当する田辺市新宮市・西牟婁郡・東牟婁郡では1999年平成11年)に「南紀熊野体験博」というイベントが開催された。その会期中には伊都郡橋本市が「北紀高野」をうたって観光キャンペーンを行ったが、「北紀」は歴史的に根拠のない名称である[5]

南紀と紀南との混同は、戦後の観光ブームの中で観光上の要請から広まったものと見られ[6]1965年(昭和40年)には新宮市から西牟婁郡の一帯を言い表す観光用語として「南紀」を用いることが勝浦温泉旅館組合から呼び掛けられさえした[7]和歌山県立図書館所蔵の郷土資料を基に、南紀と紀南の用法を検討した桑原康宏は、少なくとも大正期までは南紀と紀南が混同されることはなかったが、昭和40年代頃には南紀と紀南が互換的に使用され、さらには新宮にまで南紀が冠されるようになったとしており[8]、前述のように地名の歴史的定義が不確かになっていることが判明する。

地理学者の山口恵一郎は、「南紀」という語そのものを第二次大戦後の観光ブームの中で生じた造語と見なしている[9]が、この見解には根拠が乏しい[10]。というのも、紀伊国を「南国」「南海」と呼ぶ例は『日本書紀』等の古代の記録にまでさかのぼることが確かめられており[11]、南海道の範囲をめぐる地域認識や中世熊野詣の盛行においても、南紀は確かに認識されていた[11]。すなわち、紀伊国全体を指す呼称としての南紀は古代からあったと考えられる。

近世においても『紀伊続風土記』では「本国は上国にして南海道の首に居りて近国なり」(提綱第一・総論)[12]と述べられており、畿内の南に位置する地方として、また、から遠く隔たった辺境の地として認識されていたことが分かる[13]。これに対し、隣接する三重県の地域区分には伊賀北勢南勢志摩・南紀とあるが、ここでいう「南紀」とは、志摩の南島地方につづく南海道紀州地域ということが意識して使われるようになったものと考えられている[14]

南紀の歴史

南紀の交通

南紀を冠した固有名詞

交通機関
観光地

脚注

  1. ^ 『角川日本地名大辞典』 編纂委員会編[1985: 356]。
  2. ^ 南紀の地域区分については桑原[1999]、金田・石川[2006]、小池[1986]などが詳しい。さらに両文献において挙げられた文献をも参照。
  3. ^ 小池[1986]
  4. ^ 桑原[1999: 299]
  5. ^ 桑原[1999: 300]
  6. ^ 桑原[1999: 300-301、303]
  7. ^ 那智勝浦町史編さん委員会編[1980]
  8. ^ 桑原[1999: 303-305]
  9. ^ 渡辺ほか[1967]
  10. ^ 桑原[1999: 300-301]
  11. ^ a b 服部ほか[1984]
  12. ^ 引用文書き下しは桑原[1999: 301]による。
  13. ^ 桑原[1999: 301]
  14. ^ 桑原[1999: 303]

参考文献

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会編『和歌山県』角川書店〈角川日本地名大辞典30〉、1985年。ISBN 404001300X 
  • 金田幸裕、石川義孝『近畿圏』朝倉書店日本の地誌8〉、2006年。 ISBN 9784254167689 
  • 桑原康宏『熊野の集落と地名 - 紀南地域の人文環境』清文堂、1999年。 ISBN 479240486X 
  • 小池洋一『和歌山県の地理』地人社、1986年。 ISBN 4885010551 
  • 小山靖憲、笠原正夫『南紀と熊野古道』吉川弘文館〈街道の日本史36〉、2003年。 ISBN 464206236X 
  • 那智勝浦町史編さん委員会編『那智勝浦町史 下巻』那智勝浦町、1980年。 
  • 服部昌之ほか編『南海道の景観と変貌』古今書院、1984年。 ISBN 4-7722-1288-4 
  • 藤本清二郎・山陰加春夫編『和歌山・高野山と紀ノ川』吉川弘文館〈街道の日本史35〉、2003年。 ISBN 4642062351 
  • 平凡社 編『和歌山県の地名』平凡社〈日本歴史地名大系31〉、1983年。 
  • 渡辺光ほか編『近畿』朝倉書店〈日本地名大事典3〉、1967年。 

関連項目


南紀

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/13 22:54 UTC 版)

施川ユウキ」の記事における「南紀」の解説

俳句朝日2002年6月号(朝日新聞社2002年5月1日発売)に掲載花尻万博による俳句と、随筆として「このごろ思うこと」が記されている。一部がんばれ酢めし疑獄!!に関する批評がある。

※この「南紀」の解説は、「施川ユウキ」の解説の一部です。
「南紀」を含む「施川ユウキ」の記事については、「施川ユウキ」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「南紀」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「南紀」の関連用語

南紀のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



南紀のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの南紀 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの施川ユウキ (改訂履歴)、くろしお (列車) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2026 GRAS Group, Inc.RSS