
お疲れ様です ジョンです。
正月、初詣。
一年の最初に神様へ挨拶する、という建前のもと、多くの日本人が一斉に同じ方向へ歩く日。
この人口密度、たぶん米粒ならもう餅になってる。
僕も例に漏れず神社へ向かった。
「行かないと、なんとなく一年が始まらない気がする」という、習慣からです。
周りを見れば、家族連れ、カップル、友達同士。
僕は一人。
一人初詣って、静かでいい。いいんだけど、こういう時は「おひとり様」が試練になるんです。
参道に着くと、人、人、人。
列がもう、祈りのベルトコンベア。
みんな願い事を抱えた段ボールみたいになってる。
並ぶ。
前の人たちは真剣な顔で並んでる。
僕は真剣な顔を作りながら、心の中でこう思ってる。
「この列、途中で屋台ルートに分岐してない?気づいたら神様じゃなくて焼きそばに手を合わせてない?」
人って、祈りより匂いに弱い気がする。
やっと賽銭箱が見えた頃には、
僕の願いはもうシンプルになっている。
「寒くないようにしてください」
「足がしびれませんように」
「後ろの人が近いです」
人間、切羽詰まると願いはミニマルになる。
前の人の祈りが長い。
たぶんフルオプションだ。
健康、金運、恋愛、出世、世界平和、
あとUSBが裏表どっちでも刺さる未来。
でも僕は違う。
要点を絞るタイプ。
箇条書きでお願いできる男。
仕事できそう感がにじむ。
ようやく順番。
賽銭を投げる。
この放物線、なかなか美しい。
僕の肩、まだ使える。
四十代でもフォームは崩れていない。
これは地味に嬉しい。
二礼二拍手一礼。
心の中で願いを言おうとした瞬間、
後ろの人の圧が強すぎて思考が圧縮される。
神様との面談時間は体感0.8秒。
お願い事はこうだ。
「大事故なし」
「できれば今年も、自分を嫌いになりすぎませんように」
「変な人にからまれませんように」
現実的。
欲張らない。
自分のスペックを把握している。
これはもう成熟した大人の願い方だと思う。
一瞬、「僕が変な人側の人間なのでは」という考えがよぎるが、すぐに忘れる。
おみくじを引く。
結果は「吉」。
最高でも最悪でもない。
評価が上司みたいだ。
「悪くはない」「伸び代あり」「引き続き様子見」。
面談のようだ。
書いてある内容も絶妙に現実的。
「焦らず」
「慎重に」
「身の丈を」
うん、知ってる。そういうの全部知ってる。
知ってるけどできないから、ここに来てるんだよ僕は。
神様、攻略法じゃなくて操作を代行してほしいんですよ。
一通り終わると、
なぜか少し背筋が伸びる。
理由はわからない。
多分「来た」という事実だけで自己評価が上がってる。
これが初詣バフ。
帰り道、少しだけ気分が軽くなりました。
何かが解決したわけじゃない。
収入が増えたわけでもない。
不安が消えたわけでもない。
それでも、
「まあ、また一年やるか」
と思えた。
今年もこんな調子で、自分をちょいちょい褒めながら生きていこう。






