
Eadweard Muybridge, Public domain, via Wikimedia Commons
ホラー映画『NOPE』は、カリフォルニアにある牧場を舞台に、兄妹が謎の飛行現象を追うSFスリラーだ。公開当時、予告編に惹かれたものの、ホラー映画を一人で映画館に観に行く勇気が出ず、配信を待って視聴した。
実際に観てみると、想像していたようなホラーとは少し違った印象を受けた。どちらかと言えば、現実から目を背けていたことを突きつけられるような、胃のあたりが少し重たくなるような映画。映画全体の考察は得意ではないので、気になった「馬まわり」のことについて、3回に分けて書いていきたい。
▼第1回記事はこちら
映画『NOPE』に見る、リアルな牧場と馬たちの描写(考察メモ①) - UMANICLE
※この記事はnoteに以前掲載したものを再編集しています。
※映画を観た後の閲覧推奨(ネタバレあり)
『The Horse in Motion(動く馬)』とは何か
1878年に写真家エドワード・マイブリッジが撮影した、ジョッキーが馬に乗って駈歩をする連続写真『The Horse in Motion(動く馬)』。映画の前身であるクロノフォトグラフィーとして、目にしたことがある人もいるもしれない。映画『NOPE』では"映画の始まり"として、その重要性が主人公OJの妹、エメラルドによって語られている。

Eadweard Muybridge, Public domain, via Wikimedia Commons
作品とは無関係な話だが、映画の歴史ではなく、「馬の歴史」という視点で見たとき、この連続写真の革新的な点がある。それは、すべての肢が地面から離れている状態の馬の姿を捉えた初めての写真だということだ。それまでの馬の絵画というのは、馬が全部の脚を伸ばした「フライング・ギャロップ」という表現で描かれていたが、この写真によって実際の馬の動きはそれとは異なることが明らかになった。

テオドール・ジェリコー, Public domain, via Wikimedia Commons
マイブリッジの馬の写真コレクション
実はマイブリッジが撮影した馬の連続写真は多数存在する。『Animals in motion』という彼の著作には、馬車を引く馬や障害を飛ぶ馬など様々な動きのパターンが収録されており、個人的には馬の絵を描く際の参考資料として重宝している。
『NOPE』で使われた連続写真の真実
実は『The Horse in Motion』というタイトルが付けられているのは、冒頭で紹介した、1878年に撮影された連続写真のみである。しかし、劇中で登場した「The Horse in Motion(動く馬)」は下図のものだ。NOPEで使われているものとはジョッキーの服の色が違う。

National Gallery of Art, CC0, via Wikimedia Commons
調べてみると、『NOPE』で使用されているのは「The Horse in Motion(動く馬)」ではなく、マイブリッジの『Animal Locomotion』に収録されている連続写真(図版626/1887年撮影)であることがわかった。
つまり、映画内で言及される"初めての映画(の前身)"という説明は厳密には正確ではない。なぜこの写真が採用されたのかは不明だが、明らかにこちらの方が画質がよいので、鮮明さなどが理由かもしれない。
劇中で描かれた人種差別の歴史
『NOPE』では、この連続写真を撮影した写真家の記録は残っているが、馬に騎乗している黒人の記録が残されていないことから始まり、映画業界における黒人差別の問題が描かれている。
劇中では「映画界における」黒人差別の話に終始しているが、当時のアメリカでは競馬界においても黒人ジョッキーへの差別が存在した。
元々ジョッキーという職業はアメリカでは地位が低く、1870年代には多くの黒人ジョッキーが活躍していた。しかし時代と共に競馬の社会的価値が高まり、ジョッキーの地位も向上し始める。身体能力の高い黒人ジョッキーたちが成功を収め始めると、彼らを競馬界から排除する動きが活発化した。
連続写真に写ったジョッキーの名前が本当に記録されていないのかという点については未調査だが、仮にそうだとしたら、当時の社会における黒人ジョッキーの軽視がその一因かもしれない。
