わはくま六七日記

シニアのつぶやき・🅱️面

人生は 第四コーナーからがおもしろい
生き様は熊さんや寅さんのようなもんです
★ 月はひとり 星は二人で見上げたい ©️
@東関西

喜多方板内食堂のラーメンでお昼、そしてオムライス

わはくま





🟩   🔵   🟥

シニアのみなさん‼️ まいど おはようさん

寒くなってきたので

血圧値が 一割ほど高くなっている(平均値)

人体の機能というのは 気温の変化に 微妙に連動するものなのかどうか

猜疑的に数値を眺める日々が続く

養老先生

「死を考える」ことについての記事が 目にとまり メモをして

自分の死を考えることは、つくづくむだだと思っています。死んだことは生きているときにしか考えられず、死んだことを自分で確認することはできません。言葉のうえでの死と、実際の死が結びつかないので、考えても仕方ないのではないでしょうか。

なるほどと納得したり 異論を浮かべたりしながら

所感を書いておこうと思っているが 日記は一向に進まない

毎日はスローで

痴呆脳になっているとーさんに 毎朝昼夕と電話をするウチの人のそばで

その都度感じたことも書きとめている

お昼の電話で「朝は食べに行ったか」と訊ねているが「わからん」という答え

「餅が食べたいわ」「詰まらせるで アカンわ」の問答・・会話が終わった後すぐに復活している

死んでいると生きているの区別がついていないのではないか

だから 

生きていても意味がないのではないかという疑問を 何割の人が持つだろうか

言葉を逆転させて、つまりは状態を変転させても 何ら変化はないのではないか

  1. もしも死んでしまえば・・
  2. もしも(死んでいる人が)生き返ってきたならば

二つの仮説を考える時 痴呆脳の実態をガン見できる

早く死んだほうが(いつまでも痴呆脳のままなことが)いいのではないか・・とは言えない

養老先生の言葉から かれこれ考えると「考えても仕方がない」のだ


ムラゴンブログ

友達などに全然教えてないで

こっそりひっそり書いてますけど

「<わはくま新六七日記>を書いてます」と 年賀の返事で書いたので

改めて自分で自分を検索をすると ムラゴンとブログ村がヒットしてくる

(そこで「本篇は別にあるんだけど出てきません」と呟いておきました)

友達には打ち明けられない

家族にも ブログを書いていることを知らせていない人が 多そうです

子供とか「オット」「ツマ」に

ぼくは子供とFacebookでもTwitterでも相互フォローですから 筒抜けです

けど うちの人は無関心ですから 写真を横から覗くだけ



つぶやく & 所感

休載


ひるは ラーメン

サッポロ一番喜多方坂内食堂 ラーメン

おせち料理と言っても 

小鉢にちょっと食べただけで

普段通りの食事を心がけていますが

お餅が美味しいので 食べ過ぎに注意して

でも しっかり ラーメンに入れてみた



あれこれ

ご飯は 150gです

簡単に オムライスにしてみました

他に ブロッコリーを三個ほど齧りました



あとがき

今日も寒いです

でも昔と違って

フリース二枚重ねで お出かけします

コートもダウンも 着ません

それだけお出かけしなくなったってことですか・・

まいど おおきに ─ @東関西

🟩   🔵   🟥

▴▴▴▴▴▴▴▴▴▴▴▴▴▴▴▴▴▴▴▴▴▴▴