戸島神社
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この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 (2010年11月)
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| 戸島神社 | |
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| 所在地 | 岡山県倉敷市玉島乙島1251 |
| 主祭神 | (主神)伊邪那岐命 伊邪那美命 天照皇大神 譽田別尊 玉依姫命 他 |
| 社格等 | 旧郷社 |
| 創建 | 700年以上前 |
| 例祭 | 春季例大祭、秋季例大祭 |
戸島神社(としまじんじゃ)は、岡山県倉敷市玉島乙島にある神社である。
由緒
当社は玉島旧市街から南へおよそ1.5km、工業地帯と港湾を望む丘陵地にあり、秋季例大祭は「乙島まつり」として有名な神社である。戸島とは乙島の古名で、創立年代は定かでないが平安時代に書かれた「備中誌」や「大嘗会和歌集」に記されている。旧社名を養父母大明神と称し、1871年(明治4年)に乙島八幡宮を合祀の際、戸島神社と改称された。
祭神
- 伊邪那岐命 伊邪那美命 天照皇大神 譽田別尊 玉依姫命 天兒屋命 太玉命 氣長足姫命 大雀命 足仲彦命[要検証]
神徳
- 家内安全・殖産興業・安産・海上安全・学業成就[要検証]
祭事
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この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 (2010年11月)
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乙島祭り
10月最終土・日曜日に開催される秋季例大祭(乙島祭り)は、約700年の歴史を持ち、倉敷市重要無形民俗文化財に指定されている。日曜日の早朝、境内に4隻の御船、8台の千歳楽(せんざいらく)、1台のだんじり、やっこ、鬼、獅子等が集まり、決まった順番に列をつくり乙島地区中を一日かけて一周巡行した後、夕方、境内に戻って奉納する。その時、森林に挟まれた夕暮れの参道を、提灯に照らされた千歳楽が石段を左右に蛇行しながら上る様子は壮観で、玉島地域を代表する秋祭りとして有名である。
- 春季例大祭:4月最終土・日曜日
御船・千歳楽等の由緒
養父(やぶ)御船
文化5年(1808)、養父、城、渡里の協力で造船し、船名を八幡丸と称していたが、安政2年(1855)改造し明神丸と改めた。
明治17年大津波のため流失し、同20年再び新造して戸島丸と改称。大正15年(1926)10月、玉島帆船組合の協力で、それまで曳きだんじりだったが千歳楽と同様に二本の担ぎ棒で担ぐ形に改造された。製作者:加瀬野久二郎 世話人:大島留五郎
昭和62年(1987)10月、養父自治会により新造され、第二戸島丸と命名された。
中山(なかやま)千歳楽
文政3年(1820)伊予国(愛媛県)で中古の千歳楽が売り出されていたものを猪木興五兵衛義直が大半の金子を寄付し、購入したものである。 彫刻は左甚五郎の彫り方を真似ている。
川崎(かわさき)千歳楽
慶應4年(1868)辰6月、玉島の丸山千歳楽をヒナ形して制作された。製作者:大工音吉 代金:26両
文政9年(1826)の御神幸行列の記録に残っているため、慶應4年以前にも御輿太鼓(千歳楽)があったものと考えられる。
船堀(ふなぼり)千歳楽
文政9年(1826)の御神幸行列に船堀の御輿太鼓(千歳楽)が神輿の供まわりをしていたという記録が残っている。
現在の千歳楽は江戸時代に讃岐からきたもの。金縄の布団締めが特徴。
高地(こうじ)千歳楽
同じく文政9年(1826)の御神幸行列に高地の御輿太鼓(千歳楽)が神輿の供まわりをしていたという記録が残っている。
水幕の鶴と土幕の亀の刺繍が縁起が良い。
交通
関連項目
外部リンク
- 戸島神社(岡山県神社庁)
乙島祭り
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 08:02 UTC 版)
10月最終土・日曜日に開催される秋季例大祭(乙島祭り)は、約700年の歴史を持ち、倉敷市重要無形民俗文化財に指定されている。早朝の境内に3隻の御船、9台の千歳楽、やっこ、鬼、獅子等が集まり、乙島地区中を巡行した後、順に境内に戻ってくる。その時、夕暮れの神社の森の中を、ぼんぼりに照らされた千歳楽が石段を左右に蛇行しながら上る様子は壮観で、玉島地域を代表する秋祭りとして有名である。 春季例大祭:4月最終土・日曜日
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