思い切ってやめてみた事。
それは、ズバリ、「お酒」だ。
ずっと「飲む」人生だったと思う。
もちろん、酒豪でも、大の酒好きでも、アル中でもなかった。
整体師として白状するのは気が引けるけれど、張りつめた自律神経を手っ取り早く緩和する方法、それがお酒を飲むというルーティンだったように思う。笑っちゃうけどね。
しかし、まるでつくられた映画のシーン転換のように、ふと、本当に、自然になにげなくあっさりやめてしまったので家族も友人もあっけに取られて驚く間もなかったほど。
こんな感じで完全にやめてしまったのである。
周りからいくら聞かれても禁酒という言葉は一切使わなかった。
もう自分にとっては“完全にお酒は必要ない”、と感じていたので、禁酒ではない。いわゆる「断酒」である。
そして、お酒をやめたひとに浴びせる常套句があるのである。
「なんでやめたの?」「よくやめれたね」
「え~一滴も飲んでないの?」
まるで、やめてもらっては困ると言わんばかりに何度も浴びせられた笑
2019年の年末。
こんな感じでお酒をやめてみた。
日本中がコロナ禍に入る直前の年末の忘年会をもって、このように僕のお酒人生は幕を閉じたのである。
あとからよくよく理由を考えてみたけど、一番フィットするのが、「飲むと眠くなる」というのが一番近い理由かな、と思う。とってつけたような理由だけれど。
一応、これを理由にしてみたが、別に血液検査でいろいろと引っ掛かったわけじゃない。いたって健康だ。仕事柄か笑。
それにしても、
自分の中から湧き出てくるやりたいことをお酒が中断させてしまうことが嫌だったことは確かである。
映画にしろ、小説にしろ、アニメや漫画にしてもアルコールの入った夜は関われなかった。毎日飲んでいたので、休日の日中だけは思い存分関われたけど。
お酒を飲むと子供のように眠くなってしまう。元々そんなに強くないのかもしれない。飲めば、もう何もする気が起きないことが若干の苦痛としてすくすくと成長していった。
やがてそれが心の片隅で嫌悪感となってきた。
無駄に時間をただただ浪費しているように感じるようになってしまった。
振り返ってみれば、
僕は医療機器メーカー時代からかなり超多忙の人生だった。
独立して整体院を開業してからは更に光速?と思えるほど多忙になり時間の感覚が狂ってきた。
そんな自分を保ち続けたのが、「お酒」だったのだろう。
朝早くから就業の20時くらいまで、話す。施術。指示。段取りの過酷なルーティンでよく気が狂わなかったと思う。
やっとの思いで家に帰って、夕食とともにアルコールを飲む。
そして、疲労がどっと出てきて思考が自らしぼんで、グッスリ眠る。
もうなくてはならない存在だったはずのアルコール。
それが、人生の分岐点で自らの忙しさを断捨離したくなったと無意識は語る。
断捨離すると見えてくるものがあった。
視界は広がり、今まで見てこなかった?あえて見なかった?
そんな景色が突然広がってしまった。
目標を達成する。
というただそれだけで生きて来た自分を振り返って、目的だけを達成する人生というものが空虚に感じられた。
断酒してからの夕食後はハーレムだ。
読書、映画、漫画、アニメをいくら吸収してもアルコールの呪文のような眠気は襲ってこない。
そして、なんと世界中がそれに反応する。それが「コロナ禍」だった。
「こもること」を強制され、時間ができた。この時にまだアルコールを飲んでいたらと思うとゾッとする。
今年、2025年の年末でノンアルコールから満6年。
酔っている人だらけのお酒の場でも心底楽しめるようになった。
大したもんだぜ、自分。