チーターより遅い、馬にも追いつけない。なのに、人間はなぜか100キロ以上走れる謎性能を持っている――そんな不思議から始まった今回の雑談、意外なほど深くて笑える話へと展開します。
持久走で人類はオオカミや馬と肩を並べる“耐久系エリート”。しかしその裏には、「暑さに強く、汗をかけて、群れで獲物を追い詰める」なんていう、知恵と体力の合わせ技=持久狩りの進化史があったと判明。走るという行為は、生存そのものだった…と納得しかけたその矢先、「だから今ダイエットできないんじゃん!」という悲しい現実が襲いかかる(笑)。
さらに話はギリシャ神話の“酷使の化身”、フェイディピデスへ。マラソンの語源になった男が「たかが40km走って死んだ」と思ったら、実はスパルタまで240km×2日走って、戦争後にまた走ってたという**“地獄の使いっ走り伝説”**が飛び出す。しかも「一人で走る必要あった?」という素朴なツッコミが入るあたり、現代のブラック企業に通じる労働構造を感じざるを得ない。
結局、人間が今も「長距離を走れる・歩ける」能力を持ってるのは、サバンナ時代の“有能さ”の名残。でも今はその性能が「すぐ太る原因」にすり替わり、もはや進化の皮肉でしかない。便利すぎて自分で自分のスペックを持て余す、そんな現代人の悲喜劇。
それでも、「交代しようよ」って言いたくなるギリシャの伝説から、「走るってなに?」を掘り下げた今回の対話は、まさに雑学という名のエンタメマラソン。軽い読み口で、意外と深い。走ってないのに、なんかちょっと達成感ありますよ。