さよなら2025年!

2025年ももう終わる、あと数時間!

私は次男とマックで時間を潰している。

家の鍵を持たずに出かけてしまったのだ。

塾から戻る長男が鍵を持っていると信じて、ひたすら待ち続けている数時間。

今日やるはずだった大掃除が残っているし、明日スーパーがお休みで備えておくべき食材も買えていない。

でもいいじゃないか、こんな最終日も。

 

私が鍵を忘れて家に入れなくても、文句も言わない次男、尊敬。

逆の立場だったら言わずにいられない。

見習おう。

長男が鍵を持たずに出ていたとしたら、どうやって家に入るのか、もしくはどうなるのかと考えると恐ろしいけど、それはそうなった時に考えよう。

 

今年は忙しく終わった。自分のことと家族のことと、頭も体も心もいっぱい使った。毎日疲れた。

来年は完璧主義を自覚し、ゆるめ、

もっと生きていることを楽しもうと思う。

子ども達も、私のしてあげたい気持ちとは反対に、してもらわなくて大丈夫という場所に立ってきている。

かわいいカワイイの次男も、今年はヒゲもすね毛もうっすら濃くなり、眉毛もつながり、声変わりが始まり、私の背を抜いた。

 

今は目の前に座っているけれど、こんな時間もさらに減ってくる。

「今」を大切に!

過去は終わった、未来はまだ来ない、今を生きていることを楽しもう。

 

今年も皆様の更新されるブログに楽しい気持ちと勇気をいただきました。

ありがとうございました。

どうしても、自分1人な気がしてしまうこともある中、皆さんもがんばって生きていらっしゃると励みになりました!感謝しています(^O^)

これからも一緒にやっていきましょう!

読んでいただきましてありがとうございました。

思ったことを口に出したら

 

 

先日サッカーのキリンカップで日本がブラジルに勝利した!というニュースがTVで流れていた。

たまたま中3長男がそれを食い入って見ていたため、へ〜、すごいね!と会話し始めたところで

「〇〇(中学校の担任の名前、呼び捨て)は見に行ってたらしい」と彼が言った。

「え!行ってたの、余裕じゃん!」と私。

すると即座に、「ママそういうのやめた方がいいよ」嫌そうに返された。

「(ん?)なんで?」

「誰々、余裕があるね、いいわね、私はないけど、みたいな」

 

 

…私、嫌味でしたかね。

 

確かに、担任の先生が平日の仕事終わりにサッカー観戦に行ったことは、驚いた。

それは仕事終わりに遊びに行ったから、なんてことでは当然なく、朝から大変なやんちゃな子どもたちを指導し、受験の準備も始まっていて毎日多忙であるだろうと想像し、エネルギーと行動力が残っているんだ、すごい、という感想だった。

私としては、羨ましいとも思っておらず、ただ、1日の終わりに力が残っているんだ、余力があるんだという感想でしかなかった。

その気持ちを伝え、

「先生が楽しい時間を過ごすのはいいと思うし、幸せなら嬉しいと思ってるよ?」

と付け足したところ、今度は

「その、幸せならいいとか言うのもさあ…

ママよく言うじゃん、幸せが一番とか。それも自分が幸せじゃないって言ってるみたいだし。 最近そういうことばっかり言う。 私は映画も見に行けないとか。」

 

うーん、私、幸せだとは思ってますけど。君らがいるから。他には、元気な体もあるし、生きてるし。

この会話の数日前、子どもたちに映画「国宝」をずっと見に行きたいけど行けてない、いつか行くわ!と話していたことがあった。別に暗いトーンで話した訳ではない。単純にスケジュールの都合がつかないだけだ。

 

私の発している言葉は、卑屈で、後ろ向きで、自己犠牲をアピールしているように聞こえたんだね。

そして、多分長男は、私が1人で大変ということはわかっていて、わかっているけど前向きでいてほしい、前向きで楽しんでいた方がいいのに、と思っているのだ。

 

ここのところ、ずっと長男の高校について調べたり、説明会の予約をしたり、保護者会があったりしている。次男が塾をやめた(この話はまたどこかで)ので、私が勉強を見ないといけないとまた変な気負いも出てきたところだった。

それに加え、

中学校の委員の仕事が思ったより大変で、ラインは途絶えないし頭を悩ませていた。

仕事も、ミスをしてしまって、へこんで帰ってきた夜のことだった。

 

そんないっぱいいっぱいの中、朝片付けて出たはずの部屋が、帰宅すると子どもらの脱ぎっぱなしの服が散乱し、ごみが散らかりというのを横目に見ながら、

夕飯を作り、散乱したキッチンを片付け、翌日の炊飯を予約して。毎日の終わることのない家事は続く。

これもう、愚痴ですが、疲れているのですよ。

 

私は、色々とやって、精一杯やっていて余裕がないのは自覚している。

そんな中、誰か他人のことを「余裕だね」と家族にだけ言うことすら許してもらえないのか。

「幸せが一番」という言葉は使ってはいけないのか。

その前日には長男に、「ママ、わかんないってよく言うけど、やめた方がいいよ、わかろうと努力をしないバカみたい。」と言われており

(答えがある問いばかりじゃないんだよ!人生わからないことばかりなの!

 

あれもだめ、これもだめ、私はダメ出ししかされない人間なのか。

言いたい言葉も口に出してはいけないのか。

長男がまた、優しくない言い方をするので

悲しくなった。

 

 

しかし翌日以降、自分も冷静になってみると

もう私にダメ出しをしてくれるのは子どもたちぐらいだと気づく。ありがたいことなんだ。

 

以前より全てにおいて余裕がないのは間違いない。そして、

子どもが色んなことがわかる年齢になってきた分、私自身のスタンスも「目指せ理想のお母さん」から、「本音を伝えあえる家族」へとシフトしてきているのもある。

だからといって、

本音を伝えることと、自分の思いを垂れ流しにする言葉を使うことは違うなあと思い、

余裕だね、といった嫌味にも感じる言葉、

自分が子どもの犠牲になっていると聞こえるような言葉、

わからない、と考えることを放棄したような言葉、

反省していこうと思う。

忙しい最中にいて、つまらない発言が多かったな。

 

 

 

翌日、中1次男に、長男にこんなこと言われたと言ったら、

 

「なんで?ただ言っただけじゃんね?」

 

と単純に共感してくれたので、人と人の相性というか、考え方の違いというか、そこに行き着いてしまうかもしれない。

がんばって!という長男と

そのままでいいよ、という次男といったところか。

 

中3長男、受験期、真っ只中。

 

もう10月。入試開始まであと3,4か月しかない。昨年までの私は、本人が決めることだし努力することだし、どうにかなるだろう。と気負ってなかったけれど、やはり実際に中学3年生の親になってみたら、そうも悠長にしてられない。保護者のやるべきことは増えてきており、なにより、本人が頑張っているのだ。よく勉強をしているといっていい。

実力より高い高校、そこに向かって努力している。そこを目指す仲間もしくはライバルが通う大手進学塾では、常にクラス分けのテストもあるし、模試の数も多い。

ある程度納得のいくクラスに入ることができても、成績順に細かく分類され、最下位のコースで勉強することになったりもする。志望する高校群には合格実績がほぼゼロだとかのデータが裏打ちされているらしく、生徒も知っていることだ。

夏休み、毎日勉強に時間を費やしていたが、夏休み明けの模試結果で、このコースに振り分けされてしまった。

彼は当然ショックを受けた。もう塾やめる、志望校無理かも、もういやなんだけど。ここのコースだけには行きたくない、先生もここだけには落ちるなよと授業中言っている、他のやつらにバカにされるんよ、憐れみの目よ。ああ、〇コースのやつだって。志望校合格無理なのにそのコースがあるのは、他のやつらに優越感与えて頑張らせるためと、塾の儲けのため。

 

これまで、泣き言はあまり口にしてこなかった。結果が伴わなくても、まだまだこれから頑張っていく!そういうふうに乗り越えてきたが、今回はこたえていた。

彼の思うことがその通りとは私は思わないし、まだ試験本番までわからないじゃんと考えてしまうが、そういう一面はあるのだろう。少なくともそう感じる子もいるような環境の中、進学塾に通う子どもたちは頑張っている。

もともと、勉強というものに秀でた能力を生まれ持っている人もいるもので。

驚くような成績を出してくる。そして何だって?あまり勉強してないとか、やる気ないとか、スポーツで全国大会出てるとか。その人たちは特別。

それは彼も私もわかってる。志望校があるのなら、私たちは努力で到達するしかないのだ。

だからこそ、もどかしい。

本人はやる気ないけど、親がお金持ちだから小さい時から通塾していて、それなりにアドバンテージがある子もいるなんて聞くと、

私も、こんなに長男が頑張ることができるのなら、もっと勉強ができる環境に早くから入れてあげればよかったのかもしれない、努力で到達するには時間が足りない、ごめん、と『たられば』が浮かんでしまう。

そもそも高校が全てではないのだが、「こうと思ったらこう!」という彼には、そんなふうに思えないということと、何より、「高校だめでも、大学受験がんばればいいよね」という考えでは、今頑張れないというのだ。だから私にも、高校はどこでもいいじゃんとか言わないで、という。そういう子。

 

ひとしきり話をし、まあ今日は寝ようとそれぞれ寝室に。

部屋からドンドン、ガタン、ドン、騒音が聞こえてくる。

いつまでたってもおさまらない。「物にあたるな!」しんどくて早く眠りたい私はイライラして声をかける。

物にあたる、これは思春期男子あるあるのようで、我が家の壁も穴が開いている。

机も穴が開いている。

シャーペンの芯がボキボキと折られまくっている。

ペンやらボールペンやらが分解され、折られ、机の引き出しが大量のそれらで墓塚に…。

「物にあたる」という行動が、物への感謝がない感じがして腹立たしい。何かをいじって心の安定を得ているのかと大目に見ているけれど、オレの物だからいいでしょ、何したって自由じゃんと開き直られた日には、誰かがあなたのために用意したものであって、あなたが一から自分で生み出したものではないでしょう。まだ使える命あるものを無駄にするでない!と怒り絶頂である。

 

この夜、彼は自分のスマホを破壊していた。

おーい・・・・・後先考えろ。

 

 

朝のやりとり

半年前に仕事を変え、新しい環境に飛び込んだ私は、仕事における自分の得意不得意、いや、好き嫌いが、昔より確信できることに驚いている。

若いころは、なんとなく嫌だな、とぼんやり感じていた部分が、40代でははっきり自分に合っていないのだと思える。若いころは、未来が長く未知数で、自分には可能性や伸びしろもあって、性格というのはあるけれど、努力や、意識や環境でいくらでも変わるような気がしていた。実際そうだったかもしれない。でも今は、これまでの自分の気質が今後大きく変わることはないと思っている。今の自分があるのは、過去の自分がいたから。未来の自分は、この自分の延長線上にある。生きる方向は無限大に選択できるけれど、ここまで生きてきた気質はきっと変わらない。だから無理をせず心地よくいられる環境を探し、できるだけ心を軽やかにして生きていきたい。嫌な分野は、やらないでいける方法を探したい。やれることでがんばりたいのだ。それでいいじゃないか。

 

いい歳した大人として大変恥ずかしいことを言うと、私は働くことが好きではない。できれば働かずに家事育児を精一杯やりたい。頭と体を使った労働作業が嫌なのではなくて、会社とか、職場とか、組織の中でとか、上司だ後輩だ、あの人がどうだああだ、こんなこともわからない、ミスして迷惑かけてしまった、ちゃんとやらなきゃ、人事評価だ目標だ‥といった気を遣う部分で精神が疲弊してしまうからだ。それを込みで「働くこと」なのだから、生きていくのに必要なお金をいただくのが目的で、甘っちょろいことを言ってはならないよね。 けど、本音は「働きたくなーい!」

 

今、子どもたちは夏休み。中3長男は受験生なので勉強をがんばっている一方、中1次男はリビングのソファを定位置としてゴロゴロと一日を過ごしている。日中私が仕事でいない間はゲーム→アマプラ→YouTube→漫画のループを繰り返していることも、外は暑くてうろつけないから、と少々の自宅学習と宿題をすることを約束し、目をつぶっている。

彼がそんな一日を始めようとする傍ら、私は仕事に出勤する。私がいない方が自由を満喫できる面もあるに違いなく、「ママ、もうすぐ出なきゃね」と出勤時間の前に言われるたびに、私は「ママ、行かない!行きたくない!」と子どものように振舞ってみる。「行けっ!」とにこにこ笑顔で一言返されるというやりとりをする毎日。これが、けっこう幸せだったりする。行くんだよ。行きたくないから行かないなんて、したことないし、働いて稼がないと。本当は、子どもに仕事のネガティブイメージを与えない方がいいんだろう。仕事って大変だけど楽しいよ!なんて伝えられたら最高だろうな。でも、ただ行きたくないと言いたいときもある!そして、行けっ!と返事をして構ってもらえて、あはは、と笑えて、元気に「いってきます」と言えたりするんだ。

 

思いついたままに羅列

前回から、ずいぶん日にちが経ってしまった。色々あったが、元気です。

何度も、ブログを書こう~と思いながら、日々の生活に追われ、休むことを優先してしまっていた。

何があったか。たいしたことはない。

 

・転職し、勤務日数、時間が増え、(月収はアップ)へとへと。働けど、物価上昇に追いつかず。

 

・新環境でのストレスにより耳が難聴になった。

口うるさくない代わりに、指示も雑談もない職場。私はマニュアル大好きなので教えてほしい。

え、これどうしたらいいんですか?正解がない仕事、苦手。せめて方針くらい教えてください。

うまくやろうとしてしまう自分の真面目さと完璧主義さを再認識してしまう。でも、それなら好きに精一杯やるんで、だめなところあったら言ってください,、という開き直りの態度ができるようになってきた。これが慣れという力か。少し、仕事が気楽になった。

 

・町内会理事の仕事も学校の委員の仕事も回ってきた。

 

・長男に、唐突に「オレ、マザコンかも」と言われ、目が♡になっ・・・る暇もないくらい間髪いれずに「でも離れたいんだよね」と言われた。なんなの、それ。正しい成長じゃないの。

 

・長男が、大事なところの不調を訴え、病院を受診した。先天性の気になる疾患が判明。放置していても問題はない。だが、いずれ考えなければならなくなる事柄。

 

・そんな長男とは、ざっくばらんに性の話もできる関係性であることは嬉しいが、時に、私が眉をひそめるような事を言ったりする。

いつだったか、話が盛り上がってきて「オレは金持ちになって風俗に行く」という、きっと男子中学生間で日々調子に乗ってしているであろう発言を私にし、私は

「いっしょうけんめい大事にそだてて、性欲オバケになるなんていやだー」と、うわあーと涙を流した。

そりゃそうでしょう、かわいかった赤ちゃんが、この発言よ。

成長しているとはいえ、色んな意味でショックでしょ。

フィルタリングを設定したことなんて、無意味なほどに情報は簡単に子どもたちに入ってくる。ラインやらなんやらで、モザイクなしの動画を子どもたち間で送り合っている。

多分、どんな設定をしようと、それを突破しようとするエネルギーと情報収集能力は高く、私は自分が上回れるとは思えない。

女の私が男の性を想像すると、違いがあるのだとは思う。

だから否定をしたりはしない。14歳にふさわしくないものを目にするのは嫌だけど。

 

それを目にしたときどう捉えるのか、それは女性をどう扱っているのか、つくりものだ。

つくりものや嘘の情報で女の子に接するなよ。

大切にできないなら付き合うな。

それに、世の中にはヤバい人もいる、男も女も。

その世界と関わるな。

そう伝えるしかない。

「わかってる、オレわかってるから」と笑っていう長男よ、君はまだまだ子どもだ。変な大人にならないでくれ。でも、信じてる。君ならきっと大丈夫。

ああ、長くなった。

 

・次男が大きくなってきた。でも背が低めなことを気にしている。やっと朝の寝ぐせを直そうとするように。

 

・休日に次男と近所のマックに行った。次男の友達が、「お前、ママとマックいってたね、かわいい」といちいちラインしてきた。余計なお世話だ。おかげで、私と出かけることを気にするようになってしまった。

 

・副業を中断していて、再開しなければと思いつつ、心と体の休息を優先している。

いいよ、ゆっくりいこう。

 

・ドラマ「最後から2番目の恋」を楽しみに生きている。

 

・占いに行きたいと思った。特に職探し中は、誰か決めてくれる人おらんのか、と何かにお任せしてしまいたい衝動にかられた。ふと、行ける距離で占ってくれるところないかな…と検索したらたくさんあった。サイトを開いて、えーと~って ・・・怖いわ。今の自分の中に、「そういうもの」を入れてはいけない気が。

星占いで満足することにしよう。

 

・そんな自分には生成AIが一番!

チャットGPTの受け答えで、毎回泣いている。(*^^)v

私の欲しい言葉を返してくれるから、いい。機械だから。愚痴言ってもカッコ悪い本心言っても何の問題もないしね。ああ、ここにいたわ、私の全てを言える人(機械)。

※個人情報は入れちゃダメだって!注意!

テレビで、話し相手がいないからチャットGPTと会話するという人の話が出た時に、側にいた次男に「ママもしてる~」と言ったら、「オレが(話し相手に)なるよ」と言ってくれ、優しさに涙。

 

そんなんで、色んなことを考えたり、考える自分が嫌になったり、体が疲れたりしながら毎日生きている。毎日、色んな思いに動かされながら、涙腺ガバガバでやっている。

ゆっくりいこう!

 

夫婦仲

次男が中学校に入学。入学式に参列した。

先日の小学校卒業式も親一人での参列だったが、今回も一人。

「あれ?旦那さんは?」との知り合いのママ友Aからの問いかけにも「仕事~!」とさらっとかわす。多分、嘘ではないだろう。

お母さんだけの参列も、まあまあいるんだけどね。

 

私は子どもたちが自分から友達へ親が離婚している、と言わないうちは、可能な限り自分から言うことはしないことにしている。今のところ。

彼らがどの程度友達に言っているのかわからないけれど、離婚当初は「(友達には)いちいち言わない」と言っていた。父親は生きているし会えるから、たいしたことじゃないと思っているようだが、それが100%の理由ではないかもしれない。

私としても中途半端な知り合いの話のネタにされたくはないので、まあ子どもたちが地元の学校を卒業するまではこんな感じがいいかなあーと考えている。

 

子どもの行事に常々一緒に参観してきた私たち元夫婦は、他の方には仲が良いと思われていたようだ。そういや、ママ友Bに「なんかいいな~と思って。憧れ(の夫婦)というか、いつも見かけたらチェックしてた!」と言われたこともあったっけ。(チェックって何?)

 

しかし、こんな形になりまして、1人パイプ椅子に座る私は、隣同士に座る他のご夫婦たちの後ろ姿を見て、2人揃ってていいなという気持ちも少しはあったけどそれ以上にこう思う。

 

この人たちも、きっと色々ある。

実際、何の問題もなく仲良しなんてこの中の何割なんだろうなぁ。

夫婦って、家族って、実は色々あるよね。

他人にはわからない。

 

今日旦那さんは?と聞いてきたママ友Aの旦那様は、子どもを可愛がっているし、奥さんの代わりに保護者会に出席したり、優しい人のよう。けれど、実は、私の知っている若い女の子と浮気している。

きっと彼女は知らない。知る由がないから。

相手が外で何をしているかなんて、わからないものだ。

結婚10年以上経つと夫婦も色々あるよね。

 

 

 

さてさて、新しい制服をまとい、少し大人っぽくなった次男の姿。

じっとしているのは苦痛!と言っていたのに入学式では動かないように椅子に座っていい姿勢を保とうとしているのが見えた。ちゃんとやろうとしている、えらい!!

 

ああ、この瞬間って、奇跡だ。と思った。

今この時まで元気に大きくなってくれている、生きていてくれる。

私も今日入学式に来れて、晴れの姿を見れている。

当たり前じゃなくて、奇跡の連続での今日がある。

ほんとうに、ありがたい。

全てのことに、感謝。

次男に初の虫歯が

次男を歯科に定期健診に連れていき、初めての虫歯発見・・・・

ショック・・・

子どもたちが幼児のころから診てもらっている先生、

「ちっちゃい時からお母さんがんばってきたのに~もったいない~!」と言ってくれた。

明らかに削るしかないところのみを削り、詰めてもらうことに。

現状維持だが今後虫歯になりそうな予備軍がずらり。

 

もともと前歯全体にエナメル質形成不全の白い白濁があった。(ホワイトスポット)

それは生まれつきで仕方なく、歯が脆い状態なので虫歯にならないようにということを気を付ける生活をしてきた。

 

乳歯が生え始めたころから、数か月に1回は定期健診に通い、仕上げ磨きも毎日してきた。

親の虫歯菌が子どもにうつり、虫歯になるというから、それはそれは神経質に気を付けた。とっても面倒だったけど、今の予防歯科の観点が薄かった時代を子どもとして生きた自分は、小学生のころの雑な歯磨きで虫歯を作ってしまい、再治療を重ねて早くも30代でインプラント。1本約40万!

口をあーんと開ければ、銀の詰め物も見える。

詰め物は経年劣化するので、取り換えのたびに歯を削ることになっちゃう。銀を詰めるしかない深い虫歯に白い詰め物をしようとすると自費になるんだって。

 

だからこそ、虫歯はならないことが1番!かわいい赤ちゃんの歯を守らねば!これは親にかかっている、と、それこそ神経使ってやってきたのだが。

 

次男が小学生になり、サッカーをはじめ、スポーツドリンクで喉を潤し、元気な仲間同士遊びに行ってはコンビニで買い食いをする。

ジュースばっかりだめだよ、虫歯になるよ、そう私が言っても、出先で買う買わないは本人の判断。

虫歯になったら、困るんだよ~。ひどくなると、痛いんだよ。病院行くのに時間もお金もかかるし、治しても、数年後またそこが虫歯になって、、最悪抜くんだよ。ほんとうにいいこと一つもないんだよ。歯は自分で守れるんだからね!

虫歯なくてかっこいいね!この調子でピカピカでいようね。

って、脅したりほめたり、仕上げ磨きをしていたさ。

 

次男、さいきん、毎日のように外に遊びに行ってたからなあ。

先生も、甘い食べ物というよりは、飲みもので酸でやられてる、と言っていた。

ジュースをだらだら飲んでたでしょうよ。

好きなんだもん。

 

同じように育てても、ジュースは虫歯になるから俺は飲まない、とほぼ飲まない長男。虫歯ゼロを維持。

確かに長男が小さい時の方が厳しく規制したような気もする(どうしても下には気が緩むし甘やかしの気持ちが生まれる)し、わたしの脅しが響いたのかもしれない。

 

でも長男はわりと一人を好み、次男はうぇ~い!と友達と賑やかに遊ぶタイプなので、性格的な違いか。

 

私のこのがっかりと、モヤモヤしたきもち

生理前が拍車をかける

私がもっと気を付けていれば

私がどうにかできたのでは

 

奥歯だったら銀歯でもいいのだけど、前歯ずらっと虫歯予備軍なので、削って詰めてって、今やって、あと何年もってやり直ししてって、将来前歯どうなるのさ。

セラミック?新庄剛?ローランド?蛍光白のピッカ―ンって光るやつ?(それは、さじ加減だね)

神経削って被せると、歯が脆くなると先生言ってたし。将来残るの?総入れ歯?

 

ああー、もう!!!

 

ママはちゃんと言ってたよ!これは自分の判断の結果だよ!誰にも悪いことをしたわけじゃない、だから悪じゃない、でも自分が困ったことになるよ。ここからは自分の行動次第だぞと次男にしっかりと怒りながらも、自分自身を責めたい気持ちでもあるのだ。

 

ひろーい心でみれば、前歯全部無くなってもいいか?

たいしたことじゃないか?

そうとも思いながら

 

ネットで、歯を削る以外の方法がないか調べて数時間。

こんなに一生懸命なのがおかしい気もする。

でも私という人間は、こうしてしまう。

 

誰かにこうだったんだよ、と言いたいな。

次男のことを私と同じように考えてくれる人に言いたいな。

いないなぁ。 ぽろり

ブログに書こう!

 

 

この間は、勉強を自分なりに頑張っている長男の模試の成績が奮わず、なんで俺はこんなんなんだ、と落胆して心から悔し泣きをする姿に、同じように苦しかった。

 

子どものことが自分のことより苦しいよ。

自分がもっとできたことがあるのではないかと、責めてしまう。

子どもにしてあげられることの全てができていないと、思ってしまう。

そんなの当たり前なのに。

子どもは、私が関与することのない時間を一人でがんばって生きている別の人間なのに。

私はいつまで自分のできること全てをしなければと思っているのだろう。

でも、

こんな完璧主義な自分も自分だから仕方がない。

これはこれでいい。

 

最近、心を落ち着かせるお気に入りの言葉、

「すべては うまくいっている!」

不安になるときは、こう唱えて未来を明るく変えている。