中西進とは? わかりやすく解説

中西進

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/27 22:32 UTC 版)

中西 進
なかにし すすむ
2013年(平成25年)公表
生誕 (1929-08-21) 1929年8月21日(96歳)
東京府豊多摩郡高井戸町松庵
居住 日本
国籍 日本
研究分野 文学
研究機関 成城大学
筑波大学
国際日本文化研究センター
帝塚山学院大学
大阪女子大学
京都市立芸術大学
池坊短期大学
出身校 東京大学文学部卒業
東京大学大学院
東京大学大学院文学研究科修士課程修了
東京大学大学院
文学研究科博士課程修了
博士課程指導教員 久松潜一
主な指導学生 リービ英雄
三浦佑之
小宮山洋子
桑原征平
主な業績 万葉集比較文学研究
万葉史の研究
影響を受けた人物 高木市之助
土居光知
主な受賞歴 読売文学賞(1964年)
日本学士院賞(1970年)
和辻哲郎文化賞(1990年)
大佛次郎賞(1997年)
菊池寛賞(2010年)
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中西 進(なかにし すすむ、1929年昭和4年〉8月21日 - )は、日本教育者文学者日本文学比較文学)。学位は、文学博士東京大学論文博士・1962年)。国際日本文化研究センター名誉教授、大阪女子大学名誉教授、京都市立芸術大学名誉教授、奈良県立万葉文化館名誉館長文化功労者文化勲章受章。

東京学芸大学附属高等学校教諭成城大学文芸学部教授筑波大学歴史人類学系教授、国際日本文化研究センター教授、帝塚山学院大学教授、帝塚山学院大学国際理解研究所所長、大阪女子大学学長日本学術会議会員学校法人帝塚山学院理事長、京都市立芸術大学学長、池坊短期大学学長、奈良県立万葉文化館館長、高志の国文学館館長などを歴任した。元号令和」の考案者と目されるが、「元号は中西進という世俗の人間が決めるようなものではなく、天の声で決まるもの。考案者なんているはずがない」と発言している[1]

概要

東京府出身の日本文学者比較文学者、万葉学者である。『万葉集』の比較文学研究、および、万葉史の研究で知られており[2]日本学士院賞などを受賞している[2]

高等学校教員を経て、成城大学[3]筑波大学[3]国際日本文化研究センターなどで教育や研究に従事した[3]大阪女子大学[3]京都市立芸術大学[3]池坊短期大学においてはそれぞれ学長を務め[3]帝塚山学院では理事長学院長を務めるなど[3]、教育研究機関の要職を歴任した。

栄典

来歴

生い立ち

1929年、東京府[4]豊多摩郡高井戸町松庵(現・東京都杉並区松庵[5])にて生まれた。父新太郎は内閣統計局に勤める官僚、母は元小学校教諭[5]。4人兄弟の長男[5]。父が鉄道省出向していたため、戦中の1942年広島県広島市に転勤となり[5][6][7]、小学校5年から約4年間を広島で過ごす[5][7]広島大学附属中学校を経て[7][8]、旧制東京都立武蔵中学校東京大学に進学した[9]

百人一首』は小学生時代から暗記していた[10]ものの、後にライフワークとなる『万葉集』との本格的な出会いは、太平洋戦争終戦で復学した旧制中学校4年生の授業で、最初は教師に「赤人とか黒人とかへんな名前ですけど」と意味を尋ねるほどであった[11]

東京大学では文学部国文学科にて学び[9]国文学者久松潜一に師事した[4]。1953年、東京大学を卒業し[9]文学士称号を取得した[9]。同大学の大学院に進学し[9]文学研究科にて学んだ[9]。卒業論文は「上代文藝における散文性の研究」[10]。大学院生になってからも、引き続き久松に師事した[4]。1954年には東京都立雪谷高校の定時制で講じた[12]。1955年に修士課程を修了し[9]文学修士学位を取得した[9]。1959年に博士課程を退学したが[9]、30代で博士論文「萬葉集の比較文学的研究」[13]を執筆し、1962年に文学博士の学位を取得した[9][14]。また、この論文により1963年に第15回読売文学賞を受賞した[3][15]。以後、日本古代文学中国文学との比較研究を始める。また、国文学者の高木市之助に私淑してその美学を学ぶとともに[4]英文学者土居光知よりユーラシア文化学を学んだ[4]

文学者として

2013年11月3日、文化勲章親授式後に静岡県理事長本庶佑(左端)、書家高木聖鶴(左から3人目)、東北工業大学理事長岩崎俊一(右から2人目)、俳優高倉健(右端)と皇居宮殿東庭で記念撮影

東京学芸大学附属高等学校教諭などを経て、1970年に成城大学にて文芸学部の教授に就任した[9]。また、プリンストン大学客員教授を兼任した[3]。1984年、筑波大学に転じ歴史人類学系の教授に就任した[9]。1987年、国際日本文化研究センターに転じて教授に就任した[9]。また、トロント大学客員教授を兼任した[3]。1995年、帝塚山学院大学に転じ[9]、教授に就任するとともに[9]、国際理解研究所の所長を務めた[9]

そのほか、京都大学[9]大阪大学[9]神戸大学[9]兵庫教育大学[9]名古屋大学[9]広島大学[9]静岡大学[9]金沢大学[9]富山大学[9]東京電機大学[9]東京学芸大学[9]静岡女子大学[9]日本大学[9]上智大学[9]二松學舍大学[9]藤女子大学[9]ノートルダム清心女子大学[9]広島女学院大学[9]サイバー大学にて[9]、それぞれ講師を兼任していた[9]。また、サンパウロ大学[9]プラハ・カレル大学[9]復旦大学[9]、天津師範大学[9]、鄭州大学[9]、蘇州大学[9]中国社会科学院[9]、在中国日本研究中心[9]高麗大学校にて[9]、それぞれ客員教授を兼任した[9]

1997年、大阪女子大学にて学長に就任した[9]。2001年、帝塚山学院にて理事長および学院長に就任した[9]。2004年、京都市立芸術大学にて学長に就任した[9]。2011年、池坊短期大学にて学長に就任した[9]。なお、学長退任後、大阪女子大学や京都市立芸術大学から名誉教授の称号が授与された[9]。また、姫路文学館館長[3]奈良県立万葉文化館館長[3]、などといった要職を歴任した。1993年から1999年まで日本比較文学会会長を務め、歌壇賞の選考委員や日本ペンクラブの副会長も務めた。

1994年、歌会始にて召人を務めた。1997年、全国大学国語国文学会にて代表理事となり、組織改編後は会長となった。2012年7月6日に開館した高志の国文学館においては、初代館長に就任した[16]。そのほか、京都市中央図書館館長[3]京都市右京中央図書館館長[3]、田辺聖子文学館館長[3]堺市博物館名誉館長[3]奈良テレビ放送文化スタジオ・こころ大学学長、平城遷都1300年記念事業協会理事なども務めた。また、NARA万葉世界賞、親鸞賞、読売あをによし賞、大阪文化賞山片蟠桃賞においては、それぞれ選考委員を務めた。

世界の宗教的和解を目指すインドの仏教高等研究センター「ナーランダ大学」の復興・創設の賢人会議・理事会メンバー。

研究

2009年(平成21年)公表

専門は文学日本文学比較文学万葉学といった分野の研究に従事した。『万葉集』研究の第一人者とされており[17]、万葉集の比較文学的研究、および、万葉史の研究で知られる。万葉集の成立過程を論じた業績は「中西万葉学」とも評され[17]、「現代国文学界の象徴的存在」[9]と謳われるに至った。

30代にて「万葉集の比較文学的研究」が評価され[15]、第15回読売文学賞を受賞している[15]。また、漢字本文・現代語訳・注を収めた、文庫『万葉集』のテキスト講談社文庫『万葉集』(全4冊と万葉集事典1冊)を編集。研究・評論も多く著書は100冊を超える。角川書店にて上梓した『万葉と海彼』が評価され[18]、第3回和辻哲郎文化賞を受賞している[18]。また、岩波書店にて上梓した『源氏物語と白楽天』が評価され[19]、第24回大佛次郎賞を受賞している[19]

さらに、小学生に万葉の魅力を伝えるため、「万葉みらい塾」を開催し全国の小学校を訪れている。この活動が評価され、2010年に菊池寛賞を受賞している[3]高校生にも万葉の魅力を伝えるため[3]、「万葉青春塾」も開催している[3]。また、奈良テレビ放送の『中西進の万葉こゝろ旅』にレギュラー出演し[9]、万葉集の故地を探訪して歌の解説をしていた。それが評価され、奈良テレビ放送文化賞を授与された[9]。長年にわたる万葉集の比較文学的研究、万葉史の研究が評価され[2]、1970年5月29日には日本学士院賞を受賞した[2]

また、山上憶良は天智・天武両天皇の侍医を務めた百済人憶仁[20]の子で、百済の滅亡に際して父親と共に日本に渡来近江国甲賀郡山直郷に住み着いたことから山上氏を称するようになったが、次第に土地の有力氏族である粟田氏に従属し同族化していったとする説を唱えている[21]。この説に対しては、青木和夫佐伯有清が、歴史学の立場から批判を加えている[22]

人物

元号
2019年(平成31年)4月1日に新元号令和」が発表されると、中西が「令和」の考案者であると報じられた[23][24][25][26]。ただし、中西本人は「お話しすることはありません」[24]と明確な回答を控えるとともに「元号は中西進という世俗の人間が決めるようなものではなく、天の声で決まるもの。考案者なんているはずがない」[27]とコメントしている。
なお、日本政府の公式発表では『万葉集』の序文が「令和」の典拠とされているが、漢籍の影響も指摘されている[28][29]。ただ中西は、この序文の形式について、王羲之の『蘭亭序』の形式と同一である点を指摘しており「中国ではの初めに漢詩に序をつけることが流行する。この傾向は万葉集の中にも入り込み、独特な表現様式を持つことになった」[30]と論じているという[31]
安倍政権の憲法解釈変更
集団的自衛権の行使を合憲とする安倍政権の憲法解釈変更には批判的である。安倍政権による憲法解釈変更を批判する「戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動」の賛同者の一人として名を連ねている[32]
安倍政権の衆議院解散
2017年に安倍政権が衆議院を解散したことについて「北朝鮮のミサイル問題など難題山積の中、今回の衆院解散は唐突」[33]と指摘したうえで「『政は正なり』という言葉が中国の古典にある。為政者は、率先して正しい道を歩かなければならない。政治が正しく行われているかどうかを問うのが選挙である」[33]と論じた。

門下生

高校教師時代の教え子に、エジプト考古学者吉村作治早稲田大学教授)、大沢悠里獨協高校時代の教え子)、近藤崇晴(元最高裁判所判事)、プリンストン大学時代の学生にリービ英雄法政大学教授)、成城大学時代の教え子に三浦佑之千葉大学名誉教授)、辰巳正明國學院大學名誉教授)、小宮山洋子(元厚労相)、桑原征平(元関西テレビアナウンサー)、石川雅之(映画演劇評論家鎌倉市文化担当課長)[34]塩沢一平二松学舎大学教授)、斎藤由香(エッセイスト、北杜夫の娘)がいる。

略歴

賞歴

栄典

出演

著書

著作集成

  • 『万葉集 全訳注』全4巻別巻1、講談社文庫 1978-1985
  • 『中西進 日本文化をよむ』(全6巻)、小沢書店 1994-96
  • 大伴家持 万葉歌人の歌と生涯』全6巻 角川書店 1994-95
  • 『中西進 万葉論集』全8巻、講談社 1995 - 1996
  • 『傍注万葉秀歌選』四季社(全3巻)2003
  • 『CD全10巻 万葉秀歌を旅する』アートデイズ 2008
  • 中西進著作集』(全36巻) 四季社 2007 - 2012

編著共著

脚注

  1. ^ “新元号「天が決める」=考案者?の中西進氏”. 時事ドットコム (時事通信社). (2019年4月2日). https://web.archive.org/web/20190402150255/https://www.jiji.com/jc/article?k=2019040200888&g=soc 2019年4月30日閲覧。 
  2. ^ a b c d e 「第60回」『恩賜賞・日本学士院賞・日本学士院エジンバラ公賞授賞一覧 | 日本学士院日本学士院
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab 「中西進先生のプロフィール」『ふくろうの庵/中西進先生のプロフィール』中西進と21世紀を生きる会。
  4. ^ a b c d e f 「中西進」『中西進氏プロフィール内閣官房内閣広報室
  5. ^ a b c d e いつも元気、いまも現役(国文学者 中西進さん) 公益財団法人長寿科学振興財団 2023年11月15日閲覧。
  6. ^ (語る 人生の贈りもの)中西進:5 旧制中学、思い出の街に原爆」『朝日新聞デジタル朝日新聞社、2021年1月12日。オリジナルの2021年1月20日時点におけるアーカイブ。2024年7月19日閲覧。
  7. ^ a b c 田中美千子「人間の尊厳、再認識を 国文学者・中西進さん【広島サミットに寄せて】」『中国新聞デジタル中国新聞社、2023年1月23日。オリジナルの2023年1月24日時点におけるアーカイブ。2024年7月19日閲覧。水川恭輔 (2019年7月31日). “新元号考案者 中西進さんら 被爆死の恩師 令和に悼む 広島高師付属中の瀬群さん”. 広島平和メディアセンター. 中国新聞社. 2022年12月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年8月31日閲覧。
  8. ^ 猪熊建夫 (2021年10月5日). “【広島大学附属高校】華麗なる卒業生人脈!「令和」の名付け親、財界四天王、有名女子アナ…”. ダイヤモンド・オンライン. ダイヤモンド社. 2023年1月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年7月19日閲覧。
  9. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc bd be bf bg bh bi bj bk bl bm bn bo bp bq br bs 「受賞者の経歴」『中西 進【京都市立芸術大学名誉教授】 文化部門 «  一般社団法人 全国日本学士会』全国日本学士会。
  10. ^ a b 【時代の証言者】中西進(16)卒論674枚 大八車で運ぶ?『読売新聞』朝刊2019年11月6日。
  11. ^ 【時代の証言者】中西進(10)学校再開 万葉集と出あう『読売新聞』朝刊2019年10月29日。
  12. ^ <一首のものがたり>「原点」となった夜学での1年:東京新聞 TOKYO Web”. 東京新聞 TOKYO Web. 2023年10月4日閲覧。
  13. ^ 「書誌事項」『CiNii 博士論文 - 萬葉集の比較文学的研究国立情報学研究所
  14. ^ 学位授与番号甲第784号。
  15. ^ a b c 「第15回」『読売文学賞 第11回(1959年度)~第20回(1968年度):表彰・コンクール(文化・スポーツ・国際)のお知らせ読売新聞グループ本社読売新聞東京本社読売新聞大阪本社読売新聞西部本社
  16. ^ 高志の国文学館 館長に中西進氏 - asahi.com(2011年10月27日付、同日閲覧)
  17. ^ a b 「令和」考案は中西進氏か…有力候補と事前予想 : 政治 : 読売新聞オンライン読売新聞グループ本社・読売新聞東京本社・読売新聞大阪本社・読売新聞西部本社、2019年4月3日
  18. ^ a b 「第三回」『姫路文学館 | 過去の受賞作姫路文学館
  19. ^ a b c 「大佛次郎賞」『大佛次郎賞・大佛次郎論壇賞 | 朝日新聞社インフォメーション朝日新聞社
  20. ^ 『日本書紀』天武天皇15年5月9日条では「億仁」とする。
  21. ^ 中西進『山上憶良河出書房新社、1973年、23-45頁https://dl.ndl.go.jp/pid/12452411/1/15 
  22. ^ 小川靖彦 著「山上憶良」、西沢正史 & 徳田武 編『日本古典文学研究史大事典』勉誠社、1997年。 
  23. ^ 「令和」考案者は中西進氏 国書・漢籍、3案ずつ日本経済新聞電子版(2019年4月1日)2019年11月7日閲覧。
  24. ^ a b 「令和」考案は中西進氏 古事記・日本書紀含め、3案が国書典拠毎日新聞(2019年4月3日)2019年11月7日閲覧。
  25. ^ 【新元号】「令和」は政府が追加委嘱した3案の1つ 有識者懇談会で全員賛成は「令和」のみ産経新聞ニュース(2019年4月3日)2019年11月7日閲覧。
  26. ^ 新元号、「天翔」が一時有力に[リンク切れ]共同通信/ロイター(2019年9月14日配信)
  27. ^ 新元号「天が決める」=考案者?の中西進氏時事ドットコム(2019年4月2日)2019年11月7日閲覧。
  28. ^ 佐竹昭広ほか編『新日本古典文学大系』1巻、岩波書店、1999年。
  29. ^ 『令和』に関して炎上する中国ネット」(2019年4月4日 Newsweek日本版 遠藤誉
  30. ^ 中西進校注『万葉集――全訳注原文付』講談社、1984年。
  31. ^ 「令和」の典拠 万葉集 梅花の歌 中西進さんはこう訳した」『NHK』2019年4月2日。2019年4月10日閲覧。
  32. ^ 『賛同者一覧』2015年8月29日
  33. ^ a b 【私見ですが…衆院選2017(4)】比較文学者、中西進さん「文化政策もっと力を」 - 産経WEST産経デジタル、2017年10月17日
  34. ^ 【特集ワイド】神奈川・鎌倉、万葉集研究の拠点に/仙覚と信綱、出合いの地 市が青学と連携協定/中西進さんが結んだ縁『毎日新聞』夕刊2019年8月1日(2019年11月7日閲覧)。
  35. ^ 「象徴 新時代へ 特別編インタビュー 高志の国文学館長 中西 進氏」『北日本新聞』2019年4月22日1面

関連項目

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