
今まで一番酷いパニック発作が起きたのは、高校3年生の12月だった。
何とか少しずつ通えるようになった学校。私は出席できそうな授業を厳選して学校に通うのを再開していた。その国語の授業中。
授業内容はレポートで、各自教科書やノートを見ながらレポート作成を進めていた。先生は提出されたレポートを採点するため、教卓前に座っている。まだ誰も提出できていないので、先生は暇そうにクラスを眺めていた。教室には紙に何かを書き込む音だけが響いていた。
私も周りのクラスメイトたちと同様に、レポートを書こうとする。それなのに、なぜだか手が震えて何も書くことができなかった。
今までパニックが起こったのは、いつもと違う教室で行われる模試とか、文化祭とか、初めて参加する体育とか、そういうものばかりだった。何の変哲もない学校生活の中で起こったことはなかったのだ。
だから深く考えなかった。何で手が震えるんだろう……。困ったな、レポートが書けないや。何も怖いことなんてないはずなのに。
そう思いながら自分の手を眺めていると、教卓の前に座っていた先生が、いつの間にか目の前に来ていた。私の後ろにそっと回り、「大丈夫?保健室行く?」と声をかけてくださった。
私は、何らかの異常が起きていることに不安を感じて、先生の声に頷いた。
立ち上がり、先生と共に教室を出る。先生は「みんな、レポートできたら教卓に置いておいて」と言い残して、私について来てくださった。
徐々に膨らんでいく中身のない不安に、手の震えが止まらない。私は先生に、授業中にも関わらず教室を出て来てしまったこと、心配と迷惑をかけてしまったことを申し訳なく思い、「ごめんなさい」と絞り出すように謝った。先生は「ううん、ううん」と首を振って、私を保健室まで送り届けてくだった。
そこで治まるかと思ったのに、本番はそこからだった。
ベッドに横になった私の胸は、やけに落ち着かなかった。動悸がして、急に息ができなくなる。暴れ出したくなるような衝動に駆られ、ベッドに横になっていることもできず、おもむろに起き上がった。
そこからみるみるうちに過呼吸になって、手足が痺れて、筋肉が硬直して、助けを求めるようにベッドに置いたスマホやティッシュを倒した。床に落ちる音がする。きっとパニック発作だろうとわかっていたから、「死ぬかもしれない」とは思わなかったけれど、苦しすぎて、出口の見えない暗闇に、一人迷い込んだような気分だった。これは、これはいつ終わるのだろう。
保健室の斎藤先生が気付いてくださるまでの時間が、とても長く感じた。
結局、先生からもらった水で薬を飲んで、背中をさすってもらいながら、時間が過ぎるのを待った。時間の経過に伴って、発作は落ち着いたけれど、あの時の苦しみは今でもよく覚えている。
でも、私はどこか、苦しめたことに安心していた。苦しんだことを、周囲の人々に知ってもらったことに、安心してしまっていた。