中野好夫とは? わかりやすく解説

なかの‐よしお〔‐よしを〕【中野好夫】

読み方:なかのよしお

[1903〜1985英文学者評論家愛媛生まれ。シェークスピア・スウィフト・モームらの研究知られまた、ジャーナリズム健筆振るった。著「アラビアのロレンス」「蘆花徳冨健次郎」など。


中野好夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/13 14:18 UTC 版)

中野 好夫
(なかの よしお)
『現代随想全集 第20巻』(東京創元社、1954年)
ペンネーム 淮陰生
誕生 (1903-08-02) 1903年8月2日
愛媛県松山市
死没 (1985-02-20) 1985年2月20日(81歳没)
墓地 丹波篠山市の小林寺
職業 英文学者
言語 日本語
国籍 日本
最終学歴 東京帝国大学文学部英文学科
活動期間 1934年 - 1985年
主な受賞歴 下記受賞歴参照
配偶者 あり
子供 中野好之(長男)
テンプレートを表示

中野 好夫(なかの よしお、1903年明治36年〉8月2日 - 1985年昭和60年〉2月20日)は、日本の英文学者評論家英米文学翻訳者の泰斗であり、訳文の闊達さでも知られている。東京大学教授・中央大学教授を歴任。

来歴

『新選現代日本文学全集 第36巻』(1959年)より
左から塩田英二郎、中野好夫、今東光(1959年)
1965年、中野好夫は、野党4党と労組など5団体から成る東京都議会リコール署名団体の本部長に就任した。数寄屋橋公園の街頭で署名を訴える中野(1965年6月5日)。

愛媛県松山市生まれ。旧制徳島中学校(現在の徳島県立城南高等学校)在学中、スパルタ教育に反発して退学。のち旧制第三高等学校へ入学。旧制第三高等学校では野球部に入っており、野球部の1年先輩には戦前最後の沖縄県知事を務めた島田叡がいた[1]

第三高等学校卒業後に入学した東京帝国大学文学部英文学科斎藤勇に師事。同じ斎藤勇の弟子に平井正穂がいる。

1926年に卒業後、新聞社入社に失敗して千葉県の私立成田中学校に英語教師として赴任。1929年東京府女子師範学校府立二女教師、1932年から東京女高師教授などを経て、1935年から東京帝国大学助教授。その風貌とシニカルかつ骨太な性格から「叡山僧兵の大将」との異名を取った。この時期の教え子に木下順二丸谷才一野崎孝などがいる。

1945年、敗戦を機に社会評論の分野に進出。1948年から東京大学教授。この時期、太宰治の短篇「父」を「まことに面白く読めたが、翌る朝になったら何も残らぬ」と評したため、太宰から連載評論『如是我聞』の中で「貪婪、淫乱、剛の者、これもまた大馬鹿先生の一人」とやり返されたこともある。これに対して中野は、太宰の死後、『文藝』1948年8月号の文芸時評「志賀直哉と太宰治」の中で「場所もあろうに、夫人の家の鼻の先から他の女と抱き合って浮び上るなどもはや醜態の極である」「太宰の生き方の如きはおよそよき社会を自から破壊する底の反社会エゴイズムにほかならない」と指弾した。

1949年平和問題談話会に参加し、全面講和を主張。1953年「大学教授では食っていけない」との理由で退官し、『平和』誌の編集長となる(1955年まで)。朝鮮戦争による好況を背景に、1956年文藝春秋』2月号に発表した「もはや戦後ではない」という評論の題名は同年の経済白書に取り上げられ、流行語となった。[2]

1961年から翌年までスタンフォード大学客員教授。1965年から1968年まで中央大学文学部英文科教授。のち桃山学院大学教授。

1958年から1976年まで憲法問題研究会に参加。護憲、反安保、反核、沖縄返還、都政刷新を主張。沖縄問題への取り組みとして沖縄資料センターを設立、のち法政大学沖縄文化研究所に引き継がれた。

1965年5月24日に黒い霧事件を契機とする都政刷新都議会解散リコール統一本部が発足すると、同本部長に就任した。リコール署名運動は6月5日から開始されるが、6月14日、東京都議会は自主解散の道を選んだ。1967年3月16日、東京都知事選に向けた美濃部亮吉の選挙母体「明るい革新都政をつくる会」が結成されると、中野は大内兵衛市川房枝海野普吉松本清張柳田謙十郎らとともに代表委員に名を連ねた[3]

1968年2月金嬉老事件の際、鈴木道彦日高六郎中嶋嶺雄宇野重吉らと共に銀座東急ホテルで「金さんへ」という呼びかけで始まる文書をとりまとめて、後日文化人・弁護士5人がその文書を吹き込んだテープを持って、金嬉老を訪ね会見した[4]

1983年、無党派市民連合代表。 1985年2月20日、肝臓がんにより死去。

人物・作品等

  • エドワード・ギボンローマ帝国衰亡史』完訳を目指し、1976年より刊行開始したが、シリーズ全体の半ば(5巻目)で病没。元同僚の朱牟田夏雄が引継ぎ、次に長男中野好之が訳業を続け、1993年平成5年)に全11巻で完結した。
  • 「淮陰生」の筆名で、岩波書店の月刊PR誌『図書』に1970年1月号から1985年1月号まで、巻頭エッセイ「一月一話」を連載した。連載終了時期やエッセイの内容、1995年に刊行された完本版の著作権表示が中野夫人になっていることから、中野の著作であることが確定している。
  • 戦時中は日本文学報国会外国文学部会幹事長として戦争協力をしていたが、戦後は公的にその謝罪と贖罪につとめた。
  • 三里塚芝山連合空港反対同盟戸村一作委員長が「空港建設反対」を掲げて参院選挙全国区に立候補した時には三里塚闘争を支持して推薦人に名を連ね、成田空港を生涯利用しなかった[5]

家族・親族

最初の妻である中野信子は土井晩翠の次女で、土井英一の妹だが1940年に亡くしている。

長男の中野好之は西洋思想史学者。1931年生まれ。東京大学経済学部卒業。元國學院大学文学部富山国際大学教授[6]

長女の中野利子はノンフィクション作家エッセイスト1938年生まれ。慶應義塾大学文学部史学科西洋史専攻)卒業[7]私立高校教員公立中学校教員定時制高校教員、産休補助教員等を経て、フリーライター。1993年に「父中野好夫のこと」で第41回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞[8]

孫の中野春夫は英文学者1957年生まれ。東京大学文学部卒業、東京大学大学院人文科学研究科英語英米文学専攻博士課程単位取得退学。埼玉大学教養学部助教授を経て学習院大学教授[9]

受賞歴

著書

  • バニヤン』(研究社、英米文学評伝叢書) 1934年
  • アラビアのロレンス』(岩波新書) 1940年、改版1963年
  • 『文学試論集』1・2・3(中央公論社) 1943年 - 1952年
  • 『文化の将来』(筑摩書房) 1945年
  • 『反省と出発』(中央文化社) 1946年
  • 『教養と文化 若き女性のために』(平凡社) 1947年
  • 『評論集 怒りの花束』(海口書店) 1948年
  • 『英米文学論』(酣燈社、現代評論文学叢書4) 1948年
  • 南極のスコット』(小山書店) 1949年
  • 『文学の常識』(要書房) 1951年、塙書房 1957年、角川文庫 1961年
  • 『良識と寛容』(河出市民文庫) 1951年
  • 『私の平和論』(要書房) 1952年
  • 『世界史の十二の出来事』新潮社(一時間文庫) 1954年、新人物往来社 1970年、文春文庫 1978年、ちくま文庫 1992年
  • 『人間の名において』(東京大学出版会) 1954年
  • 『私の消極哲学』(中央公論社) 1956年
  • 『平和と良識』(実業之日本社、現代を生きる考え方双書) 1957年
  • 『随筆集 ぼらのへそ』(彌生書房) 1957年
  • 『問題と視点 私の時評』(角川書店) 1959年
  • 『中野好夫集 現代知性全集19』(日本書房) 1959年
    • 復刻版『中野好夫』(学術出版会、日本人の知性6) 2010年
  • 『最後の沖縄県知事』(文藝春秋新社) 1961年
  • 銭屋五兵衛』(新潮社、日本文化研究9) 1961年
  • 『人間うらおもて』(新潮社) 1962年、ちくま文庫 1994年
  • エリザベス朝演劇講話』(八潮出版社) 1964年
  • 『私の憲法勉強 嵐の中に立つ日本の基本法』(講談社現代新書) 1965年、ちくま学芸文庫 2019年
  • 『シェイクスピアの面白さ』新潮選書 1967年、講談社文芸文庫 2017年
  • 『人間の死にかた』新潮選書 1969年
  • スウィフト考』岩波新書 1969年
  • 『英文学夜ばなし』新潮選書 1971年、岩波同時代ライブラリー 1993年
  • 蘆花徳富健次郎』筑摩書房(全3巻) 1972-74年
  • 『忘れえぬ日本人』(筑摩書房) 1973年
  • 『歴史の中の肖像画 デーモンに憑かれた人間』(筑摩書房) 1974年
  • 『文学・人間・社会 人と思想』(小田島雄志編、文藝春秋) 1976年
  • 『風前雨後』(毎日新聞社 現代日本のエッセイ)1976年、講談社文芸文庫(改訂版) 1990年
  • 『読書こぼればなし 一月一話』(淮陰生名義、岩波新書 黄版) 1978年
    • 『完本 一月一話 読書こぼればなし』(岩波書店) 1995年
  • 『酸っぱい葡萄 1937 - 1949』(みすず書房) 1979年
  • 『人は獣に及ばず』(みすず書房) 1982年
  • 『中野好夫集 現代の随想25』(木下順二編、彌生書房) 1983年
  • 『主人公のいない自伝 - ある城下市での回想』(筑摩書房) 1985年
  • 司馬江漢考』(新潮社) 1986年
  • 『悪人礼賛 - 中野好夫エッセイ集』(安野光雅編、ちくま文庫) 1990年
  • 『中野好夫 ちくま日本文学全集55』(筑摩書房) 1993年:文庫判
  • 『伝記文学の面白さ』(岩波同時代ライブラリー) 1995年:講演録

作品集

  • 『中野好夫集』全11巻(筑摩書房) 1984-85年
    1. 怒りの花束 / 頼もしきマキャベリスト
    2. 自由主義者の哄笑 / 私の消極哲学
    3. マーク・トウェインの戦争批判 / 私の憲法勉強
    4. 逆臣は歴史によみがえる / 忘れられたある平和主義者
    5. シェイクスピアの面白さ / イギリス・ルネサンスの明暗
    6. 英文学夜ばなし / スウィフト考 / アメリカのハムレット
    7. アラビアのロレンス / 世界史の十二の出来事 / 権力の偉大と悲惨
    8. 忘れえぬ日本人 / 人間の死にかた / 付・著作目録
    9. 蘆花徳富健次郎 第一部 
    10. 蘆花徳富健次郎 第二部
    11. 蘆花徳富健次郎 第三部

主な編著

  • 『ロレンス研究』(小山書店) 1950年
  • 『世界文学史概説』(河出市民文庫) 1952年
  • 『現代の作家』(聞き手:岩波新書) 1955年
  • 『モーム研究』(英宝社) 1956年
  • 『一日一史』(筑摩書房・新書判) 1962年
  • 『コンラッド』(研究社、20世紀英米文学案内3) 1966年

沖縄関連

  • 『沖縄問題二十年』(新崎盛暉共著、岩波新書) 1965年
  • 『沖縄問題を考える』(編、太平出版社) 1968年 - 論集
  • 『沖縄 - 戦後資料』(編、日本評論社) 1969年 - 大著
  • 『沖縄・70年前後』(新崎盛暉共著、岩波新書) 1970年
  • 『沖縄と私』(時事通信社) 1972年
  • 『沖縄戦後史』(新崎盛暉共著、岩波新書) 1976年
回想・研究
  • 『新沖縄文学64 追悼特集 中野好夫と沖縄』川満信一編、沖縄タイムス社、1985年6月
  • 岡村俊明『中野好夫論 - 「全き人」の全仕事をめぐって』法政大学出版局、2023年6月

翻訳・共訳

脚注

  1. ^ 「最後の沖縄県知事」(中野好夫・文藝春秋
  2. ^ 昭和31年度 年次経済報告 目次”. 2020年8月16日閲覧。
  3. ^ 『朝日新聞』1967年3月17日付朝刊、15頁、「美濃部氏 後援団体の結成総会 政党の上に市民組織」。
  4. ^ 竹内洋『革新幻想の戦後史』中央公論新社、2011年、291頁。ISBN 9784120043000 
  5. ^ 岩垂弘 (2006年2月26日). “第69回 ボタンの掛け違いから欠陥空港に”. もの書きを目指す人びとへ. 2018年1月30日閲覧。
  6. ^ 中野好之”. みすず書房. 2022年2月5日閲覧。
  7. ^ 新潮文庫 外交官E.H.ノーマン―その栄光と屈辱の日々1909‐1957”. 紀伊國屋書店ウェブストア|オンライン書店|本、雑誌の通販、電子書籍ストア. 2022年2月5日閲覧。
  8. ^ 読書のおと(中野利子著作のページ)”. www.asahi-net.or.jp. 2022年2月5日閲覧。
  9. ^ 恋のメランコリー―シェイクスピア喜劇世界のシミュレーション”. 紀伊國屋書店ウェブストア|オンライン書店|本、雑誌の通販、電子書籍ストア. 2022年2月5日閲覧。
  10. ^ 朝日賞 1971-2000年度”. 朝日新聞社. 2022年9月2日閲覧。

参考文献




中野好夫と同じ種類の言葉


固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「中野好夫」の関連用語

中野好夫のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



中野好夫のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの中野好夫 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2026 GRAS Group, Inc.RSS