中村憲剛
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/01 14:45 UTC 版)
|
||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| 愛称 | ケンゴ | |||||
| カタカナ | ナカムラ ケンゴ | |||||
| ラテン文字 | NAKAMURA Kengo | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | |
|||||
| 生年月日 | 1980年10月31日(45歳) | |||||
| 出身地 | 東京都小金井市(小平市生まれ) | |||||
| 身長 | 175cm | |||||
| 体重 | 66kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF(DH、OH) | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 1996-1998 | 東京都立久留米高等学校 | |||||
| 1999-2002 | 中央大学 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2003-2020 | 川崎フロンターレ | 546 | (83) | |||
| 代表歴2 | ||||||
| 2006-2013[1] | |
68 | (6) | |||
| 1. 国内リーグ戦に限る。2020年12月20日現在。 2. 2013年6月22日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
||||||
中村 憲剛(なかむら けんご[2]、1980年10月31日 - )は、東京都小平市生まれ、小金井市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー(主にトップ下、ボランチ)。元日本代表。
プロデビューから引退まで川崎フロンターレ一筋でプレーしたバンディエラ。
来歴
プロ入り前
小学1年生でサッカーを始め、府中市の府ロクサッカー少年団に所属。少年団の先輩に澤穂希、後輩に保坂一成がいる。5年生時に全日本少年サッカー大会でベスト16。6年生時に8回東京都少年選抜サッカー大会では開会式で選手宣誓を務め、飯尾和也、高橋泰、星大輔らと共に大会優秀選手10名に選ばれた。
小金井市立第二中学校、東京都立久留米高等学校を卒業後、中央大学文学部文学科英米文学専攻に進学[3]。2年時にレギュラーを掴む。3年時は[4]、関東大学リーグ1部で最下位に終わり2部降格。4年時は主将として2部優勝を果たし1部復帰。後に結婚する夫人は、苦楽を共にしたサッカー部マネージャーであった。
川崎フロンターレ
2003年、テスト生として参加していた川崎フロンターレに正式入団。開幕戦となるサンフレッチェ広島戦で初出場、4月9日のモンテディオ山形戦ではプロ入り後初得点を挙げた[5]。
入団当初はいわゆるトップ下と呼ばれる攻撃的ミッドフィールダーだったが、2004年に関塚隆監督の提案でボランチへコンバートした[6]。2004年のJリーグ ディビジョン2で優勝し、J1に昇格した。
2005年8月24日、20節の横浜F・マリノス戦で[7] J1初得点。
2006年、イビチャ・オシムが就任後、A代表に初選出。10月4日のガーナ戦で初出場、10月11日のインド戦で代表初得点[1]。日本代表メンバーに定着。クラブ史上初のJリーグベストイレブンに谷口博之と共に選出され、以降4年連続でベストイレブンを受賞している。
2010年2月23日、AFCチャンピオンズリーグ2010の城南一和戦で下顎骨骨折するも、南アフリカワールドカップ最終メンバーに選出。決勝トーナメント第一戦のパラグアイ戦に出場した[1]。
同年オランダのPSVからオファーを受けたが、「練習参加から拾ってもらった身。何も残さないままいなくなれない」[8]、とチームに残留した。
2011年10月11日の2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選のタジキスタン戦では約1年ぶりに先発出場すると、1得点3アシスト[9][10]。
2012年、キャプテンとして全34試合に出場し5得点、リーグ最多の13アシスト。
2013年、加入した大久保嘉人とレナトと共に川崎の攻撃の中心となった。リーグ戦で29試合7得点を記録。アジアチャンピオンズリーグへの出場権獲得した。
2014年、5月12日の2014 FIFAワールドカップ日本代表予備登録メンバーに選出された。
2016年、7月9日の名古屋グランパス戦においてイ・スンヒからタックルを受け負傷退場。中村は右足関節捻挫、長母趾伸筋挫傷、長趾伸筋挫傷の怪我を負うも[11] 最終的には9ゴール11アシスト。歴代最年長の36歳でJリーグ年間最優秀選手賞を獲得した。
2017年から、3年間務めてきた川崎の主将を小林悠に譲った。10月14日、第29節のベガルタ仙台戦でJ1リーグ通算400試合の出場を達成。第34節の大宮アルディージャ戦では3得点の起点となり[12]、チームの勝利に貢献。クラブ初のJ1優勝に貢献した[13] 同年史上最年長となる36歳50日でのJリーグ年間最優秀選手賞受賞がギネス世界記録に認定された[14]。
2018年シーズン、5月20日、清水エスパルス戦で2得点を挙げて勝利に貢献した。また、この日で通算419試合出場し、大卒では藤田俊哉に並ぶ出場記録となった[15]。
2019年シーズン、クラブ初のルヴァンカップ優勝。11月2日に行われた広島戦で左膝前十字靭帯損傷の重傷を負った[16]。
2020年シーズン、第13節の清水エスパルス戦で、約10ヶ月振りに公式戦への出場を果たし、シーズン初得点を決めた[17]。10月31日、40歳の誕生日にホームでの多摩川クラシコにて自身初となるバースデーゴールを決め勝利[18]。J1での40代選手のゴールは史上6人目で、バースデーゴールとしては最年長記録であった[19]。翌日の11月1日、同シーズン限りで現役を引退することを表明した[20]。12月16日のホーム最終節浦和レッズ戦に出場し小林のゴールをアシストした[21]。翌年1月1日に行われた天皇杯決勝・G大阪戦では出場出番は無かったもののチームは勝利し、同大会クラブ初優勝を果たした[22]。J1リーグでの通算471試合出場は歴代13位(2022年時点)。
現役引退後
2021年1月、川崎フロンターレのFrontale Relations Organizer(フロンターレ リレーションズ オーガナイザー、FRO)に就任した[23]。同年4月8日には日本サッカー協会のロールモデルコーチに就任し、U-17日本代表のコーチを担当した[24]。並行してDAZN、NHK BS(2023年11月まではNHK BS1)Jリーグ中継解説者や、NHK総合「サンデースポーツ」サッカーコメンテーター(2022年4月から)を担当している。
2026年1月、川崎フロンターレのデベロップメントコーチに就任[25]。
エピソード
- かつての憧れはラモス瑠偉、また好きなサッカー選手はジョゼップ・グアルディオラ[26]。
- 背番号の14番を好む理由について、「14っていう数字の並びがいいんだよね。1と4のバランスとか、カクカクしたとがった感じとか、すごくかっこいいと思う」と語る[27]。
- 好きなアーティストはスキマスイッチ、Mr.Children。スキマスイッチの常田真太郎とは友人(ウイニングイレブン仲間[28])。
- 都立久留米高等学校のサッカー部の古い先輩に、志村けんがいる[29]。
- 2008年9月25日に長男が誕生した[30]。直後の柏レイソル戦でゴールを決め「ゆりかごダンス」を披露した。中村自身のFKからのゴールを含め3回(試合は5-2で勝利)にも及んだことでチームメートの鄭大世に「一体、何人生まれたんだ?」と突っ込まれた。
- 2010年4月8日に長女が誕生した[30]。子煩悩であり、2010年8月には月刊誌『すてきな奥さん』(主婦と生活社)の取材を受けた[31]。2016年3月29日に次女が誕生した[30]。
- 2011年、年末の「やべっちFC〜日本サッカー応援宣言〜」で年間最優秀FK賞を受賞した。(同年5月28日J1第13節ガンバ大阪戦で決めたFKによるもの)
- 2019年限りで引退したフェルナンド・トーレスがJリーグで最も印象に残っている選手として中村憲剛を挙げた。またFWの後ろで冷静にプレーし、試合を落ちつかせる能力があり、常にFWを見てプレーしていることから一緒にプレーしてみたかったと語っている[32]。
- 2020年にはヴィッセル神戸でプレーしていたアンドレス・イニエスタが選ぶ『Jリーグの神選手』にただ一人挙げられ、中村も「自分の信じてきた道のりが肯定された瞬間でした」と自身のブログで反応している[33]。
- 2014年からシーズン前に放送される「やべっちFC」内の企画「デジっちが行く!」で、そのシーズンのゴールパフォーマンスを決める事がお決まりになっている。パフォーマンスは中村が考えるのでは無く、シーズン前の合宿で主に登里享平や森谷賢太郎(2019年に磐田へ移籍)ら後輩が考えて中村に提案する形である[34]。2016年からは、お笑い芸人のギャグをゴールパフォーマンスにしているが、ウーイェイよしたか[35] やサンシャイン池崎[36] はツイッターで反応し、2018年のバイク川崎バイクは実際にスタジアムに来場し、コラボが実現している。また、バイク川崎バイクが来場した8月25日の仙台戦で得点を挙げて、本家の前でBKBを披露した[37]。
|
|
|
|
| 2014 | SKP14(すきっ歯14) | SKE48がモチーフ。「14」は背番号。 |
| 2015 | 両手で四角くフレームを作るポーズ | 雑誌『サッカーマガジンZONE』で掲載されていたポーズ |
| 2016 | ウーイェイ![35] | お笑いコンビスマイルのウーイェイよしたかのギャグ。理由は顔が似ているから。 |
| 2017 | ジャスティス![36] | 芸人サンシャイン池崎のギャグ |
| 2018 | BKB(僕、川崎のバンディエラ) ヒィーーーアッ[37] | 芸人バイク川崎バイクのギャグ |
| 2019 | イヤァオ | WWE所属のプロレスラー中邑真輔の入場パフォーマンス。理由は「なかむら」繋がり。 |
| 2020 | ゲッツ | 芸人ダンディ坂野のギャグ。パフォーマンスに使うのは両手のみなので、負傷した前十字靭帯にも影響がないというのが理由である。 |
所属クラブ
- 府ロク少年団
- 小金井市立小金井第二中学校
- 1996年 - 1998年 東京都立久留米高等学校
- 1999年 - 2002年 中央大学
- 2003年 - 2020年
川崎フロンターレ
個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2003 | 川崎 | 26 | J2 | 34 | 4 | - | 3 | 2 | 37 | 6 | |
| 2004 | 14 | 41 | 5 | - | 3 | 0 | 44 | 5 | |||
| 2005 | J1 | 29 | 2 | 6 | 2 | 3 | 1 | 38 | 5 | ||
| 2006 | 34 | 10 | 10 | 3 | 2 | 1 | 46 | 14 | |||
| 2007 | 30 | 4 | 3 | 0 | 4 | 0 | 37 | 4 | |||
| 2008 | 34 | 4 | 1 | 0 | 1 | 0 | 36 | 4 | |||
| 2009 | 32 | 4 | 3 | 0 | 1 | 0 | 36 | 4 | |||
| 2010 | 27 | 4 | 3 | 1 | 1 | 0 | 31 | 5 | |||
| 2011 | 30 | 4 | 2 | 0 | 1 | 0 | 33 | 4 | |||
| 2012 | 34 | 5 | 2 | 0 | 1 | 0 | 37 | 5 | |||
| 2013 | 29 | 7 | 5 | 2 | 2 | 0 | 36 | 9 | |||
| 2014 | 30 | 3 | 2 | 0 | 0 | 0 | 32 | 3 | |||
| 2015 | 33 | 2 | 6 | 0 | 3 | 0 | 42 | 2 | |||
| 2016 | 31 | 9 | 2 | 0 | 4 | 0 | 37 | 9 | |||
| 2017 | 32 | 6 | 4 | 0 | 2 | 0 | 38 | 6 | |||
| 2018 | 33 | 6 | 2 | 0 | 2 | 0 | 37 | 6 | |||
| 2019 | 20 | 2 | 2 | 0 | 2 | 0 | 24 | 2 | |||
| 2020 | 13 | 2 | 0 | 0 | 1 | 0 | 14 | 2 | |||
| 通算 | 日本 | J1 | 471 | 74 | 53 | 8 | 30 | 2 | 554 | 84 | |
| 日本 | J2 | 75 | 9 | - | 6 | 2 | 81 | 11 | |||
| 総通算 | 546 | 83 | 53 | 8 | 36 | 4 | 635 | 95 | |||
- 2016年
- Jリーグチャンピオンシップ 1試合0得点
- 2018年
- FUJI XEROX SUPER CUP 1試合0得点
- 2019年
- FUJI XEROX SUPER CUP 1試合0得点
| 国際大会個人成績 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | |||
| 2007 | 川崎 | 14 | 7 | 3 |
| 2009 | 9 | 3 | ||
| 2010 | 3 | 0 | ||
| 2014 | 8 | 2 | ||
| 2017 | 9 | 1 | ||
| 2018 | 2 | 0 | ||
| 2019 | 3 | 0 | ||
| 通算 | AFC | 41 | 9 | |
- Jリーグ初出場 - 2003年3月15日 J2第1節・サンフレッチェ広島戦(広島ビッグアーチ)
- Jリーグ初得点 - 2003年4月9日 J2第5節・モンテディオ山形戦(等々力陸上競技場)
- J1初得点 - 2005年8月24日 J1第20節・横浜F・マリノス戦(日産スタジアム)
指導歴
- 2021年 -
川崎フロンターレ
- 2021年 - 2025年 FRO
- 2026年 - トップチーム デベロップメントコーチ
- 2021年 - 2023年
日本サッカー協会 ロールモデルコーチ - 2022年 - 2025年
中央大学サッカー部 テクニカルアドバイザー
タイトル
クラブ
- 川崎フロンターレ
- J1リーグ:3回(2017年、2018年、2020年)
- J2リーグ:1回(2004年)
- FUJI XEROX SUPER CUP:1回(2019年)
- Jリーグカップ:1回(2019年)
- 天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会:1回(2020年)
個人
- Jリーグ優秀選手賞:15回(2005年 - 2019年)
- Jリーグベストイレブン:8回(2006年、2007年、2008年、2009年、2010年、2016年、2017年、2018年)
- Jリーグ・最優秀選手:1回(2016年)
- Jリーグ月間MVP:1回(2016年2月・3月)
- J30ベストアウォーズ ベストイレブン:1回(2023年)
代表歴
出場大会
- 日本代表
- 2007年 AFCアジアカップ2007
- 2010年 2010 FIFAワールドカップ
- 2013年 FIFAコンフェデレーションズカップ2013
試合数
- 国際Aマッチ 68試合 6得点(2006年 - 2013年)[1]
| 日本代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 2006 | 3 | 1 |
| 2007 | 13 | 0 |
| 2008 | 13 | 2 |
| 2009 | 12 | 2 |
| 2010 | 11 | 0 |
| 2011 | 4 | 1 |
| 2012 | 7 | 0 |
| 2013 | 5 | 0 |
| 通算 | 68 | 6 |
出場
| No. | 開催日 | 開催都市 | スタジアム | 対戦相手 | 結果 | 監督 | 大会 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 2006年10月04日 | 横浜国際総合競技場 | ●0-1 | イビチャ・オシム | キリンチャレンジカップ | ||
| 2. | 2006年10月11日 | ○3-0 | アジアカップ予選 | ||||
| 3. | 2006年11月15日 | 札幌ドーム | ○3-1 | アジアカップ予選 | |||
| 4. | 2007年03月24日 | 横浜国際総合競技場 | ○2-0 | キリンチャレンジカップ | |||
| 5. | 2007年06月01日 | 静岡県小笠山総合運動公園スタジアム | ○2-0 | キリンカップ | |||
| 6. | 2007年06月05日 | 埼玉スタジアム2002 | △0-0 | キリンカップ | |||
| 7. | 2007年07月09日 | △1-1 | アジアカップ | ||||
| 8. | 2007年07月13日 | ○3-1 | アジアカップ | ||||
| 9. | 2007年07月16日 | ○4-1 | アジアカップ | ||||
| 10. | 2007年07月21日 | △1-1(PK4-3) | アジアカップ | ||||
| 11. | 2007年07月25日 | ●2-3 | アジアカップ | ||||
| 12. | 2007年07月28日 | △0-0(PK5-6) | アジアカップ | ||||
| 13. | 2007年08月22日 | 大分スポーツ公園総合競技場 | ○2-0 | キリンチャレンジカップ | |||
| 14. | 2007年09月07日 | △0-0(PK3-4) | 3大陸トーナメント | ||||
| 15. | 2007年09月11日 | ○4-3 | 3大陸トーナメント | ||||
| 16. | 2007年10月17日 | 長居陸上競技場 | ○4-1 | アジア・アフリカチャレンジカップ | |||
| 17. | 2008年01月26日 | 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 | △0-0 | 岡田武史 | キリンチャレンジカップ | ||
| 18. | 2008年01月30日 | 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 | ○3-0 | キリンチャレンジカップ | |||
| 19. | 2008年02月06日 | 埼玉スタジアム2002 | ○4-1 | ワールドカップ予選 | |||
| 20. | 2008年02月20日 | ○1-0 | 東アジア選手権 | ||||
| 21. | 2008年02月23日 | △1-1 | 東アジア選手権 | ||||
| 22. | 2008年03月26日 | ●0-1 | ワールドカップ予選 | ||||
| 23. | 2008年05月27日 | 埼玉スタジアム2002 | △0-0 | キリンカップ | |||
| 24. | 2008年06月14日 | ○3-0 | ワールドカップ予選 | ||||
| 25. | 2008年06月22日 | 埼玉スタジアム2002 | ○1-0 | ワールドカップ予選 | |||
| 26. | 2008年08月20日 | 札幌ドーム | ●1-3 | キリンチャレンジカップ | |||
| 27. | 2008年09月06日 | ○3-2 | ワールドカップ予選 | ||||
| 28. | 2008年10月09日 | 新潟スタジアム | △1-1 | キリンチャレンジカップ | |||
| 29. | 2008年11月13日 | 御崎公園球技場 | ○3-1 | キリンチャレンジカップ | |||
| 30. | 2009年01月20日 | 熊本県民総合運動公園陸上競技場 | ○2-1 | アジアカップ予選 | |||
| 31. | 2009年01月28日 | ●0-1 | アジアカップ予選 | ||||
| 32. | 2009年02月04日 | 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 | ○5-1 | キリンチャレンジカップ | |||
| 33. | 2009年05月27日 | 長居陸上競技場 | ○4-0 | キリンカップ | |||
| 34. | 2009年05月31日 | 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 | ○4-0 | キリンカップ | |||
| 35. | 2009年06月06日 | ○1-0 | ワールドカップ予選 | ||||
| 36. | 2009年06月10日 | 横浜国際総合競技場 | △1-1 | 大木武(代行) | ワールドカップ予選 | ||
| 37. | 2009年06月17日 | ●1-2 | 岡田武史 | ワールドカップ予選 | |||
| 38. | 2009年09月05日 | ●0-3 | 国際親善試合 | ||||
| 39. | 2009年09月09日 | ○4-3 | 国際親善試合 | ||||
| 40. | 2009年10月10日 | 横浜国際総合競技場 | ○2-0 | キリンチャレンジカップ | |||
| 41. | 2009年10月14日 | 宮城スタジアム | ○5-0 | キリンチャレンジカップ | |||
| 42. | 2010年02月02日 | 大分スポーツ公園総合競技場 | △0-0 | キリンチャレンジカップ | |||
| 43. | 2010年02月06日 | 東京スタジアム | △0-0 | 東アジア選手権 | |||
| 44. | 2010年02月11日 | 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 | ○3-0 | 東アジア選手権 | |||
| 45. | 2010年02月14日 | 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 | ●1-3 | 東アジア選手権 | |||
| 46. | 2010年05月24日 | 埼玉スタジアム2002 | ●0-2 | キリンチャレンジカップ | |||
| 47. | 2010年06月04日 | ●0-2 | 国際親善試合 | ||||
| 48. | 2010年06月29日 | △0-0(PK3-5) | ワールドカップ | ||||
| 49. | 2010年09月04日 | 横浜国際総合競技場 | ○1-0 | 原博実(代行) | キリンチャレンジカップ | ||
| 50. | 2010年09月07日 | 長居陸上競技場 | ○2-1 | キリンチャレンジカップ | |||
| 51. | 2010年10月08日 | 埼玉スタジアム2002 | ○1-0 | アルベルト・ザッケローニ | キリンチャレンジカップ | ||
| 52. | 2010年10月12日 | △0-0 | 国際親善試合 | ||||
| 53. | 2011年10月07日 | 御崎公園球技場 | ○1-0 | キリンチャレンジカップ | |||
| 54. | 2011年10月11日 | 長居陸上競技場 | ○8-0 | ワールドカップ予選 | |||
| 55. | 2011年11月11日 | ○4-0 | ワールドカップ予選 | ||||
| 56. | 2011年11月15日 | ●0-1 | ワールドカップ予選 | ||||
| 57. | 2012年02月24日 | 長居陸上競技場 | ○3-1 | キリンチャレンジカップ | |||
| 58. | 2012年05月23日 | 静岡県小笠山総合運動公園スタジアム | ○2-0 | キリンチャレンジカップ | |||
| 59. | 2012年06月08日 | 埼玉スタジアム2002 | ○6-0 | ワールドカップ予選 | |||
| 60. | 2012年08月15日 | 札幌ドーム | △1-1 | キリンチャレンジカップ | |||
| 61. | 2012年09月06日 | 新潟スタジアム | ○1-0 | キリンチャレンジカップ | |||
| 62. | 2012年10月12日 | ○1-0 | 国際親善試合 | ||||
| 63. | 2012年10月16日 | ●0-4 | 国際親善試合 | ||||
| 64. | 2013年03月22日 | ○2-1 | 国際親善試合 | ||||
| 65. | 2013年05月30日 | 豊田スタジアム | ●0-2 | キリンチャレンジカップ | |||
| 66. | 2013年06月11日 | ○1-0 | ワールドカップ予選 | ||||
| 67. | 2013年06月19日 | ●3-4 | コンフェデレーションカップ | ||||
| 68. | 2013年06月22日 | ●1-2 | コンフェデレーションカップ |
ゴール
| # | 開催年月日 | 開催地 | 対戦国 | 勝敗 | 試合概要 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 2006年10月11日 | インド | ○3-0 | AFCアジアカップ2007 (予選) | |
| 2. | 2008年6月14日 | タイ | ○3-0 | 2010 FIFAワールドカップ・アジア予選 | |
| 3. | 2008年9月6日 | バーレーン | ○3-2 | ||
| 4. | 2009年5月31日 | 日本 | ○4-0 | キリンカップサッカー2009 | |
| 5. | 2009年9月9日 | オランダ | ○4-3 | 親善試合 | |
| 6. | 2011年10月11日 | 日本 | ○8-0 | 2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選 |
出演
テレビドラマ
- 仮面ライダー鎧武/ガイム 第37話(2014年)
テレビアニメ
CM
- ミズノ 「MORELIA II」「ミズノで部活」(2010年)
- 首都高速道路 「高速川崎線」(2008年 - )
- コナミ「ウイニングイレブンプレーメーカー2008」(2008年)
映画
- 名探偵コナン 11人目のストライカー(2012年、本人役[39])
PV
- スキマスイッチ「Hello Especially」(2013年)
出版
執筆書籍
- 『中村憲剛のスルーパスの極意』講談社、2009年。ISBN 9784062950060。
- 『幸せな挑戦 今日の一歩、明日の「世界」』角川書店、2013年。 ISBN 9784041104347。
- 『心をつなぐボール』あかね書房、2013年。 ISBN 9784251082824。
- 『考える習慣』ベースボール・マガジン社、2014年。 ISBN 9784583106557。
- 『サッカー脳を育む』ぴあ、2015年。 ISBN 9784835628301。
- 『サッカー上達のためのマインドとメソッド』ぴあ、2018年。 ISBN 9784835638522。
- 『ラストパス 引退を決断してからの5年間の記録』KADOKAWA、2021年。 ISBN 9784041113851。
関連書籍
- 森沢明夫『永遠のサッカー小僧 中村憲剛物語』講談社、2009年。 ISBN 9784062155595。
- NHK スポーツ大陸 制作班『NHKスポーツ大陸 遠藤保仁・闘莉王・中村憲剛』金の星社、2010年。 ISBN 9784323071923。
- 飯尾篤史『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』講談社、2016年4月。 ISBN 978-4062199629。
脚注
- ^ a b c d “中村 憲剛”. サッカー日本代表データベース
- ^ 漢字表記から「けんごう」と誤読されることがあるが、正しくは「けんご」。
- ^ 永遠のサッカー小僧 中村憲剛物語 (森沢明夫著、講談社)
- ^ 飯嶋玲子『キャンパス経由ブラジル行き 大学サッカープレーヤーが語るJ リーグ、そして世界への道』インプレスR&D、2013年、14頁。
- ^ “中村 憲剛”. data.j-league. 2020年4月21日閲覧。
- ^ プロサッカー選手 中村 憲剛(けんご)さん 52school.com
- ^ “2005Jリーグ ディビジョン1 第20節”. data.j-league. 2020年4月21日閲覧。
- ^ 川崎】憲剛、嬉し涙の初V…ACL敗退翌日に吹っ切れた指揮官の言葉-報知
- ^ 中村:「チームに貢献できた」 Goal.com 2011.10.12
- ^ 中村憲剛、本田圭佑とのトップ下並存へ 背番号14のもたらす効果と課題を考える スポーツナビ 2011.11.13
- ^ “名古屋のイ・スンヒ、「1試合の出場停止」は妥当か? 処分は“最低限”も“規定通り”に”. フットボールチャンネル 2020年6月29日閲覧。
- ^ 川崎】憲剛、嬉し涙の初V…ACL敗退翌日に吹っ切れた指揮官の言葉-スポーツ報知
- ^ 川崎フロンターレが最終節で大逆転の初優勝 J参入19年目で悲願の初タイトル J1リーグ最終節-Goal.com
- ^ 昨季JリーグMVPの川崎フロンターレMF中村憲剛、“史上最年長受賞”でギネス認定 Goal.com 2017..10.26
- ^ これで歴代トップタイに…“節目の一戦”で2得点、川崎F中村憲剛「だからサッカーはやめられない」 ゲキサカ(2018年5月20日)
- ^ 川崎MF中村憲剛が左ひざの前十字靭帯を損傷「復帰に向けて焦らず…」 サッカーキング 2019年11月3日
- ^ “復帰戦でいきなりゴール…MF中村憲剛が喜びを噛み締める「等々力って最高だな」”. www.soccer-king. 2020年11月3日閲覧。
- ^ “中村憲剛の40歳バースデー弾が“多摩川クラシコ”決勝点!|Jリーグ | Goal.com”. www.goal.com. 2020年11月2日閲覧。
- ^ “川崎F・憲剛、史上初40歳誕生日弾!左足で決勝点 J1記録更新で12連勝ゲッツ”. スポーツニッポン (2020年11月1日). 2021年4月25日閲覧。
- ^ “【公式】中村憲剛選手 現役引退発表会見 - YouTube”. www.youtube.com. 2020年11月2日閲覧。
- ^ “川崎F小林悠「勝手に体が」憲剛のアシスト振り返る”. nikkansports. 2020年12月22日閲覧。
- ^ 二冠達成。中村憲剛は川崎の切り札であり監督にとって心強い存在だった sportiva 2021年1月1日
- ^ 中村憲剛氏の契約について川崎フロンターレウェブサイト 2021/1/23
- ^ ロールモデルコーチとして中村憲剛氏と契約 JFA公式ウェブサイト(2021年04月08日)2021年05月08日閲覧
- ^ “川崎フロンターレ:中村憲剛FRO デベロップメントコーチ就任のお知らせ”. 川崎フロンターレ オフィシャルWEBサイト. 2026年1月11日閲覧。
- ^ “中村憲剛はペップ好き 言葉選びも的確いい指導者に”. www.nikkansports. 2020年11月3日閲覧。
- ^ “中村憲剛が「背番号14」を好む本当の理由”. 東スポWeb. 2020年10月10日閲覧。
- ^ 公式ブログ 2007年6月27日
- ^ 志村の来歴に詳しいが志村はGKだった。
- ^ a b c ““イクメン”中村憲剛、第3子次女誕生にデレデレ「いやー本当に天使だわ」”. スポーツニッポン. (2016年3月31日) 2019年12月3日閲覧。
- ^ “子育て雑誌がイクメン日本代表憲剛を取材”. 日刊スポーツ. (2010年8月13日) 2023年6月28日閲覧。
- ^ Jリーグ公式チャンネル「トーレスさんがキターーー!!Jリーグをもっと好きになる情報番組「JリーグTV」2019年11月22日」『YouTube』、Jリーグ、2019年11月22日。2020年6月7日閲覧。
- ^ イニエスタ 中村憲剛公式ブログ 2020年5月11日
- ^ “ジャスティス”披露の中村憲剛、カメラを意識するも「映っていなかった(苦笑)」 サッカーキング 2017年2月25日
- ^ a b 憲剛ゴールパフォに“そっくり芸人”歓喜「ウーイェイ」コラボは時間の問題? スポニチ 2016年3月19日
- ^ a b 憲剛、開幕弾で公約通り”ジャスティス”披露 サンシャイン池崎も大興奮 スポニチ 2017年2月25日
- ^ a b 川崎F中村憲剛、冷静V弾で本家脱帽のBKBパフォ 日刊スポーツ 2018年8月25日
- ^ 岩田千代巳 (2023年5月6日). “中村憲剛氏「名探偵コナン」川崎Fの大島役で“現役復帰”多摩川クラシコとJリーグへの思い語る”. 日刊スポーツ. 2023年5月7日閲覧。
- ^ “名探偵コナン 11人目のストライカー”. 金曜ロードSHOW!. 2016年6月11日閲覧。
関連項目
- 東京都出身の人物一覧
- 中央大学の人物一覧
- 川崎フロンターレの選手一覧
- 山口隆文 - 都立久留米高校時代のサッカー部監督。
- 中村俊輔 - 2009年のサッカー日本代表で一緒に出場した同姓選手
外部リンク
- 中村憲剛 - National-Football-Teams.com
- 中村憲剛 - Soccerway.com
- 中村憲剛 - FootballDatabase.eu
- 中村憲剛 - WorldFootball.net
- 中村憲剛 - Transfermarkt.comによる選手データ
- 中村憲剛 - FIFA主催大会成績
- 中村憲剛 - J.League Data Siteによる選手データ
- 中村憲剛 - AS.com
- 川崎フロンターレによる公式プロフィール
- 中村憲剛公式サイト
- 中村憲剛 - Ameba Blog
- 中村憲剛 (@kengo19801031) - X
- 中村憲剛 (@kengo19801031) - Instagram
|
|
|---|
|
|
|---|
固有名詞の分類
- 中村憲剛のページへのリンク