中華勢が猛追する今、「日本のルンバ」はどこへ向かう──新たなフェーズを迎えるロボット掃除機の行方とは【家電で読み解く新時代|Case.27】
「市場は成長していないのに、スペック競争だけが激しくなっている」
起業家であり、家電スペシャリストでもある滝田勝紀氏が、連載「家電で読み解く新時代」と題してテクノロジーの奥に潜む“時代の空気”を紐解く。
今回、ロボット掃除機の代名詞「ルンバ」を展開するアイロボットジャパンの山田社長に、「いまアイロボットジャパンが直面している最大の課題は何か?」と聞くと、返ってきた答えは意外なほどシンプルだった。
「一番の課題は、市場が成長していないことです」
コロナ禍の“巣ごもり需要”と給付金が重なった2020〜2022年頃までは、ロボット掃除機市場は順調に伸びていた。しかし2023年以降は一転、低迷局面に入ったと山田氏は見ている。

そのあいだに台頭してきたのが、多くの中華系ブランドだ。日本国内ではアイロボットが変わらずトップシェアを維持しているものの、世界シェアでは、すでにロボロックがアイロボットを追い抜きトップに立ったとも報じられてもいる。山田氏は、ここ数年のロボット掃除機市場をこう総括する。
「いま起きているのは“家電あるある”なんですが、スペック競争に完全に陥ってしまっているんです。ロボットアームを付けてみたり、階段をのぼってみたり──技術としては面白いし、家電好きから見れば『すごいね』となる機能がたくさん出てきた。
でも、それがお客様の本当のニーズをちゃんと満たしているかというと、正直ちょっと違うのではないかと感じています」
ロボット掃除機カテゴリ全体としては、普及率はまだ決して高くない。それにもかかわらず、市場は伸びず、価格とスペックの下方に引っ張られる消耗戦の様相を呈している──。
「お客様が製品開発の中心にいない。それがロボット掃除機業界全体の課題ではないか」と山田氏は指摘する。
日本市場だからこそ見えてくる、“本当に必要な進化”とは
アイロボットにとって日本は、アメリカに次ぐ世界第2位の重要市場だ。この「難しいけれど、ポテンシャルの大きい市場」で、山田氏は何をしようとしているのか。
「日本のGMとしてできることは限られていますが、日本のお客様にとってロボット掃除機がどうあるべきか──その“真のインサイト”を、もう一度見直したいと思っています。
階段をのぼる必要が本当にあるのか。とてつもない水拭き性能が、日本の生活に本当にフィットしているのか。そうした前提をいったんクエスチョンに戻して、日本のお客様にきちんと刺さる製品を出していく。
日本のお客様は要求がとても高く、細かいところまで見ています。だからこそ、ここで鍛えられた製品は世界でも通用する。日本向けの改善は、結果的にグローバル全体を底上げするんです。それをグローバルに向けて発信していくのが、日本法人の役割だと思っています」
たとえば水拭き機能ひとつを取っても、土足文化の国と日本とでは「床の汚れ方」がまったく異なる。
「海外では、強い吸引力と強力な水拭きはものすごく価値がある。一方で、日本の家はそもそも土足ではないし、床がそこまで“ドロドロに汚れる”わけではない。
じゃあ日本のお客様が感じる『便利さ』や『安心感』って、もっと別のところにあるのではないか──。そこを見極めずにスペックだけ追いかけても、『日本の掃除機の5台に1台をルンバに』という目標は達成できないと思っています」

この「5台に1台」というビジョンは、前社長であり、シニアエグゼクティブアドバイザーとして、今後もアイロボットジャパンを支える挽野元氏が掲げた、いわば“次の10年”に向けたコミットメントだ。
ここでインタビューに同席してくれた挽野元氏もコメントする。
「2018年に『ルンバ e5』を出したときに、『日本で世帯普及率10%を実現する』という目標を掲げました。それが2023年に達成できました。そこから先の野心的なゴールとして、社内で議論して出てきたのが『日本の掃除機の5台に1台』だったんです」(挽野氏)
言うは易く行うは難し、だが、山田氏は「決して夢物語ではない」と冷静に分析する。
「日本の普及率だけを見ると遠いように感じますが、中国や欧米ではすでに20〜30%に達している国もあります。しかも日本国内でも、世帯年収や家族構成など、一定の条件を満たすセグメントでは、すでに普及率30%近くに達している。
つまり“欲しい人がいない”のではなく、いまのロボット掃除機の提案や提供の仕方では届いていない層が、まだまだたくさんいるということなんです」

「ルンバとの付き合い方」まで提案できているか
インタビューで印象的だったのが、「ルンバのよさは“関係性”にある」という山田氏の言葉だった。
「我々はロボットから上がってくる稼働データも見ていますが、スケジュール機能で毎日動かしているお客様のほうが、長く使い続けてくださっている。逆に、週に1〜2回ボタンを押して使うだけだと、だんだん使われなくなっていく傾向があるんです。
ロボット掃除機の良さは、“汚れたから掃除する”のではなく、“汚れないように動かし続ける”ところにある。その関係性をきちんと理解いただくための情報発信やサポートを、我々はまだ十分にできていなかったと思っています」
実際、筆者自身もこれまで歴代ルンバを何台も使ってきて感じるのは、「ルンバが動くことを前提に暮らし方が変わる」ということだ。
床にモノを置かなくなる。コードをまとめるようになる。ルンバの邪魔をしないように、自然と部屋が片付いていく──。“ルンバと共に暮らす”という感覚は、カタログのスペックだけを見ていても伝わらない。
「新規のお客様を増やすことばかりに注力してきた結果、『買ったあとどう付き合うか』の提案は十分ではなかった。ここを変えていかないと、カテゴリ全体として伸びていかない。
ルンバとの共存の仕方、生活にどう組み込むのかまで含めて提案していくのが、これからのメーカーの役割だと思っています」

「チャネルは揃った。次は“体験”に合わせて売り方を変える」
もうひとつ、山田氏が強い手応えを感じているのが「販売チャネルの広さ」だという。
「オンライン、オフライン、直販、レンタル、サブスク──楽天、アマゾン、ジャパネット、量販店……。ここまで幅広くチャネルを押さえている家電ブランドは、そう多くないと思います。チャネルを“揃える”フェーズはかなりやり切れたので、これからはチャネルごとに最適な売り方・体験をつくる段階に入っていきます」
ブラックフライデーやサイバーマンデーのような大型セールで一気に売るだけでなく、日常的に店頭で説明を聞いて納得して買うお客さんもいる。テレビショッピングでプレゼンを見て、初めてロボット掃除機の良さに気づく人もいる。
「それぞれのチャネルの“役割”に応じたストーリー設計をしていきたいですね。どこで、どんな状態のお客様に、何を伝えるといちばん体験価値が高まるのか。来年以降は、そこにかなりフォーカスしていくつもりです」
単純なディスカウントではなく、「どういう体験を入口にするか」を再設計する──。ここにも、“スペック競争から体験競争へ”という山田体制の方向性がにじみ出ている。

ルンバの「その先」へ──応援したくなる、新しい勝ち筋
最後に、「5年後のアイロボットジャパンの理想像」を聞くと、まずはシニアエグゼクティブアドバイザー・挽野氏はこう答える。
「アイロボットで働きたい、と思う人がもっと増えている状態ですね。製品を好きでいてくれることはもちろんですが、『この会社で働きたい』という声がたくさん集まって、応募が殺到して、選ぶのに苦労している──。そういう会社になっていたらうれしいです」
それに対して、山田氏の答えはより“事業の未来”を見据えたものだった。
「『アイロボットってロボット掃除機の会社だったんだ』と言われるくらい、生活のあちこちに自然に溶け込んでいるブランドになっていたいですね。
ロボット掃除機だけでなく、ペットケアや見守り、空調との連携など、いろんなところでお客様の生活をよくしている。BtoCだけでなくB to Bの世界でも、気づけばアイロボットの技術が裏側で動いている──。そんな存在になれたら理想です」

山田氏は犬・猫・ハムスターと暮らす“生活者”としての視点を持ち、「ペットトイレとルンバを連動させる」という、リアルなニーズに基づく提案を自然に語ってくれた。
こうした“実生活の困りごと”から生まれる発想こそ、今後のアイロボットが世界に向けて届けるべき価値だと筆者は感じた。
中華勢が価格とスペックで攻勢を強める中、体験価値に立ち返る山田体制の方針は極めて重要だ。市場環境は厳しいが、「もう一度お客様に向き合うところからやり直す」という言葉には確かな覚悟がある。
ロボット掃除機というカテゴリをつくったブランドが、再び“生活を変えるテクノロジー”へ進化できるのか。家電スペシャリストとして、そして一人のユーザーとして、その挑戦をこれからも注視していきたい。
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