【たびたび更新することになってしまいましたが、最初の文章やその2・3日後の文章は、大幅に加筆・修正されています。一介の歴史教育研究者の小論ですので、舌足らずの面があることは否めませんが。】
★朝日新聞に断続的に掲載されていた、思想家・柄谷行人の回想録(インタビュー)がようやく終わりました。学者や評論家にもいろいろな忖度がはたらくのか、「交換様式論」に対する正面切った柄谷批判はあまりないようです。「空想的で論ずるまでもない」という見方もあるでしょう。しかし、「交換様式D到来」は複雑な問題をはらんでいると思います。
▼柄谷の思想に惹かれていた時期もありました。特に『日本近代文学の起源』は、やや牽強不会(けんきょうふかい)の点はありつつも、すばらしい著作だったと思います(文庫化されてから読みました)。しかし、『哲学の起源』にはがっかりさせられましたし(牽強不会が全面化し、ソクラテスを自分の思想圏に引き入れただけの本でした)、近年の「交換様式論」にも疑問を持ってきました。その骨格だけ見れば、「交換様式A~D」はマルクス主義的な発展段階論の、「観念の力(霊的な力)」を加えたバージョンだと思います。たとえば、「交換様式A」はかつて「原始共産制」と呼ばれたものです。
<マルクス主義とマルクス、『新約聖書』とイエス)>
▼「交換様式D」は自由と平等の「ユートピア」にほかなりません(かつての言い方では「共産主義の最高段階」でしょう)。そして、その「ユートピア」の到来は、必然的な現象と考えられています[*1]。この間、柄谷は「交換様式D」は「必ず到来する」、「向こうからやって来る」とまで言っていますから。また、8月13日付の回想録によれば、とうとう『新約聖書』とイエスの出番となりました[*2]。『新約聖書』とイエスを「交換様式論」に結びつけることで、「ユートピア」の到来という願望を補強しようとしているのでしょう。「観念の力(霊的力)」を導入すれば、どうしても宗教の問題を避けることができなくなるのだと思います。
[*1]日本で「マルクス主義(共産主義)」と「マルクス」が区別されるようになって、半世紀以上経ちます。柄谷の歩みの根底には「マルクス主義」からの離脱がありましたし、「マルクス」を「マルクス主義」から救い出した点に、彼の思想の魅力があったと思います。ただ、「マルクス主義」の痕跡は発展段階論として残りました。また「マルクス主義」は「ユートピア(共産主義の最高段階)の到来」の必然性を含意していたように思われますので、その部分の「交換様式D到来」への影響は否定できないかも知れません。
[*2]柄谷は触れていませんが、史的イエス(歴史上のイエス)と「福音書」のイエス(信仰上のイエス)の区別および連関という重大な問題がありますので、確認しておきます。4人の福音書記者はいずれもイエスの直接の弟子ではありません。イエスの同時代人でさえありません。イエスの死は紀元30年頃ですが、最初に(紀元60年前後に)書かれた「マルコによる福音書」のイエスが、歴史上のイエスに最も近いとされています。イエスはパレスチナ民衆のアラム語世界で生きていましたが、「福音書」をはじめ『新約聖書』はギリシア語世界(ローマ支配下でもまだ続いていた、地中海東部のヘレニズム世界[都市部])で成立しました。『新約聖書』が最終的にまとめられたのは、4世紀(!)のことでした。『新約聖書』がまとめられる過程で、信仰上のイエスが全面化していきました。
<「おのずからなる」という思想>
▼「向こうからやって来る」という表現は、不思議に感じられると思います。しかし、日本の思想の歴史では、新しいものではありません。柄谷は自覚していないようですが、「向こうからやって来る」は、日本古来の(特に中世の仏教界に広まった)「自然法爾(じねんほうに)」という思想そのものです。
▼「自然法爾」とは「事物(法)が作為を越えて、本来、自然に存すること」[*3]を意味する語です(この場合の「法」は「真理」に当たります、「爾」は強調の意のようです)。「人間がする」のではなく「自然に(おのずから)なる・ある」という思想で、浄土思想系の法然(「自然法爾」のうちの二字が使われた名です)や親鸞に、また華厳宗の明恵にも、色濃く見られるとのことです。法然や親鸞では、修行をすることによってではなく、「弥陀のはからい」でおのずから真理が立ち現れてくるということになります。「自然法爾」は、神道などとも親和性があり、日本人の生活感覚にまで浸透してきました[*4]。
[*3]中村元ほか編『岩波仏教辞典』。なお、「じねん」という発音は聞き慣れませんが、呉音(ごおん)の読みです。現在普通に使われる「しぜん」は漢音読みです。訓読みでは「おのずからしかり」となります。
[*4]それはたとえば、『「今度結婚します」(する)よりも「今度結婚することになりました」(なる)という表現が好まれてきたことによく表れている』と言われてきました(欧米語やその翻訳の影響もあり、最近は若干「する」に移行しているかも知れませんが)。
▼「自然法爾」は、論理を超えた絶対的な「自然(じねん)」を肯定して日本人の精神に浸潤してきた、手強い思想です。「おのずからなる」という思想は、批判的思考を溶解させ、思考停止と引き換えに、どうすることもできない現実に肯定感をもたらします。たとえば日本人の多くは、アジア・太平洋戦争のきちんとした反省・総括(「する」)をしないまま(昭和天皇の戦争責任については思考停止したまま)、戦後の現実の肯定(「おのずからなった」かのように受けとられた、象徴天皇と親米)へと雪崩を打っていきました。
<柄谷版の「おのずからなる」思想>
▼柄谷も、「交換様式D」は「人間がする」ものではなく「自然に(おのずから)なる」もの、人間の営為を超えて「到来する」ものだと述べています。
●「Dは人間の力で実現できるようなものでない」
●「これから長い戦争の時代が続くだろう、だけどそれを超えて新しい世界が到来する」
●「(新しい世界到来の希望は)人が随意に採用したり放棄したりできるものではない」
【「柄谷行人回想録」(朝日新聞、2025年8月13日付)】
▼まさに柄谷版の「自然法爾」です。柄谷は、かつてよく使われた、弁証法の「止揚(アウフヘーベン)」をカッコに入れながら、「自然(じねん)」に魅かれていったのでしょう(多分この語を意識しないまま)。「交換様式D到来」は何かの(歴史それ自体の?)「はからい」なのでしょうか? 柄谷は自分の思考が日本古来の思想に侵蝕されていることに気づいていないようですが、これは思想家・柄谷にとってはかなり深刻な事態だと思います。欧米の思想を渉猟してきた柄谷のなかで、知らず知らずのうちに「日本思想への回帰」が起きているのかも知れません。それとも、ヘーゲルの「絶対知」が無意識のうちに受け継がれ、無意識のうちに「自然法爾」と結びついたのでしょうか?
<ユートピアをめぐって>
▼一番の問題は、「自然法爾」として、論理を超えた「交換様式Dの到来」が示される時、読者が思考停止を余儀なくされる点です。読者を思考停止に導くような思想は危険であることに、なぜ柄谷は気づかないのでしょうか? 柄谷は、思考停止せざるを得ない読者を、酷薄な「現実」から、根拠なき「人類的希望」へと、柄谷版の「ユートピア」(交換様式D)へと誘(いざな)おうとしています。
▼いつの時代においても、「ユートピア」願望には人を引きつける力はあります。情況によっては、社会を変える力になることもあるでしょう。しかし、歴史を振り返ればわかるように、「ユートピア」願望の社会的駆動力には限界がありますし、「ユートピア」を信じた人々が奈落に突き落とされることもあります。「大東亜共栄圏」や満州国の「五族協和」はもちろん、「社会主義」も、「冷戦終結」さえも、幻と化しました。
▼そもそも、「ユートピア(Utopia )」の原義は「どこにもない場所」でした。「交換様式Dというユートピア」は、将来にわたって(何千年も、人類が滅亡しなければ何十万年も)、「どこにもない場所」であり続けると思います。
▼百歩譲って「交換様式D到来」を想定したとしても、その具体的なイメージが湧きません。あたかも「世界同時革命」的に、世界中に一気に到来するのでしょうか? それとも、1か所ないし数か所からゆっくりと広がっていくのでしょうか? 「夢想」を詮索しても始まらないとは思いますが……。さらに重大な問題があります。貧困や暴力や殺戮が続く、「交換様式D到来」前の長い過渡期(今を含む「交換様式C」の時期)をどう考え、どう生きるのか(国家と資本をどう乗り越えるのか)という問題です。このことこそ、焦眉の課題でしょう。しかし柄谷は、国家と資本の分析はしながらも、「交換様式D到来」の予言へとスライドしていきます。
▼先にも触れましたが、柄谷は次の著作で『新約聖書』とイエスを取り上げるようです。私はクリスチャンではありませんが、イエスが都合よく「交換様式論」に利用されるのではないかと心配になります。イエスは、パレスチナの底辺の人々とともに生き、ユダヤ教の指導者たちを厳しく批判し、ゲツセマネの絶望的な祈りの後逮捕され、処刑されました。とても重要なことですが(「交換様式Dの到来」とも関連します)、「歴史上のイエスが人々を積極的にユートピアへ導こうとしたことはない」と、私は理解しています。イエスが単にユートピア到来を熱心に説く伝道者であれば、ユダヤ教の上層部は彼をうまく利用するだけだったでしょう。しかし、イエスは殺されました。当時のパレスチナの「宗教的現実(=政治的・経済的現実)」にヒビを入れたためです。
▼「交換様式論」以前の柄谷の歩みのなかにも、「ユートピア」願望が深く埋め込まれていたのではないかと思っています(多分「マルクス主義」の埋火です)。「ユートピア」願望は「交換様式D」となり、その到来は「自然法爾」と結びついて、声高に主張されるようになりました。変わらない「現実」が、変えられない「現実」が、柄谷を「自然法爾」としての「交換様式D到来」に向かわせたのでしょう。それは、残念ながら、思想としては衰弱だと言わざるを得ません。
▼今や柄谷は、遠い未来の「交換様式D到来」を信じてやまない「信仰の人」です。古代のキリスト教神学者のように、「不合理ゆえに、吾信ず」と思っているのかも知れません。
<私たちは>
★翻って考えれば、人々から自由な批判的思考を奪い、人々を「おのずからなる」という幻想へと誘う思想が話題になること自体、政治的・経済的・社会的な危機が進行していることの表われなのでしょう。
★あらためて思うのは、人々が「ユートピア願望」に傾斜せずに生きられる、多様性が響き合う社会の大切さです。