あっ!丁度良いところに加藤さん♪

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不浄と常若

待ちに待った神社参拝の再開です♪

息子と二人、2025年の初詣になります。

 

熱田神宮南門に到着しました。

写真では空いている様に見えますけど、境内は人がいっぱいでした。

 

私は徒歩で来れる距離に住んでいるので良いのですが、交通規制や渋滞もあれば、年始は熱田神宮近隣の駐車場も2,000円/時間って普通ですから、遠方の方は公共交通機関が良いでしょうね。

平時は、勿論、世間相場並みですよ。

 

実は、熱田神宮に来る前に、「鈴之御前社」と言う境外末社に寄ってから、こちらに来ました。

鈴之御前社と言うのは、伊勢神宮で言われるところの二見ヶ浦の様な役割のお社です。

つまり禊をする場所と言う事です。

現代では、特別な例を除いて、手水舎が禊の場所となります。

 

因みに、二見ヶ浦二見興玉神社主祭神猿田彦命ですが、こちらは猿田彦命の妻の天鈿女命が主祭神です。

芸能の神様とも言われ、あの天の岩戸の前で裸踊りをしたと言われる女神です。

https://www.atsutajingu.or.jp/jingu/about/yukari/yukari_detail04.html

 

現在の新堀川が、昔、「精進川」と言われていて、東海道の旅人が熱田神宮へ入る手前にあって、禊をした場所との事で、現在の位置は精進川の氾濫が多かったことから、川の形状が変えられたこともあり、元のお社の場所とは違うと言われています。

今では干拓により、内陸に位置していますけど、当時の海岸線です。

すぐ近くには七里の渡しもあり、熱田神宮が岬の先端にあったことの証明でもありますね。

小さなお社ですけど、興味がありましたら、こちらもお参り下さい。

熱田神宮の茅の輪くぐり神事は、こちらで行われます。

 

社務所も手水舎もありませんが、ほぼほぼ猫達が出迎えしてくれますよwww

 

さて、熱田神宮に話を戻すと、スマホを手に持ったら落としそうなくらいの人出なので、境内では一切撮影はしていません。

露店もいっぱい出ていて、平時の熱田神宮の様相とは全く異なります。

 

お正月の間は、御垣内参拝などの特別に申し込みをした方しか拝殿には上がれませんので、普段着でフォーマルな出立ではない私達は、白幕の下でお参りを終わらせることとします。

 

今日は幸いなことに、熱田神宮に詳しい者のみが進む「こころの小径」が開いていたので、参拝へと進むこととします。

それでも以前に比べ人が多くなりました。

10年くらい前までは禁足地であったこともあって、地元でもご存知のない方もおられます。

拝殿より遥かに人は少ないですけども、撮影禁止エリアですので、こちらも写真はありません。

ネットで許可なく撮影した写真や動画が出回っていますが、絶対真似しないようにね。

全否定はしませんけど、時々、変なチャネラーとか居るんですよ。

本当に神様と交信出来るなら、やってはいけないことも分かるだろうに?

 

マナー違反は、時に神官さんに厳しく注意されますし、他の参拝者にも注意されることもありますよ。注意されたことを恨んでは駄目!正しいことを知ったなら間違いなく感謝でしょ!言い方がどうのって、そもそも屁理屈。

注意書きがしっかり掲示されてますよ。

海外の人が多くなって、幾分緩くなっている感もありますが、あまりにもマナーがなっていない時には、私も遠慮なく注意しますので、お気をつけ下さいね。

 

さて、こころの小径を歩いていると、息子の口から「参道脇は落ち葉がいっぱいなのに、参道はいつも綺麗だよね?」

やっと、分かってきましたか?最近、好んでついてくるんですよ。

 

神道には「不浄と常若」と言う考えがあります。

不浄は読んで簡単に理解出来ますね。神様は汚れたところがお嫌いなのです。

前にも参道中央は、神様の通り道で正中と言いました。

 

だからと言って、参道脇に無闇に落ち葉を履き飛ばしているわけではありませんよ。

ちゃんとゴミと分別してるんです。

落ち葉は、果たしてゴミでしょうか?

 

いいえ、落ち葉はいずれ腐葉土となって、杜を、そして自然を潤す循環の役割をしています。

何百年、数千年の杜を守る大切な役割をしているので、落ち葉を杜に戻す作業をしている神社もありますね。

ですから、境内以外のゴミを絶対捨てたりしては駄目ですよ。

そこにはね、常若の精神があるんです。

常若とは、『常に若々しく美しさを保っていることで永くあり続けられる』と言う精神です。

 

落ち葉も秋冬の季節には、熱田の杜も参道を外れると黄色い絨毯を一面敷き詰めた様に、とても美しいです。

そして、それらの落ち葉は、腐葉土となり、栄養となって、長年、杜の木々や生物を育てて来たわけです。

春には新芽を吹いて、また新しい生命の営み、循環が起きると言うことですね。

 

そんな話を息子としていて、ふと思うのは、生命と言うものは限りあるものであって、残念ながら人も寿命の時を向かえます。

濡れ落ち葉なんて、悲しい比喩もありますけど、私が天命尽きる時、果たして次世代に有益なことを、どれだけ伝え残せるかと思う瞬間でもありました。

老害なんて言われたくもないもんね。

 

という事で、折角、露店も沢山出ているので、年甲斐もなく息子と立ち食いをして、メインの参道脇の人気のない細い道を帰ろうとすると、背中のバックに差し込んでいる破魔矢が引っ張られる様な感覚に合い、息子に「引っ張った?」って聞くと、「いいや…何も」

振り返って改めて見直しても誰もいないしさ…

まぁね、あっちもこっちも人だらけなので、確かに礼を略した祠もいくつかありますので、確かに失礼があったのかも知れません。

「久しぶりに顔出したと思ったら、もう帰るんかい!」ってことなのかも知れませんね?

お正月の騒ぎが収まったら、今まで通り、改めてじっくりお話に来ますよと、熱田神宮をあとにしました。

そう言えば、今夜0時から初えびすですね。

また、今夜から神様も大変なわけです。

 

お昼までに熱田神宮の初詣は終わらせて、午後から御札とお守りを授与するために富部神社へと向かいました。

 

普段は閑散としていますが、津島神社より分霊された素戔嗚命主祭神です。

ですので、お社は朱塗りです。

津島神社が総本山ですけど、名古屋には素戔嗚命を祀る神社が多い様な気がしています。

日本武尊素戔嗚命の転生した姿とも言われてますしね。

 

さて朗報です。

富部神社は現在、お社の補修工事中なのですが、今ならば、美しい神鏡が祠から出されているので、間近で見ることが出来ますよ。

本当に美しい姿でした。

もし興味があるようならば、足を運ばれてはいかがでしょうか。