ずっと、暗闇をひとり航海していた。これは長い長い航海で、このまま朝にならない気すらしていた。でも、私は朝を待っている。この夜がずっと続くわけではないと信じている。この自分の人生を信じる力こそ、私の底力だと思う。
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今日は、今の私が感じていることを素直に文字にしようと思う。
「つらい」とか「忙しい」とか「大変」とかそういう話をしたいわけではない。共感が欲しいわけでもない。ただただ、自分の今の状況を見つめたい。整理したい。それが目的。
今年の春くらいから記憶がない。がむしゃらに毎日が過ぎていった。本当に駆け抜けていて、いつの間にか一日が過ぎ、一か月が過ぎ、ここまで来ている。自分に対しての思いやりが欠けていた気がする。でも、やるしかなかった。なにかを、誰かを責める気はない。充分恵まれた環境にいる。充分やりたいことをやっている。「なのに、どうして?」という疑問が残る。答えはただ一つで、本当に頑張りすぎてしまった。ただ、それだけ。
私の20代は学ぶことが多かった。それは実際に学校に通ったり、資格を取得したりという形で表れるものもある。それよりも多かったと感じるのは体感で学んだもの。これは私にとってはかけがえのない財産となっている。
・大変な時、どう乗り越えるか
・思考のまとめ方
・何を選び、何を選ばないのか
・自信や勇気そして覚悟を持つこと
・チームで働く/ひとりで働く
・自分をどう魅せたいか ・・・
こうして挙げだすとキリがない。学ぶことに時間や体力、お金を投資してきた感覚がある。そこには憧れの人に近づきたいとか、自分の夢を叶えたいとか、理想に近づきたいとか、色んな理由がある。ここに例を挙げたけれど、私がこれを人に説明できるのは、まだ先と感じる。文章にできるのもまだ先。それでいいと思っている。
私はこの財産を、今後の人生の材料にしていくと思う。どう活かしていくかはわからない。それもまだ見えなくていい。ただ、それすらも感覚で「この学びが活きる日が来る」と信じている。
どこかのタイミングで、私の中にあった一本の力強い縄が、緩んでしまった。しかもどんどん緩み、縄はほどけていく。その緩みが怖かった。頑張らないといけないのに、身体の力が抜けていく。やりたいことがあるのに、身体は動かない。休日、横たわって一日が終わる。毎日長い時間寝ているのに、全く疲れが取れない。そして、ある日ベッドに入って5分もせず寝てしまっている自分に気が付いたとき、「もう、頑張ってはいけない。休みたい。」そう、初めて感じた。ハッキリとわかってしまった。春からだいぶ時間が経ち、季節は秋。ここまで一瞬だった。
私は私の人生を放っていた。もし大切な人が同じ状況だったら、放っておかないだろう。自分だから放っておけたのかもしれない。それは、あまりに危険で残酷な判断だと感じる。けれども、そうするしかなかった。ほかに選択肢があったら救われたのかもしれない。私は私の人生をソーシャルワークしたい。こんなにもソーシャルワークが大好きなのに、自分には「頑張れ!」と言い続けてしまった。むしろ「頑張り続けなさい!!」に近いような声掛けだった。ほかにできることがあっただろうに。自分がそうなってしまった背景を理解しているに関わらず、当時はどうすることもできなかった。
「頑張らなくていい。」
もっと違う言い方があるのだと思うけれど、頑張り続けてきた人間にはこの言葉が一番しっくりくる。「肩の力を抜く」とか、「肩ひじ張らない」とか、頭ではわかっている。わかっているんだけれど、これができるようになるのはもう少し先なんだと思う。

ずっと、暗闇をひとり航海していた。これは長い長い航海で、このまま朝にならない気すらしていた。でも、私は朝を待っている。この夜がずっと続くわけではないと信じている。この自分の人生を信じる力こそ、私の底力だと思う。
まだ、明けない。時間がかかるだろう。
力を入れるのではなく緩めることが優先。今後はその緩んだ自分と生きていきたい。緩んでも生きていけるということを知りたい。頑張らなくてもいい世界線に居たい。その世界線のひとたちと過ごしていきたい。それはつまり、新しい自分との出会いなのかもしれない。
暗い今を超えたら、明日という未来がやってくる。私はその未来を信じている。
夜明け前が一番暗い。だからこそ、私は私を一番に信じていきたい。
また、描きます。
CHIHIRO