その夜は、腕を振るって料理を作った。
夫はもう、食べることは出来ない。でも、香りを楽しむことが出来るのだ。
だから、今夜は、夫が好きだったものばかりを準備した。
『おぉ!!凄い!豪華だね。』
とても嬉しそうに食卓を見つめた夫は、香りを楽しんでいる。
私はそんな夫の姿を見つめながら、
ふと、いつまでこうして夫と過ごすことが出来るのだろうかと考えた。
「ねぇ、あなた。ところで、いつまでこっちにいられるの?」
いや。これじゃ、帰省して来たあの子に対する質問と変わらない。
夫は、こっちに帰って来たわけではなくて、
目には見えないだけで本当は、いつも側にいる。
・・・えっと、それなら・・・
いつ消えるの?と聞いた方が良かっただろうか。
質問してしまってから、ごちゃごちゃと、
頭の中で考えごとをしていた私の耳に届いたのは、衝撃的な答えだった。
『そうだよ!そうなんだよ!!俺、元に戻る方法が分からないんだよ。』
「えぇぇ??」
私が叫ぶと同時に聞こえたのは、私の携帯電話の着信音だった。
ーーーはい!どーも!!久し振りって程でもないけど、久し振り!ーーー
電話は、あの子からだった。
ーーーいやぁ、ゴールデンウィーク終わったばかりなんだけどさ、
今日は、なんとなく電話してみたよ。ーーー
そう。つい先日まで、あの子はゴールデンウィークのお休みで、
こちらに帰省して来ていた。
ーーー最近どう?何か変わったことはない?ーーー
なんだか、驚いてしまう。
いつもなら、帰省が終わってから数日後に電話など掛かっては来ない。
これもまた、魂が繋がっているからからこそ起こる不思議な出来事なのだろうか。
あの子の声に、相槌を打つ私にピタリとくっついて耳を澄ましていた夫は、
俺も電話を変わりたいと、ジェスチャーしてきた。
私もそうしたいけれど、どう切り出せば良いのだろう。
「あのね、実は、今日、変わったことがあってさ。」
戸惑いながらも、今ここに、お父さんがいることや、
向こう側での事故があったことなんかを出来るだけ簡単に伝えてみた。
最初は驚いていたあの子だったけれど、やがて、何かを思い出したかのように言った。
ーーーあぁ!そう言うこと?それってさ、昼過ぎくらいじゃない?ーーー
その時間のあの子は丁度、パソコンに向き合っていたのだそうだ。
室内にいたにも関わらず、突然に強く温かい風があの子を包み込むかのように吹くと、スッと消えたのだと言う。
ーーーなんだろうとは思ったんだけどさ、周りの皆は普通に仕事をしていたり、
お昼ご飯を食べていたりしてさ、俺だけなのかなって思ったから、
誰にも聞けなかったんだ。ーーー
そうしてあの子は再び、目の前の仕事に集中することにしたのだそうだ。
ーーーじゃあ今、そこにお父さんがいるってことだよね?
じゃあさ、3人で話そうよ!ーーー
通話をスピーカーへと切り替えて、携帯電話をテーブルに置けば、
夫は、少しだけ緊張した面持ちで、あの子の名前を呼ぶと、声を掛けた。
『久し振りだね。』
ーーー・・・え?マジで?お父さん?お父さんじゃん!!
おかえり!え?おかえりでいいの?こんばんは!久し振り!ーーー
電話の向こう側からは、
夫へ声を掛けるあの子の元気な声と爆笑する声が聞こえて来た。
そんなあの子の声に、夫の頬は緩んだ。
今日の私は、何度くらい驚いただろう。
今日は、色々なことで驚きっ放しだ。
あの子は、この不思議な状況をすんなりと受け入れて、
亡くなってしまった筈の父親との会話を楽しんいる。
『それは育ち方の違いだよ。』
夫がこんな話をしてくれたのは、あの子との電話を切った後のことだった。
物事がついた子供頃から、目に見えないものを受け入れているあの子の中には、
私が持っていたような固定概念は初めから存在していなかったのだそうだ。
それ故に、あり得ないような物事と出会っても、驚きはするが、否定はしない。
子供の頃に父親を亡くしたあの子は、
そんなふうに柔軟性を持ったまま、大人になったのだと言う。