前田利昭とは? わかりやすく解説

前田利昭

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/14 16:33 UTC 版)

 
前田利昭
時代 明治時代
生誕 嘉永3年9月18日1850年10月23日
死没 明治29年(1896年1月3日
改名 孫八郎(幼名)、利昭
戒名 閑月院清歌昭詠大居士
墓所 東京都文京区本駒込の吉祥寺
官位 贈従四位、子爵
幕府 明治政府
主君 明治天皇
上野七日市藩知藩事
氏族 加賀前田氏
父母 父:前田利豁、母:岩城隆喜の娘・緑操院
兄弟 郁、利昭、信乃、菊、始、金、栄次郎、赤
酒井忠恒の八女・春子
利定、利乗、利彭、利為、貞久、
静子(平田栄二妻)、娘(山中秀二郎妻)
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前田 利昭(まえだ としあき)は、明治時代政治家華族

明治2年から明治4年まで上野七日市藩第2代知藩事を務めた。華族としての爵位は子爵

経歴

嘉永3年(1850年)8月2日[注 1]、第11代藩主・前田利豁の長男として江戸で生まれる。明治2年(1869年)8月2日の隠居家督を継ぎ、七日市藩知事となる。しかし若年のため、父や本家である加賀藩の後見を受けた。明治4年(1871年)7月、廃藩置県で知藩事を免官される。1884年(明治17年)7月8日、子爵を叙爵した[1]

明治29年(1896年)1月3日、東京にて死去した。享年47。

家族

父母

子女

  • 前田利定(長男)生母は春子(正妻)
  • 前田利乗(次男)生母は春子(正妻)
  • 前田利彭(三男)生母は春子(正妻)
  • 前田利為(四男)生母は春子(正妻)
  • 前田貞久(五男)生母は春子(正妻)
  • 前田静子 ー 平田栄二夫人
  • 前田秀子 ー 山中秀二郎夫人

脚注

注釈

  1. ^ 『平成新修旧華族家系大成』下巻、538頁では嘉永3年9月18日。

出典

  1. ^ 『官報』第308号、明治17年7月9日。

参考文献

日本の爵位
先代
叙爵
子爵
七日市前田家初代
1884年 - 1896年
次代
前田利定



固有名詞の分類


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