世界史の扉をあけると2

<世界史の扉をあけると>の続編です

▼アメリカのベネズエラ攻撃 -得意げな帝国主義者トランプ-

 

▼1月3日、アメリカ軍はベネズエラへの大規模攻撃を行い、マドゥロ大統領を拘束してニューヨークに連行しました。

 

▼石油利権を狙う、帝国主義者ランプの本質が露わになりました。マドゥロが不正選挙で選ばれた独裁者であったとしても、麻薬密輸を主導していたとしても、他国の軍が主権国家の大統領を拘束するのは違法です。他国の特殊部隊がホワイトハウスに侵入して独裁者トランプを拘束するなどということが許されないのと同じです。

 

▼今回の出来事は、「中南米~メキシコ~カナダ~グリーンランド」を勢力圏に置こうとするトランプの野望の一環です。「作戦は第二次世界大戦後、最も華々しいものだった」とトランプは得意げに語ったようですが、「第二次大戦後の多くの禍々しい作戦」の一つでした。

 

▼たとえベネズエラ支配にいったんは成功したとしても、ベネズエラだけでなく中南米全体に反米感情が広まり、アメリカはゲリラ的活動に悩まされることになると思います。かつての北ベトナム爆撃やイラク攻撃、アフガニスタン攻撃などと同じように、アメリカは泥沼から抜け出すのに苦労することになるでしょう。関税で国内のインフレを収束できないトランプは、さらに「自ら墓穴を掘った」のかもしれません。

 

アメリカの、武力による他国政権の転覆を、中国はどう見ているでしょうか? 「これが許されるのか。台湾への武力侵攻のほうがずっと正当性があるな。」と考えると思います。

 

▼ロシアやアメリカの身勝手な「力による現状変更」が続いています。国連の安全保障理事会(国際社会の平和と安定をめざす中心組織)はまったくの機能不全に陥ってしまいました。

 

▼一方、「法の支配」に反する今回の出来事に、高市政権はどういう態度をとるでしょうか? 「事態を見極めたい」とコメントするのが精いっぱいのところだと思います。 まさかアメリカ支持を打ち出すことはないと思いますが……。

★来年(2026年)はアメリカ独立宣言から250年です

 

▼「アメリカ独立宣言」は1776年7月4日に発表されました。来年アメリカは、建国250周年を、史上最悪の大統領トランプのもとで迎えることになります。

 

▼多分、トランプは自分の都合のいいように、250周年の記念行事を最大限に利用することでしょう。7月4日は「トランプ・デイ」と化すかもしれません。[A]

 

★ただ、民主党の政治家やその支持者はもちろんですが、、共和党の穏健派や福音派の良心的な人たちも、独立宣言に込められた建国の理想(理想を裏切る歴史的事例は枚挙にいとまがありませんけれども)にあらためて向き合う機会になるかもしれません。[B]

 

★Aの流れで11月の中間選挙上院議員の1/3の改選+下院議員全員の改選)にいくのか、Bの流れが少しずつ大きくなりながら中間選挙に向かうのか、非常に興味深いです。

 

中間選挙での共和党の敗北を願っていますが、自由と平等、幸福追求、そして共和制の重みを、私ももう一度考える年にしたいと思っています。

 

★ゴッホについての原田マハさんの講演から考えたこと

 

◆12月上旬、ゴッホについての原田マハさんの講演を聴きました。「大ゴッホ展」関連のイベントでした。

 

◆初めて原田さんの講演を聴いたのですが、はきはきとした、さわやかな話し方で、後味のいい講演会でした。ゴッホの作品そのものについてのお話は少なかったのですが、1910年代[*]から始まった白樺派によるゴッホ紹介の経緯や購入された「ひまわり」の太平洋戦争中の焼失という出来事は、たいへん興味深いものでした(『ゴッホのあしあと』[幻冬舎文庫]にも書かれていましたが)。ゴッホが日本に紹介されてから100年余り。その作品は、当初から、激しく悲劇的な人生と不可分のものとして受け取られたようです。

 

◆現在でも、ゴッホ(1853~90)の人生と作品は不可分のものとして語られることが多いと思います。弟テオやテオの妻ヨーの努力により、膨大な量の手紙が保管・整理されたためもあるでしょう。ただゴッホは、療養院に入院していたサン=レミの時期も、死を選んだオーヴェール=シュル=オワーズの時期も、すばらしい風景画や花の絵を描いていました。作品そのものとして(苦悩の人生から昇華された、独立したものとして)、受け取ることも必要ではないかと思っています。

 

◆講演の中で原田さんは、同人誌「白樺」の創刊について、「大正デモクラシーの中で」と話されていましたが、ちょっと勘違いされたようです。「白樺」の創刊は1910年でしたが、明治43年のことです。平塚らいてうなどによる「青鞜」の創刊が1911年(明治44年)でしたので、大正デモクラシーにつながる動きはあったのだと思います。ただ1910年は、大逆事件韓国併合が起きた年でした。また、石川啄木が「時代閉塞の現状」を書いた年でもあります。明治末期をトータルにとらえるのは、なかなか難しいです。

 

◆講演の最後に原田マハさんは、新著『晴れた日の木馬たち』を紹介していました。私は熱心な読者ではありませんが、原田さんは「アート小説家」として大成する時期に入られているような気がしています。

 

[*]没後20年を越えた1910年代は、ヨーロッパでのゴッホ評価がようやく高くなっていった時期でした。1912年にはヘレーネ・クレラー=ミュラーゴッホ作品の本格的な収集を始めましたし(この年ヘレーネは「アルルの跳ね橋」を含む17点を購入したとのことです)、1914年にはヨーが編纂した『ゴッホ書簡集』が刊行されました。

▼[最終更新! 2026.1.8 ]とても残念です、「大ゴッホ展」実行委員会(福島)の行為

 

現在神戸で開かれている「大ゴッホ展」(「夜のカフェテラス」がメインの作品となっています)は福島に巡回し、2月下旬から5月上旬にかけて福島県立美術館で開催されます。ゴッホの精神に触れることのできる貴重な機会ですので、近県を含め、多くの人たちが楽しみにしていると思います(最後は東京に巡回するとのことです)。

 

▼その福島で、問題が起きていました。「大ゴッホ展」に汚点を残す出来事だったと思いますので、書いておくことにします。はたから見れば些細な出来事でしょうが、なかったことにはできません。

 

▼昨年9月のことでした。福島市にあるFTVカルチャーセンターの「ゴッホとクレラー=ミュラー美術館」という講座の案内チラシに、「大ゴッホ展」実行委員会事務局がクレームをつけました。「夜のカフェテラス」の写真と講座紹介文の一部(展覧会名・開催場所・大まかな開催時期など)を削除せよと、カルチャーセンターに迫ったのです。『美術評論家でも大学教授でもない無名の講師が、「大ゴッホ展」に関わる非公式の講座を開くなんて、けしからん』と思ったのでしょうか、市民の自主的文化活動の前に立ちふさがりました。

 

▼2回目のチラシでは、講座紹介文の一部は直され(展覧会名・開催場所・開催時期などは削除され)、「夜のカフェテラス」の写真が載っていた部分は空白になりました。驚きました。実行委員会事務局が、「公式」を盾に、カルチャーセンターの小さな講座に圧力をかけるとは、思いもよりませんでした。そしてまもなく、驚きは怒りと悲しみに変わりました。権威主義化した事務局による、ゴッホの精神(ひたむきで自由な精神)とは相いれない行為でしたから。

 

▼展覧会名や開催場所・開催時期は、すでに一昨年12月地元紙で大きく報道され、周知の事実だったにもかかわらず(もちろんその後はネット上でも詳しく伝えられました)、なぜか事務局は削除を要求しました。さらに、「夜のカフェテラス」の画像が実行委員会の独占物であるかのような言動がありました。まったくのフェイクです。

 

夜のカフェテラス」を所蔵している、オランダのクレラー=ミュラー美術館を訪ねたことがありますが(美しい自然の中のすてきな美術館でした)、来館者は自由に写真撮影をしていました(現在開催されている神戸展でも、たくさんの人が写真を撮っています)。また「夜のカフェテラス」は、ネット上でも自由に使える画像になっています(著作権の期限は終わっています)。

 

▼実行委員会事務局は、これらの事実を無視し、権威あるもののごとく振舞いました。しかし、この展覧会でほんとうに権威があるのは、ゴッホと他の画家たちの作品のみです。このような認識が事務局にあれば(謙虚さとゴッホへの心からのリスペクトがあれば)、今回のような文化活動抑圧を行うことはなかったでしょう。「大ゴッホ展」を応援する、市民の自主的な文化活動として、カルチャーセンターの講座を理解したことでしょう。「講座を自主的に開いてくれてよかった」と受けとめてくれれば、ベストでした。どうしても「公式」にこだわりたいのであれば、『なお本講座は「大ゴッホ展」実行委員会の公式講座ではありません』というような文言を追加させれば、それで済んだはずです。

 

ゴッホの人生は苦悩に満ちたものでしたが、自然の美しさと生命力に感応しながら生の意味を探求した作品は、私たちの心を打ち、私たちを励ましてきました。この点に、阪神・淡路大震災を経験した神戸と東日本大震災原発事故を経験している福島で、ゴッホ展が開催される意義があります。ただこのことは、残念ながら忘れられつつあるようです。

 

ゴッホへのリスペクトがあまりないまま、「大ゴッホ展」を福島県政150周年に利用したい人たちも、経済的利益を求め関心事は集客という人たちも、関連の仕事を通じて栄誉や昇進を手に入れたい人たちも、いることでしょう。美術展も聖域ではありませんので、さまざまの世俗的欲望に取り囲まれるのは、当然と言えば当然です。そして多分、そういう中でこそ「夜のカフェテラス」は輝きを増すでしょう。ゴッホの作品には、そのような不思議な力があります。

 

来年開催の「大ゴッホ展Ⅱ」(「アルルの跳ね橋」が展示されるとのことです)を含め、多くの人たちが、作品を通してゴッホのひたむきで自由な精神に触れることでしょう。FTVカルチャセンターのささやかな講座も、めげることなく、ゴッホの精神を伝えるはずです。

 

※文中の「無名の講師」は、本ブログ「世界史の扉をあけると」を書いてきた whomoro です。

※本記事を不快に思い、カルチャーセンターの講師を辞めさせようとする人たちがいます。SOSです!

※なお、本記事に、FTVカルチャーセンターは一切関わっていません。

▼複雑な問題はらむ、柄谷行人の「交換様式D到来」【最終更新 2025年9月20日】

 

【たびたび更新することになってしまいましたが、最初の文章やその2・3日後の文章は、大幅に加筆・修正されています。一介の歴史教育研究者の小論ですので、舌足らずの面があることは否めませんが。】

 

朝日新聞に断続的に掲載されていた、思想家・柄谷行人の回想録(インタビュー)がようやく終わりました。学者や評論家にもいろいろな忖度がはたらくのか、「交換様式論」に対する正面切った柄谷批判はあまりないようです。「空想的で論ずるまでもない」という見方もあるでしょう。しかし、「交換様式D到来」は複雑な問題をはらんでいると思います。

 

▼柄谷の思想に惹かれていた時期もありました。特に『日本近代文学の起源』は、やや牽強不会(けんきょうふかい)の点はありつつも、すばらしい著作だったと思います(文庫化されてから読みました)。しかし、『哲学の起源』にはがっかりさせられましたし(牽強不会が全面化し、ソクラテスを自分の思想圏に引き入れただけの本でした)、近年の「交換様式論」にも疑問を持ってきました。その骨格だけ見れば、「交換様式A~D」はマルクス主義的な発展段階論の、「観念の力(霊的な力)」を加えたバージョンだと思います。たとえば、「交換様式A」はかつて「原始共産制」と呼ばれたものです。

 

マルクス主義マルクス、『新約聖書』とイエス

 

▼「交換様式D」は自由と平等の「ユートピア」にほかなりません(かつての言い方では「共産主義の最高段階」でしょう)。そして、その「ユートピア」の到来は、必然的な現象と考えられています[*1]。この間、柄谷は「交換様式D」は「必ず到来する」、「向こうからやって来る」とまで言っていますから。また、8月13日付の回想録によれば、とうとう『新約聖書』とイエスの出番となりました[*2]。『新約聖書』とイエスを「交換様式論」に結びつけることで、「ユートピア」の到来という願望を補強しようとしているのでしょう。「観念の力(霊的力)」を導入すれば、どうしても宗教の問題を避けることができなくなるのだと思います。

 

[*1]日本で「マルクス主義共産主義)」と「マルクス」が区別されるようになって、半世紀以上経ちます。柄谷の歩みの根底には「マルクス主義」からの離脱がありましたし、「マルクス」を「マルクス主義」から救い出した点に、彼の思想の魅力があったと思います。ただ、「マルクス主義」の痕跡は発展段階論として残りました。また「マルクス主義」は「ユートピア共産主義の最高段階)の到来」の必然性を含意していたように思われますので、その部分の「交換様式D到来」への影響は否定できないかも知れません。

 

[*2]柄谷は触れていませんが、史的イエス(歴史上のイエス)と「福音書」のイエス(信仰上のイエス)の区別および連関という重大な問題がありますので、確認しておきます。4人の福音書記者はいずれもイエスの直接の弟子ではありません。イエスの同時代人でさえありません。イエスの死は紀元30年頃ですが、最初に(紀元60年前後に)書かれた「マルコによる福音書」のイエスが、歴史上のイエスに最も近いとされています。イエスパレスチナ民衆のアラム語世界で生きていましたが、「福音書」をはじめ『新約聖書』はギリシア語世界(ローマ支配下でもまだ続いていた、地中海東部のヘレニズム世界[都市部])で成立しました。『新約聖書』が最終的にまとめられたのは、4世紀(!)のことでした。『新約聖書』がまとめられる過程で、信仰上のイエスが全面化していきました。

 

<「おのずからなる」という思想>

 

▼「向こうからやって来る」という表現は、不思議に感じられると思います。しかし、日本の思想の歴史では、新しいものではありません。柄谷は自覚していないようですが、「向こうからやって来る」は、日本古来の(特に中世の仏教界に広まった)「自然法爾(じねんほうに)」という思想そのものです。

 

▼「自然法爾」とは「事物(法)が作為を越えて、本来、自然に存すること」[*3]を意味する語です(この場合の「法」は「真理」に当たります、「爾」は強調の意のようです)。「人間がする」のではなく「自然に(おのずから)なる・ある」という思想で、浄土思想系の法然(「自然法爾」のうちの二字が使われた名です)や親鸞に、また華厳宗明恵にも、色濃く見られるとのことです。法然親鸞では、修行をすることによってではなく、「弥陀のはからい」でおのずから真理が立ち現れてくるということになります。「自然法爾」は、神道などとも親和性があり、日本人の生活感覚にまで浸透してきました[*4]。

 

[*3]中村元ほか編『岩波仏教辞典』。なお、「じねん」という発音は聞き慣れませんが、呉音(ごおん)の読みです。現在普通に使われる「しぜん」は漢音読みです。訓読みでは「おのずからしかり」となります。

 

[*4]それはたとえば、『「今度結婚します」(する)よりも「今度結婚することになりました」(なる)という表現が好まれてきたことによく表れている』と言われてきました(欧米語やその翻訳の影響もあり、最近は若干「する」に移行しているかも知れませんが)。

 

▼「自然法爾」は、論理を超えた絶対的な「自然(じねん)」を肯定して日本人の精神に浸潤してきた、手強い思想です。「おのずからなる」という思想は、批判的思考を溶解させ、思考停止と引き換えに、どうすることもできない現実に肯定感をもたらします。たとえば日本人の多くは、アジア・太平洋戦争のきちんとした反省・総括(「する」)をしないまま(昭和天皇の戦争責任については思考停止したまま)、戦後の現実の肯定(「おのずからなった」かのように受けとられた、象徴天皇と親米)へと雪崩を打っていきました。

 

<柄谷版の「おのずからなる」思想>

 

▼柄谷も、「交換様式D」は「人間がする」ものではなく「自然に(おのずから)なる」もの、人間の営為を超えて「到来する」ものだと述べています。

 

  ●「Dは人間の力で実現できるようなものでない」

  ●「これから長い戦争の時代が続くだろう、だけどそれを超えて新しい世界が到来する」

  ●「(新しい世界到来の希望は)人が随意に採用したり放棄したりできるものではない」

  【「柄谷行人回想録」(朝日新聞、2025年8月13日付)】

 

▼まさに柄谷版の「自然法爾」です。柄谷は、かつてよく使われた、弁証法の「止揚アウフヘーベン)」をカッコに入れながら、「自然(じねん)」に魅かれていったのでしょう(多分この語を意識しないまま)。「交換様式D到来」は何かの(歴史それ自体の?)「はからい」なのでしょうか? 柄谷は自分の思考が日本古来の思想に侵蝕されていることに気づいていないようですが、これは思想家・柄谷にとってはかなり深刻な事態だと思います。欧米の思想を渉猟してきた柄谷のなかで、知らず知らずのうちに「日本思想への回帰」が起きているのかも知れません。それとも、ヘーゲルの「絶対知」が無意識のうちに受け継がれ、無意識のうちに「自然法爾」と結びついたのでしょうか?

 

ユートピアをめぐって>

 

▼一番の問題は、「自然法爾」として、論理を超えた「交換様式Dの到来」が示される時、読者が思考停止を余儀なくされる点です。読者を思考停止に導くような思想は危険であることに、なぜ柄谷は気づかないのでしょうか? 柄谷は、思考停止せざるを得ない読者を、酷薄な「現実」から、根拠なき「人類的希望」へと、柄谷版の「ユートピア」(交換様式D)へと誘(いざな)おうとしています。

 

▼いつの時代においても、「ユートピア」願望には人を引きつける力はあります。情況によっては、社会を変える力になることもあるでしょう。しかし、歴史を振り返ればわかるように、「ユートピア」願望の社会的駆動力には限界がありますし、「ユートピア」を信じた人々が奈落に突き落とされることもあります。「大東亜共栄圏」や満州国の「五族協和」はもちろん、「社会主義」も、「冷戦終結」さえも、幻と化しました。

 

▼そもそも、「ユートピア(Utopia )」の原義は「どこにもない場所」でした。「交換様式Dというユートピア」は、将来にわたって(何千年も、人類が滅亡しなければ何十万年も)、「どこにもない場所」であり続けると思います。

 

▼百歩譲って「交換様式D到来」を想定したとしても、その具体的なイメージが湧きません。あたかも「世界同時革命」的に、世界中に一気に到来するのでしょうか? それとも、1か所ないし数か所からゆっくりと広がっていくのでしょうか? 「夢想」を詮索しても始まらないとは思いますが……。さらに重大な問題があります。貧困や暴力や殺戮が続く、「交換様式D到来」前の長い過渡期(今を含む「交換様式C」の時期)をどう考え、どう生きるのか(国家と資本をどう乗り越えるのか)という問題です。このことこそ、焦眉の課題でしょう。しかし柄谷は、国家と資本の分析はしながらも、「交換様式D到来」の予言へとスライドしていきます。

 

▼先にも触れましたが、柄谷は次の著作で『新約聖書』とイエスを取り上げるようです。私はクリスチャンではありませんが、イエスが都合よく「交換様式論」に利用されるのではないかと心配になります。イエスは、パレスチナの底辺の人々とともに生き、ユダヤ教の指導者たちを厳しく批判し、ゲツセマネの絶望的な祈りの後逮捕され、処刑されました。とても重要なことですが(「交換様式Dの到来」とも関連します)、「歴史上のイエスが人々を積極的にユートピアへ導こうとしたことはない」と、私は理解しています。イエスが単にユートピア到来を熱心に説く伝道者であれば、ユダヤ教の上層部は彼をうまく利用するだけだったでしょう。しかし、イエスは殺されました。当時のパレスチナの「宗教的現実(=政治的・経済的現実)」にヒビを入れたためです。

 

▼「交換様式論」以前の柄谷の歩みのなかにも、「ユートピア」願望が深く埋め込まれていたのではないかと思っています(多分「マルクス主義」の埋火です)。「ユートピア」願望は「交換様式D」となり、その到来は「自然法爾」と結びついて、声高に主張されるようになりました。変わらない「現実」が、変えられない「現実」が、柄谷を「自然法爾」としての「交換様式D到来」に向かわせたのでしょう。それは、残念ながら、思想としては衰弱だと言わざるを得ません。

 

▼今や柄谷は、遠い未来の「交換様式D到来」を信じてやまない「信仰の人」です。古代のキリスト教神学者のように、「不合理ゆえに、吾信ず」と思っているのかも知れません。

 

<私たちは>

 

★翻って考えれば、人々から自由な批判的思考を奪い、人々を「おのずからなる」という幻想へと誘う思想が話題になること自体、政治的・経済的・社会的な危機が進行していることの表われなのでしょう。

 

★あらためて思うのは、人々が「ユートピア願望」に傾斜せずに生きられる、多様性が響き合う社会の大切さです。

▼トランプの「日本からむしりとれ」がもたらすものは

 

▼トランプという外圧にさらされている日本。

 

▼当初関税率と投資で日本をEUと同じ扱いにしなかったのは、アメリカ側の事務的ミス(日本政府の説明)などではなかったと思います。意図的に交渉を長引かせ、アメリカからの輸入とアメリカに有利な日本の投資を確約させたかったのです。

 

▼投資は、当然のことですが、失敗することも想定しなければなりません。日本政府や日本企業が多額の損失をかかえるという事態にならなければいいのですが。日本の投資が失敗しても、トランプは「失敗の責任は日本にある」と言い張るに決まっています。

 

▼トランプの基本路線は「日本からむしりとれ!」であることを忘れてはなりません。トランプには「日本経済が衰えてもかまわない」、「今までアメリカからむしりとってきた報いだ」という考え方があります。今後も、防衛費や米軍基地負担の問題を含めて、さまざまなかたちの「日本いじめ」が続くでしょう。

 

▼「日本いじめ」や「インドいじめ」(関税率50%!)は、日本やインドの国力を弱め(インドは日本よりもしたたかですが)、結果的に中国(すでに貿易全体に占める対米貿易の割合を下げています)の覇権を後押しすることになるでしょう。しかし、愚かなトランプはそんなことには考え及ばないようです。

 

▼戦後80年、トランプという外圧に遭遇して、日本はようやく政治的・経済的・軍事的な「アメリカ依存」からの脱却を考えざるを得ない状況に追い込まれている--今起きているのはそのような事態だと思います。

 

アメリカに依存し保護されながら「自主憲法制定」を唱えてきた、戦後の保守政治の矛盾が露わになっていると言ってもいいと思います。極右の人たちの多くも「アメリカ依存」は前提でしたので、「反米愛国」派は消えていきました。一方、いわゆる護憲派も、「アメリカ依存」から脱却する道は見つけられませんでした。と言うよりも、高度経済成長期以降は、「アメリカ依存からの脱却」という問題意識すら持てなかったのではないかと思います(沖縄の人たちを除いて)。

 

▼情けないことですが、幕末の「開国」や敗戦後の「民主化」と同様、日本は外圧によってしか変われない国なのでしょう。

 

▼もしアメリカの「日本いじめ」と国内の「日本人ファースト」の流れが相互作用を起こした場合、日本はどうなっていくでしょうか? 最も懸念されるのは、日本が軍事大国化の方向に大きく舵を切ることです。すでに舵を切り始めているのかも知れませんが……。

▼<侵略者の勝利>を支援することしかできないトランプ

 

【<侵略者の勝利>か】

 

▼独裁者で侵略者のプーチンをアラスカで厚遇した独裁者トランプ。そのトランプによるロシア・ウクライナの和平(または停戦)仲介が「進展」しているらしいです。トランプ、ゼレンスキー、ヨーロッパ首脳の会談におけるフランス・マクロンの厳しい表情に表れていたように、ロシア有利のうちにことが進んでいるのでしょう。

 

ウクライナの抗戦はもはや限界にきていると思います。まだ紆余曲折があるでしょうが、和平(または停戦)と引き換えに<ロシアのルハンスク州・ドネツク州併合の国際的承認>、<ウクライナNATO加盟否定>、そして<ゼレンスキーの引責(領土割譲の責任をとった)辞任>、<アメリカの何らかの利権獲得>などで、いったんは収束するのかも知れません。ゼレンスキーの辞任は、かねてからプーチンが求めてきたものです。

 

アメリカによるウクライナの「安全の保証」が重要視されていますが、文書で「安全の保証」が交わされたとしても、プーチンにとっては、まもなくゴミ箱行きとなる紙切れに過ぎません。クーデタなどによるプーチンの失脚がない限り、ウクライナの困難は続き、国外に逃れる人がさらに増えるかも知れません。

 

▼結局トランプは、ガザの場合と同様、<侵略者の勝利>を支援することしかできないでしょう。しかし、彼は「平和をもたらした!」と豪語し、臆面もなくノーベル平和賞を要求し続けるのでしょう。

 

【東アジアへの波及か】

 

◆中国の動きも心配されます。「侵略者プーチンの勝利」を見た中国は、台湾への武力侵攻を実行するかも知れません。アメリカは、ウクライナの場合と同様、台湾を支援しつつも実際の戦闘には参加しないでしょう。日本はアメリカの代わりに台湾援助の役割を担わされ、「戦後の平和」がアッという間に崩れ去る可能性もあります。考えたくはありませんが、自衛隊が何らかのかたちで台湾防衛の活動を行った場合、沖縄の自衛隊基地が中国軍の攻撃を受ける事態になるかも知れません。沖縄の人びとの「本土」への避難は迅速にかつ安全に行われるでしょうか?

 

◆また、何十万もの(場合によっては百万単位の)避難民が台湾から日本にやって来る可能性があります。その受け入れも考えておかねばなりません。外国からの労働力に依存した社会に生きていながら、「日本人ファースト」などと脳天気に言っている人たちは、台湾からの避難民を受け入れないつもりでしょうか?