則武村
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/20 03:31 UTC 版)
| のりたけむら 則武村 |
|
|---|---|
| 廃止日 | 1940年2月11日 |
| 廃止理由 | 編入 加納町・則武村 → 岐阜市 |
| 現在の自治体 | 岐阜市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 | |
| 地方 | 中部地方、東海地方 |
| 都道府県 | 岐阜県 |
| 郡 | 稲葉郡 |
| 市町村コード | なし(導入前に廃止) |
| 面積 | 2.00 km2. |
| 総人口 | 1,362人 (1940年) |
| 隣接自治体 | 岐阜市、稲葉郡木田村 |
| 則武村役場 | |
| 所在地 | 岐阜県稲葉郡則武村小字則武 |
| 座標 | 北緯35度26分11秒 東経136度44分44秒 / 北緯35.43639度 東経136.74553度座標: 北緯35度26分11秒 東経136度44分44秒 / 北緯35.43639度 東経136.74553度 |
| ウィキプロジェクト | |
則武村(のりたけむら)は、かつて岐阜県稲葉郡に存在した村である。
現在の岐阜市則武、則武中、則武西に該当する。
かつては3つに分かれて流れた長良川のうち、早田川の位置を流れた分派川と、正木川の位置を流れた分派川に挟まれた島であったが、1933年(昭和8年)からの長良川改修工事で2つの分派川は締め切られている。改修工事以前は2つの分派川と伊自良川に囲まれた島であり、輪中(則武輪中)が形成されていた。
水はけが良く、粒子の細かい適度に砂の混ざった土壌であるから、古くから大根や守口大根など栽培が盛んな地域であり、現在も守口大根、枝豆の産地である。
歴史
- 江戸時代末期、この地域は美濃国方県郡に属し、天領であった。
- 1889年(明治22年)7月1日 - 町村制により則武村が成立。
- 1897年(明治30年)4月1日[1] - 厚見郡、各務郡、方県郡の一部が合併して稲葉郡となる。則武村は稲葉郡に属する。
- 1940年(昭和15年)2月11日 - 岐阜市に編入される。
学校
- 則武尋常高等小学校 (現・岐阜市立則武小学校)
神社・仏閣
- 日吉神社
脚注
関連項目
固有名詞の分類
- 則武村のページへのリンク