ということで、このスタッフ通信から、新しい投稿を始めていこうかと思っています。いや【懐古はいつも新しい】などといって、旧いのか新しいのかもよく分かりませんが、要するに「新潟・市民映画館シネ・ウインド」1985年の開館からスクリーンで上映してきたたくさんの映画からピックアップしてみて、その懐かしさに涙しながらのらりくらりと記述してみようかな、というような試みです。珍しいことにシネ・ウインドでは過去の上映作品を簡単に振り返ることが出来ますし、その作品リストを眺めていると、「お、あれを上映していたのか!」とか「え、あれは上映していなかったのか」とか、感慨深い歴史を辿れます。ここで記述をしてみることで、「ああ、そんな映画もありましたねえ」とか「へえ、そういう映画もあるものかい」というように「今日はおウチでなにを観ましょうか」みたいに何かの参考になってもらえたら有難いですね。
はい。では、その記念すべき第1弾に取り上げてみるのは、40年前、開館した年に上映した名作映画『汚名』。「またそんな、おめおめと、オメエは…」と言われていそうですが、初手はやっぱりヒッチコックかなあ、と。それでいて、この映画はいま観返してみてもとても面白い。約80年前の映画なので、いまの映画感覚とはいろいろな意味で異なります。しかしこの演出も演技も作劇も、現在の心理劇の基礎になっているような、凄い映画です。
『汚名』原題:Notorious 1946年 アメリカ映画 監督/製作:アルフレッド・ヒッチコック 脚本:ベン・ヘクト 撮影:テッド・テズラフ 編集:スローン・ウォース 美術:キャロル・クラーク / アルバート・S・ダゴスティノ セット:クロード・カーペンター / ダレル・シルヴェラ メイクアップ:メル・バーンズ 助監督:ウィリアム・ドーフマン 音楽:ロイ・ウェッブ 当館公開日:1985年12月11日
ヒッチコックがアメリカに渡ってから、『疑惑の影』『救命艇』『白い恐怖』と傑作を連作している頃の映画です。『断崖』に続いてのケーリー・グラント。『白い恐怖』に続いてのイングリッド・バーグマン。そして個人的に大好きな名優クロード・レインズが出演しています。アメリカの連邦捜査官とそのパートナーが愛し合うも、南米へ逃れたナチ残党の有力者から情報を引き出せと命ぜられ、スパイ活動に勤しむお話しなんですが、Notorious=「汚名」というのは冒頭、ドイツ出身の父親がナチスのスパイだとして全米から批判されるバーグマンが映し出されます。思えば、渡米したヒッチコックに対してイギリスのメディアが「祖国の戦争努力のため帰国せず、アメリカで映画製作する逃亡者」と報じて悪名を広められたんですよね。今では偏向報道も誹謗中傷もあっという間に拡散されるような時代なので、悪評や名誉棄損や、『それでも私は』の上映も行いましたが、世論が許さない風潮については、常に一考を要するところを思わされますね。
この映画はフランソワ・トリュフォーがヒッチコックの最高傑作と公言し最も敬愛する映画の1本とされています。『汚名』はスパイという任務と、パートナーへの愛に揺れる葛藤を描いた心理劇。有力者の邸宅に身分を偽って潜り込むサスペンス映画。これをグラント、バーグマン、レインズらが中心に演じていくんですが、この葛藤を思わせる目の演技がいいんですよね。任務か、愛か。相手を信用する。相手を疑う。その目の動き。瞼の重み。そうして思い詰めたあと、行動する。そのときに音楽がかかる。キャメラが小道具に迫って、クローズアップ。こういうところが映画だなあと思わされます。舞台では表せないし、記録ではない、劇映画感覚の面白さ。ヒッチコック映画を観れば分かってきます。
ヒッチコックは小説の映画化をたくさんしてきましたが、これはアメリカの名作家ベン・ヘクトによる書き下ろし映画脚本なんですよね。脚本家、戯曲家としても一流で、アメリカを代表するシナリオライター。多くの名監督たちへ脚本を手掛けています。ヒッチコック映画の脚本を何本も手掛けました。同時に『汚名』はヒッチコック監督にとって初めて、主演2人のラヴストーリーとスパイサスペンスドラマを掛け合わせた本格映画となりました。この映画ではバーグマンが見事な美貌を発揮しながら、愛を欲しながら命懸けの潜入調査に臨む姿を演じていますが、その愛の行方がどうなるか。大きな見どころになっていきます。そしてこの映画、人間の人間による絶望を描いています。無実だろうと批判の的に晒される場面。裏切りによって殺されるかもしれない場面。もう殺すほかないだろうという絶望。いま法治国家というか、現代社会における最大の禁じ手を、この映画で描き抜いています。なんてことだ、と思いますが、それでいてこの映画、愛あることの希望も描いているんですよね。これもう凄いことです。いまこのような作劇が果して出来るのかどうか。ということで、これはヒッチコック・アメリカ時代の代表作の1本。脚本、演技、演出どれも最高潮というか、アメリカ映画のひとつ到達点なのかもしれません。心理劇映画の名作です。(宇尾地米人)
