クラシック音楽
2025年度の私選ベストライブを発表します。とにかく予算不足からやや貧乏くさいラインナップになるのはご容赦を。
2025年のラストコンサートは鈴木優人指揮の関西フィルで第九。演奏内容的にはなかなかのものであった。
ロンリークリスマスイブの夜は読響の大阪公演。パスカルの第九はかなり個性の強い演奏。評価的にはかなり微妙。
佐渡指揮のPACオケで第九の公演に出かける。佐渡の第九はやはり徹底したお祭り第九でイベント向き。
二日目は京響のびわ湖ホール公演へ。沼尻によるマーラーの9番はなかなかの集中力のドラマチックな内容。
METと大フィルのハシゴ。METはベルカントオペラの代表作を。大フィルはデュトワの圧倒的な演奏に場内大盛り上がりとなった。
大谷美術館を見学してから、西宮で開催された芦屋交響楽団のコンサートへ。アマオケとは思えない重厚なブルックナーを堪能。
マケラ指揮のロイヤルコンセルトヘボウの来日公演。心に沁みるようなマーラーに場内は大盛り上がりとなった。流石にロイヤルコンセルトヘボウの技量とマケラのパフォーマンスは半端ない。
知人からもらったチケットで、大フィルのベートーヴェンチクルスへ。曲目は3番と4番で指揮は尾高忠明。
サッシャ・ゲッツェル指揮のPACオケの定期演奏会。ゲッツェルは後半になるほどノリが良くなっていき、それにつれて指揮姿が異様なことに・・・。
絹谷幸二天空美術館で彼の強烈な作品を見てからスペインADDA交響楽団のコンサートへ。オケメンバーがノリノリでかなり盛上がったコンサートとなる
関西フィル定期に久々にデュメイ登場。相変わらずの濃厚なデュメイ節は実に魅力的。またピアニストのフルネルがテクニックと表現力を兼ね備えた見事な演奏で会場内を魅了した
今月の大フィル定期は尾高による現代曲。特に後半のポーランド作家のは難解。シューマンのチェロ協奏曲はイッサーリスの美麗な音色に酔う。
山崎隆夫はサントリーなどの広告分屋で活躍した人物。しかし彼自身は洋画家であった。宝塚交響楽団はハイレベルのアマオケ。今回はチャイコの2番を中心のロシアプログラム。
ビシュコフ指揮のチェコフィルの大阪公演へ。流石にチェコフィルの演奏は圧倒的。ありえないような美麗なサウンドに恍惚の境地。圧巻のチャイコの5番に度肝を抜かれた。
福田美術館での上村松園を中心とした美人画展を鑑賞してから、西宮でPACオケの定期演奏会。オッテンザマーの生命力溢れるザ・グレイトはなかなかの演奏。
「堂本印象展」「鹿子木孟郎展」「縄文展」「牧野邦夫展」などを見学してから京響コンサートはデュムソーによるショスタコ。生命力に満ちたなかなかの快演。
中之島美術館でのアール・デコ展と中之島香雪でのベルナール・ビュフェ展をはしご。その後はプラハフィルで定番曲。
兵庫県立美術館のリビングモダニティ展で近代建築を観察。その後は関西フィルによるヴェルディのレクイエム。藤岡のかなり思いのこもった演奏。
NEGORO展と小出楢重展を見学。共にオマケの方が面白かった感あり。その後、大フィル定期でニールセン。ダウスゴーのご当地演奏である。
日本センチュリーの定期演奏会に。久石には前回は「超高速!田園」でぶっ飛ばされたが、今回は比較的オーソドックな演奏。色彩的なラヴェルはやはり久石と相性が良いか。
神戸で開催中の大ゴッホ展を鑑賞。ゴッホの初期絵画を中心にゴッホの進化の道筋を体感。その後は大阪でアンサンブル金沢のコンサート。例によって指揮者の広上はサービス精神旺盛。
遠征2日目はパークスシネマで上映のMETライブビューイングで「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。ワーグナーの音楽世界をMETの豪華キャストで堪能。
京都国立博物館で開催中の宋元仏画展を鑑賞してから、京響の定期演奏会。沖澤のどか指揮のシェエラザードはまさに音楽に飲まれる雰囲気の圧巻の名演であった。今日の宿泊は堺の日帰り温泉。
伊丹で開催のタピオ・ヴィルカラ展でフィンランドデザインを堪能後、西宮でPACの新シーズン開幕コンサートはオールブルックナー。ブルックナーのテ・デウムに感動。
京都の秋音楽祭の開幕コンサートで沼尻指揮の京響の演奏を堪能。そのまえに京セラ美術館の民藝展を鑑賞。初めて民藝という思想潮流が理解できた気がする。
京阪遠征2日目は大阪に移動して関西シティフィルの定期演奏会。ザ・シンフォニーホールは満員御礼状態。
福田美術館で万博展の後期を鑑賞後、京響の定期演奏会。今回のソリストは天才少女HIMARIで場内は満員御礼の大盛況。講演後は祇園の男性専用サウナで一泊する。
松本宗利音指揮の大フィルの神戸公演を国際会館に聞きに行く。夏休み明けの久しぶりのコンサートを堪能。
N響の姫路公演のためにアクリエひめじへ。指揮者のポリャンスキーは私の期待を全く裏切らない見事な演奏を聴かせてくれた。さすがにポリャンスキーはただ者でないことを再確認。