2025-01-01から1年間の記事一覧
年を跨いで精神科に入院していた時、個室なのをいいことに、よくテレビを点けていた。元々、雑多な音や悲しい情報ばかり流れてくるテレビは好きじゃなく、家にいる時は好んで点けることはない。ただ、病院の個室に何日もいると、閉鎖的な孤独に押し潰されそ…
6日目。年が明けた。お正月。ずっと調子が悪く、近所のお寺に初詣に行くためだけに車を出してもらった。そんな中引いたおみくじは大吉で、厄年が終わったことを実感した。本当に典型的な形をした厄年だったなぁと、昨日までの去年を振り返る。夕方に病院に戻…
入院している間、毎日日記を書いていた。 2日目。あまりよく眠れず、朝6時から採血と採尿をした。ベッドに横になった状態で、照明が眩しいからと言って顔にクッションを当てて採血をしてもらうことを許可してもらえた。人生で初めての採血は、恐れていたよ…
部屋の隅に放置しておいた入院用のバッグが、ついに役に立つ時が来た。 11月下旬の受験を何とか乗り越えて、私はF大学に合格した。 私がうつ病になったきっかけは、受験のストレスだ。そう思っていた。だから、受験が終われば、自然と良くなっていくのだろう…
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。 今回のゲストは、wacciの「どんな小さな」。 18歳の私から、お便りが届いています。 私がこ…
今まで一番酷いパニック発作が起きたのは、高校3年生の12月だった。 何とか少しずつ通えるようになった学校。私は出席できそうな授業を厳選して学校に通うのを再開していた。その国語の授業中。 授業内容はレポートで、各自教科書やノートを見ながらレポー…
1か月ほど前にハロウィンを終えた世界は、来たるクリスマスに煌めいている。大好きな季節のはずなのに、今の私には何だか、キラキラと点滅するイルミネーションや、希望を纏ったクリスマスツリーが眩しすぎる気がする。幼い頃、自分はクリスマスの中心にい…
うつ病の症状の一つとして、「過食性障害」というものがあるらしい。 その症状を実感したのは、食欲不振がようやく治まってきた頃だった。 家族が全員不在のお昼過ぎ。 ふとお菓子を食べようと思ったのが始まりだった。 お菓子の入っている箱を漁る。テーブ…
文化祭は金曜日と土曜日の2日間にかけて行われる。 金曜日は、午前中だけ。お客さんも保護者しかいない、割と小規模なお祭りだ。 私は何とか両親の力も借りて、車で学校まで行った。朝からやって来た私に、先生は驚いたようだったけれど、この後どんなに寝込…
10月の半ばに、文化祭を控えていた。 そして私は、10月上旬予定の入院を取り消した。 理由は少しだけ状況がましになったのと、最後の文化祭に行くためだった。 入院用に作ったバッグが、部屋の隅っこに置いてある。それを見ながら思った。 あれを片付けてし…
ある日、ポストの中に、学校からの封筒が入っていた。授業プリントやレポートがほとんどのその中で、最後に封筒から出てきたのは、小さいグレーの封筒だった。 ソファで一日中横になっていた私は、封筒を見てむくっと起き上がった。 何だろうか、これは。封…
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。 今回のゲストは、SEKAI NO OWARIの「銀河街の悪夢」。 18歳の私から、お便りが届いています…
何とか命を繋ぐため、薬漬けの日々。 あまりにもごはんが食べられないので、経腸用液が処方された。 夜は眠れるようになったものの、朝目覚めた時からとんでもない倦怠感で横になっていることしかできなかった。 主治医から入院を勧められたのは、そんな日々…
大学への推薦をもらうための校長面接が行われたのは、そんな絶不調の最中だった。 重い体を引きずるようにして、何とか学校まで行く。母もついてきてくれた。 校長先生は、私が中学生だった時、校舎内を案内してくださった当時の教頭先生だった。あれから校…
学校に行く途中、何度道路に飛び込もうと考えたかわからない。 9月。2学期が始まった。 半袖の制服から出た腕と、スカートのウエスト部分が自分でもわかるほどに痩せ細っていた。 そんな中勇気を振り絞って、一縷の望みに縋るように、保健室を訪れた。 こ…
自ら死を選ぶということは、悪いことじゃなくても、良くないことだというのはわかっている。家族や友人を悲しみの底に突き落とし、一生癒えない傷を与える。それは自分の人生が終わっても、私が永遠に背負い続ける十字架だ。家族や友人を、心から大切に想っ…
うつ病で不眠の症状が現れて、睡眠薬を飲むようになった。 でも、どれだけ早くベッドに入っても、眠りにつけるのは午前2時。眠りが浅く、目を開けてみるとまだ午前5時だった。 時には、一晩中、一睡もできずに朝を迎える日だってあった。 朝、3時くらいに新…
夏休みの始め、何も感じない段階に入った。 焦りとか不安が全くない。まるで、自分以外の誰かを生きているようで。 絶望するのも、とうに諦めたみたいだった。この先に続く未来が、自分のものな感じがしないんだ。だから毎日、前進しない日々を送っている。…
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。 今回のゲストは、MISAMOの「Bouquet」。 18歳の私から、お便りが届いています。 私が生きて…
高校生になって、不登校から脱出した私が、憑りつかれたように勉強に励んでいたのも、中学生の時の家事と同じ理由、つまり罪滅ぼしだ。私は部活に入ることもできなかったし、行事で活躍することも、生徒会に入ることも、委員会で役員に立候補することもなか…
私は、ある日漫画の中で、主人公が「自分に謝りたいこと」を書き出していく場面に出会った。漫画の中の彼女は、「私たちはたくさんの人に謝っているのに、自分にはどうしてか何をしてもいいと思っている。謝らなくてもいいと思っている」と主張した。 それを…
私には、限界の合図の言葉がある。 それは、うつ病になる前、成績や進路、病気のことで悩んでいた時によく口にしていた言葉だ。当時は、それが限界の合図なんて知らなかったけれど。 でも今ならわかる。それをつい口にしている時はもう限界なのだと。 私の限…
うつ病は、本当に怖い病気だった。 私を、殺してしまおうとする。脳を乗っ取って、自然と死へ意識を持って行く。「もういいや」「もう無理だ」と、投げやりな気持ちになる。思い切り力を入れて、ここに踏ん張り続けなければ、私は簡単に消えてしまいそうだっ…
2024年6月7日。 あの日のことは、今でもよく覚えている。 進路先を相談する、最後の三者面談だった。最終的な志望校を伝え、受験に向けて、本格的な話が始まった。 私は、指定校推薦で、F大学への入学を決めた。 その面談の途中から、やけに変な気持ちに包…
高校2年生の夏に、初めて声が戻る前後、その葛藤を日記に綴っていた。 黙っているのは、半分自分の意思なんじゃないかと思うことがある。ずっと黙っていると、「声が出ない」という感覚は、そこまで明確なわけではない。だから信じられない。自分のことでさ…
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。 今回のゲストは、馬場俊英の「弱い虫」。 14歳の私から、お便りが届いています。 私がこの…
苦しみが足りないのではないか、と思うことがある。 私はもっと苦しむべきだ。まだまだ、治ってはいけない。 高校を卒業するまでに治りたいと強く願う一方で、どこか苦しみ足りない気もしていた。卒業までそう長い時間がないことを理解し、その事実に焦って…
本が好きだ。 図書館も、本屋さんも、文章も、本という存在自体も。 でも、私はそこまで読書家なわけではない。「読書好き」として取り上げられている人たちは「一日に一冊は本を読みます」とか平気な顔で言っている。そんな超人みたいな人が存在するのに、…
高校3年生の時、文学国語の授業で「短歌と俳句を創作しよう」というものがあった。その前に偉人たちの遺した短歌や俳句を学びながら、私は創作授業を密かに心待ちにしていた。 高校に入学してすぐの時も、ゴールデンウイークの課題で「俳句を作ってみよう」…
緘動を初めて突破したのは、突然のことだった。 体育の授業では、1か月後のスポーツ大会に向けて、大繩飛びの練習が始まっていた。今年のスポーツ大会は例年のビーチバレーボール大会とは違い、本格的な「スポーツ大会」へと進化するらしかった。それを司っ…