akのもろもろの話

大人の漫画読み

映画「ブルーボーイ事件」

ブルーボーイ事件
2025年/飯塚花笑監督/106分

夜のネオンと派手に着飾った女たちが路上にひしめく通りでは、東京オリンピックを機に都市の衛生と美化を徹底し日本のイメージアップを図るため、春をひさぐ女たちの一斉摘発です。

高度経済成長に沸きあがる1965年です。

越路吹雪のサントワマミーが大ヒット。

とはいえ昭和31年に施行された売春防止法は女性に対する法律であり、売春を取り締まる警察の手を焼かせたのは女性の姿をした男娼の存在でした。

便所に同行した警官が個室に入ろうとする彼女に、立って致す小便器の方で用を足すよう命じますと

「そっちじゃできない」

「?なんで?」

「ないのよ」

「何が?」

「ナニがよっ!」

 

ブルーボーイと呼ばれ性別適合手術(当時は性転換手術と言われていた)を受けた人たちは、戸籍は男のままなので摘発の対象にならなかったのです。

しびれをきらした警察は、性転換手術をおこなった医師の赤城(山中崇)を麻薬取締法違反と優性保護法違反の容疑での逮捕に踏み切ります。

健康な男性を性転換手術により不妊とすることは、不良な子孫の出生を防止するための優性保護法に違反するというわけです。

どうにも無茶苦茶&不当な起訴から医師を守ろうとする弁護士の狩野(錦戸亮)は、アメリカでは性転換手術は治療行為として認められていると主張し、赤城医師の行為が医療行為であったかを確認するために手術を受けた当事者を裁判の証人として呼ぶのです。

 

証人1メイ(中村中)

性転換手術をした理由

「そりゃ女になりたかったから」

どうしても女性の姿になりたいと悩み、そのせいで精神が不安定になってしまったことはないか?

「あたくしそういうことに深く悩まないたちなんですのツ」

「勝手に病人扱いしないでちょうだい」プンスカ

 

証人2アー子(イズミ・セクシー)

「あたしは女に生まれるはずだったのに間違えて男に生まれてきてしまった」

「そのことでずっと違和感を抱いてきた」

「あたしたちはフツーよ!」

「フツーに悩んで生きてるのっ!」と叫ぶ。

 

なんかどうも噛み合わない感じです。

それは狩野の弁護の方向性が、彼女たちは精神障害だから治療のために性転換手術が必要だったと進めていくからです。

トランスジェンダーへの理解が全くと言っていいほどなかった時代ですから、自分は一生懸命勉強しましたよエヘンと言うほどわかってない狩野に驚愕。

下世話な興味で傍聴にきた3流マスコミらしい有象無象どもが蔑むような目で嘲笑してるのも不快です。

性自認に悩む思いをアー子のように強く主張しても社会は偏見に満ち、その点ではメイは何を言っても無駄と割り切っているのでしょう。

そこで狩野は水商売の2人よりも堅気のサチ(中川未悠)の方が証人として説得力があると考えサチに出廷を依頼します。

 

サチは喫茶店のウエイトレスとして働いていまして、彼氏と暮らし一般女性として生きているのです。

温厚で物柔らかな彼女は、ニューハーフのような派手な世界は向いてないタイプなのでしょう。

彼氏はすべてを知ってもサチに結婚を申し込みます。

日陰でひっそりと生きる人生であっても幸せを得たのに、裁判に出たら自分の秘密が明らかにされ幸せは砂のようにこぼれて消えてしまうでしょう。

しかしながらサチの体は睾丸と陰茎切除までで膣形成手術はこれからという状態でして、赤城が有罪になってしまったら手術を行えるような信頼に足る医師はいないのですがな。これは困りました。

 

監督もサチを演じた方もトランスジェンダーだそうですが、トランスジェンダーを扱った映画ではシスジェンダーの俳優がその役を演じると批判が起こるんですよね。

難しい問題です。

今でさえ差別や偏見があるのですから、60年代では言わずもがなです。

相手側の検事を演じる安井順平さんが素晴らしく嫌なヤツでして「自分は戦争へ行った。今の日本は戦争から戻った人たちが懸命に働いて作り上げたのにあいつらの軽薄さが許せない」と、ブルーボーイは許せない、社会が乱れると思い込んでいるのです。

登場人物はそれぞれの立場で葛藤していました。

 

私は一度だって自分を男だと思ったことはない。

私は皆さんが思うような女になろうとは思ってない。

私は私です。

 

法廷で絶望と怒りと焦燥に駆り立てられたヒロインはもう性別をトランスした自分のアイデンティティに及ぶ展開になっていきます。

裁判官もあなたは今幸せですか?とか聞いてくるし。

これは実際に起きた事件を題材にしているのですが、こんな事件があったなんて全然知りませんでした。

現代の視点から見ると社会は人権をより尊重する方向へ進んできたとは思います。

ですがトランスジェンダーの人々が自身のアイデンティティに沿って生きようとすると、これまで築いてきた社会のルールだとか空間の区分けが混乱してしまうと言う人がいて、そこでまた問題が起こっているのが現実です。

社会の偏見や法の限界を描きつつも、希望のあるラストになっていましたが、色々と考えさせられる映画でしたよ。

当事者でなければわからない問題を教えてくれる作品でした。

あと60年代の空気感が凝ってて良かった。