紅葉もイチョウもすっかり葉が落ちました。
赤い実が冬の訪れを告げています。

11月の『高尾山報』「法の水茎」です。東山道、園原地区の伝説について書いてみました。お読みいただけましたら幸いです。
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「法の水茎」161(2025月11月号)
立冬を迎えて、冬の訪れを告げる木枯らしが吹き始め、北国からは初冠雪の便りが届くようになりました。「秋の夜長」に満ちていた虫の音も遠ざかり、夕暮れが早まっていく「冬の短日」を実感するようになってきました。
白露も時雨もいたくもる山は
下葉のこらず色づきにけり
(『古今集』紀貫之)
(白露も時雨も漏れ落ちるという守山の地では、その水滴によって木々の上葉から下葉まですっかり色づいているよ)
日中の短さに心細さも感じますが、それは冬支度を始める合図でもあるのでしょう。晩秋から初冬にかけて降ったり止んだりする雨(時雨)や、水蒸気が冷えて白く輝く朝露(白露)を浴びながら、樹木の葉も少しずつ色づいていきます。
この「白露も」の歌は、近江国野洲郡にあった守山宿(現在の滋賀県守山市)付近で詠まれたものです。守山宿は、古くは東山道、後に江戸時代には中山道67番目の宿場町として栄えました。歌では、守山の「守る」に「漏る」が掛けられ、空から零れ落ちてくる時雨や白露の雫によって、木々が鮮やかに染め上げられている光景が詠われています。宿場の賑わいに負けないくらいの華やかな秋景色が目に浮かびます。
東山道は『日本書紀』に「東山道」と見え、『続日本紀』(大宝2年〔702〕12月10日条)には「初めて美濃国に岐蘇の山道を開く」と記されています。時代は下って、島崎藤村(1872~1943)の「木曽路はすべて山の中である」(『夜明け前』)という小説の冒頭も思い起こされるように、古代から険しい山並が立ちはだかっていたのでしょう。それは取りも直さず、東山道、中山道(木曽路)が豊かな自然に囲まれた土地であることも物語っています。
さらに歩を進めると、東山道の道筋、美濃国(岐阜県南部)と信濃国(長野県)との県境にある神坂峠(標高約1569メートル)の山麓に「園原」という山里があります(長野県下伊那郡阿智村智里)。古来より歌枕の地として、多くの古典文学作品(漢詩や和歌、物語など)に詠い残されてきました。
帚木の木末やいづくおぼつかな
みな園原は紅葉しにけり
(『金葉集』源師賢)
(帚木の梢はどこにあるのだろう。近づいてみると、園原の地は散りかかる木の葉で一面に紅葉していたよ)
「帚木(ははきぎ)」とは、園原(そのはら)の地にあって、遠くからは見えるけれど、近寄ってみると姿が見えなくなるという伝説の木です。この歌では、秋霧の中から徐々に浮かび上がる紅葉が詠われているのでしょうか。帚木の姿は見えるのに会えないというもどかしさと、思いがけず錦おりなす紅葉に包まれていたという感動が詠われているようです。
この園原の土地をめぐっては、次のような話が伝わっています。
昔、信州にある男がいました。京の都から妻となった女性を伴って国に戻ってきました。
その女性には、かつて言い寄る男が多くいて、その男達からの手紙がたくさん残されていました。夫には隠していましたが、ついに夫は手紙を見つけます。そして「自分は文字が読めない。息子が戸隠の山寺にいるから」と言うと、子どもを呼び寄せ、母の前で読ませました。母は慌てふためきます。
ところが、この息子はよく機転の利く子で、恋文を何でもない日常の手紙のように読み上げたので、夫の疑念は晴れて、夫婦仲はそのままとなりました。この継母はあまりに嬉しく思い、息子に手紙と和歌を送りました。
信濃なる木曽路に懸くる丸木橋
踏みみし時は危うかりしを
(信濃の木曽路に懸かっている丸木橋を渡ろうと踏んだときは危ないことでした(あなたが文(手紙)を読まれたときはハラハラしました))
息子からの返事には
信濃なる園原にこそ宿らねど
みな箒木と思ふばかりぞ
(信濃の園原に立ち寄ったわけではないけれど、すべてが箒木と思うばかりでしたよ(誰もが母親と思うだけのことです))
この話は、かの閔子騫(びんしけん)に似て、『梵綱経(ぼんもうきょう)』の教えにも合っています。まさに「すべての男性は我が父であり、すべての女性は我が母である」と説く心です。この感心な心を持った息子は、やがて父の家を継いだと伝え聞いています。
(『沙石集』)
歌に見えるように、園原の「帚木」は「母親」にも通じるのでしょうか。子どもは目の前に現れた継母の心を察して、手紙の内容を読み替えました。その行いは、孝行者として名高い閔子騫(びんしけん)(紀元前536~紀元前487)の姿や、父母への孝行を説く『梵綱経』の教えにも適っていると語られています。
なお、弘法大師空海(774~835)は、
もし恵眼をもって
これを観ずれば 、
一切の衆生はみな、
これわが親なり。
(空海『教王経開題』)
(仏さまの眼差しから見れば、この世の生きとし生けるものは皆、自分の親である)
として、人間の父母を超えた「真理の眼」を解き明かされています。
植木静かならん
と思へども、
風やまず。
子孝せん
と思へども、
親待たず。
(『栄花物語』)
(木々が静かにしていようと思っても、風は止まない。子が孝養しようと思っても、親はいつまでも待っていない)
「帚木(ははきぎ)」と「母親(ははおや)」のように、「紅葉(こうよう)」は「孝養(こうよう)」とも通じるでしょうか。錦秋に染まる山々や風に散りゆく落葉に親の心を感じつつ、今生かされていることへの感謝の念を覚えます。
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最後までお読みくださりありがとうございました。