こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

寄せ書き

 2年生の終わり、クラスへの思いを書き寄せる冊子に、私は初めて自分の病気のことを書いた。

『私は社交不安障害と場面緘黙症という病気があり、2年生になってからも学校に行けない日々でした。クラスメイトになった皆さんにも、会ってみたかったです。いつか楽しく会える日を目指して、病気と闘います』

 その影響なのか、2年生が終わる頃、寄せ書きをもらった。クラスメイトである翼ちゃんのお母さんが、私の母に渡してくれた。

 正方形の白い厚紙を恐る恐る開くと、右側一面に6人の子からのメッセージが貼られていた。色とりどりのペンで書かれた言葉は、どれも温かくて、ページの向こうから声が聞こえてくるようだった。中には翼ちゃんのかわいい丸文字もある。顔も知らず、名前も初めて見る子がほとんどだった。

 左側には、寄せ書きを書いてくれた6人と私のイラストが描かれていた。漫画のようなイラストは、中学生の頃に兄の文化発表会でもらった、美術部の子たちの作品が載っていた冊子を彷彿とさせる。

 「実は、私も病気があります」と書いてくれた子もいた。「応援してるよ」「頑張って」と、普段なら重荷になるようなそんな言葉たちも、不思議とすべて励みに変わった。

 来年、卒業するまでに、この人たちに会ってみたい。ふと、そう思った。

 本当に行くつもりがあったかと聞かれれば、自信を持って頷くことはできない。私はきっと、不登校児だったから学校に行きたいと思っていた。不登校児の世界から見える学校は優しい居場所に変わったのだ。でも、実際に行くとなると、一気に味方がいなくなるだろう。そこまでわかっていた。私は、不登校で病気の自分に酔っていたのだ。

 きっと私は、「行けない自分」をどこかで正当化したかったのだと思う。教室に行く勇気がない代わりに、行きたいと願うことで、自分を守ろうとしていた。現実に踏み出すことの怖さを、「憧れ」という言葉で隠していただけなのかもしれない。

 

 寄せ書きは、今も大切に持っている。時々ふと開いてみると、結局会えなかった彼らが、隣にいてくれるような、そんな感覚を覚える。たとえ彼らの記憶から私は消えていても、私の中では、あの日の言葉たちが今でも確かに胸に残っていた。