久保四郎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/15 09:56 UTC 版)
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| 基本情報 | ||||
| 名前 | 久保 四郎 | |||
| 生年月日 | 1946年11月20日(78歳) | |||
| 国籍 | |
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久保 四郎(くぼ しろう、1946年11月20日 - )は日本のプロゴルファー。
来歴
1970年にプロ入りし[1]、1972年の美津濃トーナメントでは吉川一雄の2位[2]に入る。
1977年の関西オープンでは入江勉・橘田規・宮本康弘と共に山本善隆の2位タイ、日本プロでは内田繁・鈴木規夫と並んでの6位タイ[3]に入った。
1977年の関西プロでは初日を戸田藤一郎・井上幸一と並んでの9位タイ[4]でスタートし、3日目には杉原輝雄・山本善と並んで3位島田幸作と1打差に着け[5]、最終日には鈴村久・橘田と並んでの8位タイ[6]に入った。
1977年のKBCオーガスタでは3日目には68をマークしてブライアン・ジョーンズ(オーストラリア)、中村通・長谷川勝治・安田春雄と並んでの7位タイ[7]に浮上し、最終日もジョーンズ・中村・安田と共に7位タイ[8]に留まった。
1978年の静岡オープンでは初日に村上隆・青木功・郭吉雄(中華民国)・杉原輝雄・宮本省三と並んでの8位タイ[9]でスタートし、2日目には森憲二・呂良煥&許勝三(中華民国)・山本善隆・金本章生と並んでの5位タイ[10]に着けた。
1978年の日本プロでは初日に3アンダー69をマークし、青木功・野辺地鼎・上野忠美・小林富士夫・渡辺修・金本・鷹巣南雄・高橋信雄と並んでの4位タイでスタートした[11]。
1978年に福岡を襲った水不足の中で行われたKBCオーガスタではジョーンズら有力選手が予選落ち[12]したが、最終日には大詰めになって山田健一、ジーン・リトラー(アメリカ)、ベン・アルダ(フィリピン)、鷹巣・宮本・青木と共に11アンダーで並び[13]、2位タイ[14]に入った。
1978年の広島オープンでは2日目に68で謝永郁(中華民国)・山本善・尾崎直道・菊地勝司と並んでの5位タイ[15]、3日目には新井規矩雄・草柳良夫と並んでの9位タイ[16]に着けた。
1979年の日本プロでは初日を4アンダー68で磯崎功・横島由一・宮本省三・尾崎将司・林慎一と並んでの4位タイでスタートした[17]。
シニア転向後も活躍し、2008年の関西プログランドシニアでは出口栄太郎の2位[18]、2015年の日本プロゴールドシニアでは佐藤正一・矢部昭に次ぐと同時に鷹巣・松本紀彦と並んでの4位タイ[19]に入った。
著書
- 「ゴルフだれでも250ヤードは飛ばせる―アマチュアにぴったり!驚異の腰軸打法 (21世紀ポケット)」主婦と生活社、1989年7月1日、ISBN 4391111810
脚注
- ^ “久保 四郎 クボ シロウ SHIROU KUBO”. www.smile-pga.jp. 2024年2月1日閲覧。
- ^ “第2回 1972年(昭和47年)|ゴルフ|ミズノ公式オンライン”. mizuno.com. 2024年2月1日閲覧。
- ^ “第45回日本プロゴルフ選手権(1977年)”. www.golfdendou.jp. 2024年2月1日閲覧。
- ^ 朝日新聞縮刷版p138 昭和52年8月5日朝刊16面「中村通ら首位 関西プロゴルフ」
- ^ 朝日新聞縮刷版p205 昭和52年8月7日朝刊19面「前田と鈴木 首位に並ぶ 関西プロゴルフ第三日」
- ^ 朝日新聞縮刷版p225 昭和52年8月8日朝刊7面「1プレーオフで島田 関西プロゴルフ」
- ^ 朝日新聞縮刷版p842 昭和52年8月28日朝刊18面「混戦、鈴木・青木が並ぶ 一打差で矢部ら三人も追う KBCオーガスタ・ゴルフ」
- ^ 朝日新聞縮刷版p874 昭和52年8月29日朝刊18面「ジョーンズ猛追、優勝 プレーオフ 矢部、痛恨のOB KBCオーガスタ・ゴルフ」
- ^ 毎日新聞縮刷版p703 昭和53年6月23日朝刊19面「韓長相リード 静岡オープンゴルフ第一日」
- ^ 毎日新聞縮刷版p743 昭和53年6月24日朝刊19面
- ^ 毎日新聞縮刷版p484 昭和53年8月18日朝刊16面「尾崎兄弟が一、二位 青木は二打差につける 日本プロゴルフ選手権第1日」
- ^ “大会の軌跡|Sansan KBCオーガスタゴルフトーナメント2023”. kbc.co.jp. 2024年2月1日閲覧。
- ^ 朝日新聞縮刷版p881 昭和53年8月28日朝刊19面「大器・山田やっと開花 混戦、17番で抜け初優勝」
- ^ “12 under wins”. The Age (Melbourne, Victoria, Australia): p. 30. (1978年8月29日) 2021年1月29日閲覧。
- ^ 毎日新聞縮刷版p707 昭和53年9月23日朝刊19面
- ^ 毎日新聞縮刷版p730 昭和53年9月24日朝刊18面
- ^ 毎日新聞縮刷版p438 昭和54年9月14日朝刊18面「寺本がコース新66 大混戦のスタート 52人がアンダーパー 日本プロゴルフ選手権第1日」
- ^ “公益社団法人 日本プロゴルフ協会”. pga.or.jp. 2024年2月1日閲覧。
- ^ “グランドは重信秀人が優勝!ゴールドは佐藤正一が逃げ切りV”. www.alba.co.jp. 2024年2月1日閲覧。
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