「英国ニュースダイジェスト」に掲載された筆者コラムに補足しました。
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昨年の英メディア界のトップニュースといえば、11月9日、BBCの経営陣及び報道部門のトップ2人が辞任したことでした。異例の事態発生に筆者も非常に驚きました。
辞任に向かう下地を作ったのが、1週間ほど前から続いていた保守系新聞「デーリー・テレグラフ」紙によるBBCの「偏向」報道の事例です。
二つの発言をつないだ演説動画
流出されたBBCの内部メモを基にして、同紙はBBCが昨年秋に放送した解説番組「パノラマ」の中でドナルド・トランプ米大統領の演説をしい的に編集し、トランプ氏が2021年1月6日に発生した米連邦議会襲撃事件の暴動を扇動しているかのように放送したと主張しました。
この日は前年秋の大統領選の投票結果を議会が正式に認証する日で、ジョー・バイデン氏の勝利を認めないトランプ氏はホワイトハウス近くの広場で支持者たちを前に演説を行っていました。
「パノラマ」は演説の中の「議会議事堂まで歩いて行き、勇敢な上院議員や下院議員の男女を応援するぞ」という部分と、その50分以上後に話した「そして私たちは戦う。死に物狂いで戦う」という発言を一続きにし、「議会議事堂まで歩いて行き・・・・私たちは戦う」としていたのです。いかにも暴力行為を扇動していたかのようなつなぎでした。
BBCの対応遅く
これを記していたメモは、BBCの編集指針基準委員会の元顧問マイケル・プレスコット氏が書いたものでした。メモの中では、BBCのトランスジェンダー関連の報道やアラビア語放送についても不偏不党性をめぐる懸念が表明されていました。
テレグラフ紙が報道し、ほかの新聞も追っていくと大きな話題になっていきました。
こうした一連の報道に対し、BBCの理事会や経営陣、編集幹部からの反応は緩慢なものでした。
50分以上も離れた二つの発言を一つにまとめた背景には何があったのでしょう?
演説が行われた直後に支持者らが議事堂に向けて移動し突入するという形で実際に暴力的行動が発生しており、トランプ氏の責任を問うためにあえて一つにした可能性も否定できないのですが。
トップ2人の辞任
編集部で何が起きたのかをBBCは早急につまびらかにするべきでした。
でも、そのような説明がないなかで、11月9日、BBCの経営と編集コンテンツの最終責任者となるティム・デイビー会長(Director General)とニュース部門の最高経営責任者デボラ・ターネス氏が辞任を表明しました。
デイビー会長の辞任決断を後押ししたのは、「BBCニュースをめぐる現在の議論」だったそうです。
ターネス氏の方は「パノラマ」の論争がBBCに傷をつける段階に達したと認識した上での引責辞任でした。同氏は「BBCニュースが組織的に偏向しているという主張は間違い」とも述べています。視聴者がこの発言を十分に理解するためにも、何が起きたかを説明する必要があったのですが。
失態重なる
不偏不党をミッションとするBBCは、このところ数々の「失態」に見舞われてきました。
パレスチナ自治区ガザに関するドキュメンタリーで、ナレーターがイスラム組織ハマス関係者の息子であったことを視聴者に明示していなかったり、野外音楽祭に出演したパンク・デュオ、ボブ・ヴィランが「IDF(イスラエル国防軍)に死を」などと唱える様子を生放送したりなど、それぞれが不偏不党の順守を含む編集指針の違反となりました。
BBCがトランプ氏に対し「誤った印象を与えた」として謝罪したのは11月13日です。BBCはトランプ氏が求める賠償は拒否し、映像が名誉毀損に当たる根拠はないと主張しました。
次第に、問題発生時に迅速に対応できないBBCの運営体制にも批判の矛先が向けられるようになりました。
理事長「対応遅すぎた」
11月25日、下院の文化・メディア・スポーツ委員会の公聴会でサミール・シャーBBC理事長は、BBCの対応が遅すぎたと委員会に認めました。
キャロライン・トムソン理事は、複数の理事が「パノラマ」の映像が「誤解を招く印象」を与えたと感じていましたが、報道部門の担当者たちが演説全体の内容を踏まえれば公平だと主張していたと説明し、報道側を代表するターネス氏と理事会との意見の相違も露呈しました。
さらなる辞任も
これに先立つ11月21日には「ガバナンス上の問題」を理由に理事の1人が辞任しており、混迷は深まるばかりです。
シャー理事長の手腕にも疑問符が付きましたが、新会長が決まるまでは続投するしかないのが現状です。
12月中旬、トランプ大統領は少なくとも100億ドルの損害賠償を求める訴えを起こしました。BBCは訴訟に対し争う方針を決めています。
最終的にBBCが勝訴したとしても、そこに至るまでの裁判費用などはBBCの放送受信料収入から出さざるを得なくなるかもしれません。そうなると、受信料支払者はどんな思いを抱くのか。疑問が出てきますよね。
説明責任
筆者はトランプ氏の演説の編集(2か所をつなぎ合わせた)に関しては、一概に「間違っていた」とは思っていません。何らかの編集上の理由があって、一定の意図を明確にするためにそうしたのかもしれません。編集上の一つの選択肢だった可能性を捨てきれない気持ちです。
ですので、受信料支払者の1人としても、「誰がどのような形で、あのような編集にしたのか」「編集デスクはどのような判断をしたのか」が知りたいのです。BBCはあの編集を「間違いだった」としているようですので、だとしたら、「誰が責任を取ったのか」を明らかにするべきではないかと思っています。
その答えはまだ出ていません。訴訟を起こされた今、事情を公にすることがより難しくなってしまいました。
米メディアはどうしたのか
トランプ大統領が大手メディアを訴えたのは今回が初めてではありません。
米ネットワークABC News
2024年3月:ABCの司会者ジョージ・ステファノプロス氏が番組内でトランプ氏に対する性的暴行が認定されたと発言し、トランプ氏が名誉毀損でABCを提訴しています。同年12月、和解が成立します。ABCはトランプ氏の基金と博物館に1500万ドル(約23億円)を寄付し、弁護士費用として100万ドル(約1億5600万円を支払うことで合意しました。
CBS/パラマウント
2024年10月:トランプ氏がCBSの番組「60ミニッツ」でのハリス副大統領のインタビューについて、不正に編集されたとして提訴。200億ドル(約3兆円)の損害賠償を求めました。
2025年7月1日:パラマウントが和解金1600万ドル(約25億円)を支払うことで合意 しています。
ニューヨーク・タイムズ
2025年9月16日::トランプ氏が2024年大統領選を巡る社説などが名誉毀損にあたるとして、少なくとも150億ドル(約2兆2000億円)の損害賠償を求めて提訴 。
同年9月19日:フロリダ州連邦地裁が訴状を却下。裁判官は訴状が「不適切かつ許容できない」と判断し、28日以内に訴状を40ページ以下に修正することを許可しました。トランプ氏は再提出して複数の記事・担当記者を対象に訴えを継続中です。
ウォールストリート・ジャーナル
2025年9月:性犯罪者の故ジェフリー・エプスタイン氏との関係性を裏付ける報道を巡り、親会社のダウ・ジョーンズ社、所有者にあたるルパート・マードックらを対象に提訴。少なくとも100億ドル(約1.4兆円)の賠償を求めています。
訴訟の多くは実際の勝利よりも圧力および威嚇効果を狙った側面が強いとの指摘があります。
コラム「米国メディア事情」(新聞協会報2026年1月1日号)によると、米国の「主流メディアは威圧に萎縮することなく」、トランプ大統領の「疑わしい政策や虚偽の主張を厳しく追及する姿勢を見せている」(執筆者は元AP通信北東アジア総支配人の我孫子和夫氏)。「多くは規範エディターの役割を強化するなど、報道の正確性に細心の注意を払い、常に公正な調査報道をすると述べている」そうです。
キーワード Director General(会長、ディレクター・ジェネラル)
BBCの最高経営責任者で、全コンテンツの最高責任者。公募後、14人構成のBBC理事会によって任命される。ティム・デイビー氏は17代目で、年収53万ポンド(約1億円)。次期トップの有力候補者は元チャンネル4の編集幹部で現アップルの編集幹部ジェイ・ハント氏、BBCのコンテンツ統括者ケイト・フィリップス氏など。




