生まれた日に、亡くなる

 生まれた日に亡くなると記しますと、誕生まもなく亡くなってしまった

赤子のように思えますが、本日の話題は誕生日となる日付に亡くなったと

いう話であります。

 本日に中公新書のツイートを見ていましたら、本日は多田道太郎さんの

誕生日で命日であるとでていました。それは知らなかったことで、多田道太

郎さんは、不思議な人でありますが、このようなめぐりというところも不思議

に思えることです。

 当方の世代にとっては多田道太郎さんの著作は、若い時に一度は手に

する必読書のようなものでありまして、当方も何冊か求めておりますが、

ほとんど身についてはおりませんです。

 一番近しく感じたのは、小沢信男さんの俳句仲間となったことによってで

ありますが、亡くなったのは2007年12月2日でありますので、すでに18年

経過となります。

 日々疎しと思いましたら、ここのところ編集グループSUREなどから多田

道太郎さんに関する著作が刊行されて、生きていた時よりも身辺はにぎや

かになっているようです。

 左は、今年11月にSUREから刊行となったものですが、このなかに「多田

道太郎を振り返って」という山田稔さんと黒川創さんの対談がありまして、

多田さんという不思議な人についての理解を助けてくれることです。

 山田稔さんはあちこちで多田さんのことを書いているはずでありますが、

それはどこどこにあったでありましょう。

 「物ぐさ道草」は、ほとんど一冊まるごと多田道太郎さんでありまして、これ

には「俳句の師は小沢信男」という文章が収録されています。小沢ファンの

当方は、この一文だけでも買いなのですが、編集工房ノアの本でありますか

らして、なかなか手にする機会はないでありましょうね、残念ながら。

「ノアの50年」の「ノアの三冊」では扉野良人さんが、この「物ぐさ道草」をあ

げておられました。表紙にある「ソフト帽を被った多田さんのシルエットが木口

彫りの印判で押されている」とありまして、この印判は扉野さんの父である

「秋野等」さんによるものと書かれていました。改めて、ノアの本で確認いたし

ましたら、そのように記されていました。

 「ノアの三冊」ということで、あげられているなかで三人の方があげているの

が、多田瑤子さんによる「私の敵が見えてきた」でありまして、これは若くして

亡くなった多田道太郎さんの一人娘さんが残された文章をまとめたものと

なります。

 当方は何度も書店で手にして、ずいぶんとなかを見たのでありますが、

辛くてどうしても購入することのできなかった一冊でありますが、この本を

手がかりに多田道太郎の世界に入っていこうという方も出てくるのでありま

しょう。

 多田さんが亡くなったときに、記録を残しておりましたので、それを貼り付

けておくことにいたしましょう。

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