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万博で「宇宙の暮らしと食の未来」を語り尽くした1週間–土井隆雄飛行士も登壇したイベント全レポート

2025.09.26 09:00

佐藤あずさ

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 大阪・関西万博の大阪ヘルスケアパビリオン内「ミライの食と文化ゾーン/デモキッチンエリア」において、2025年8月10〜16日にわたり展示・講演イベント「ーミライの宇宙での暮らしと食ー 宇宙未来生活ラボ – 宙(そら)に生きる未来へ(Space Living Lab- Towards Life Beyond Earth)」が開催された。

 主催は、京都大学のSIC有人宇宙学研究センター。共催として鹿島建設、DMG森精機、協力団体として宙ツーリズム推進協議会、コスモ女子、宇宙ごはん研究会が協力した。

 会場では人工重力施設「ルナグラス・ネオ」の模型のほか、大阪ヘキサシティの模型、そして京都大学がAmateras Spaceや岐阜医療科学大学と共同開発中の西陣織を使った宇宙服「VESTRA」や「KNIGHT SUITS」なども展示された。ここでは1週間にわたる同イベントの全レポートをお届けする。

「月でポテトは揚げられる?」–有識者たちが連日講演

 8月10〜16日の期間中は、宇宙業界の有識者や企業担当者による様々なテーマの講演が連日にわたり開かれた。

 初日となる8月10日には、鹿島建設の宇宙担当部長である大野琢也氏が、「宇宙居住には重力がいるんです」と題して人工重力の必要性を訴えた。講演では遠心力を応用した人工重力施設「ルナグラス・ネオ」の構想模型を用い、人間の健康や食生活に対する重力の役割を解説。画像や模型を使った分かりやすい説明により、聴衆に宇宙での生活のリアルさを伝えた。

鹿島建設の宇宙担当部長である大野琢也氏

 京都大学大学院総合生存学館教授でSICセンター長の山敷庸亮氏は、「地球以外に人が住める惑星ってあるの?」をテーマに、月・火星、さらには太陽系外惑星における移住可能性を解説。動画を見せつつ大気や水の有無など、環境的な制約条件を踏まえながら、地球外での居住環境の現実的な可能性について、最新の研究とともに紹介した。

京都大学大学院総合生存学館教授でSICセンター長の山敷庸亮氏

 同じく8月10日には、Amateras Spaceの蓮見大蓮氏と佐藤あずさ氏が登壇し、万博会場にも展示された西陣織を用いたコンセプト宇宙服「VESTRA」の開発について講演。開発の背景や、京都大学・岐阜医療科学大学との協力体制について紹介するとともに、宇宙においてファッションデザインが先導する未来の意義が語られた。 また、タイヨウネクタイの松田梓氏は「西陣織で宇宙服を作る」と聞いた瞬間に「面白そうだ」とすぐに参画を決意したエピソードなどを披露した。

Amateras Spaceの蓮見大蓮氏と佐藤あずさ氏

 宇宙服の構造と機能については、岐阜医療科学大学の田中邦彦氏が解説。宇宙服が抱える「内部気圧」と「可動性」の関係による問題を解決するために、田中教授が開発を進めている宇宙服「Knight Suit」のコンセプト(外骨格+伸縮性素材による高与圧かつ高可動性)について解説した。

岐阜医療科学大学の田中邦彦氏

 8月11日には、京都大学の荒木慶一教授が登壇し、新素材・形状記憶合金の研究とその応用について講演。地上では耐震技術として、宇宙では居住環境の整備に向けて、多次元的な社会課題の解決に向けた素材の可能性を語り、未来社会における革新素材としての役割を伝えた。 特に形状記憶合金が新たな分野などで様々な利用可能性があることを事例を交えながら紹介した。

京都大学の荒木慶一教授

 JAXAの桜井誠人氏は、宇宙居住に欠かせない環境制御・生命維持システム(ECLSS)について講演。人間が1日で消費・排出する酸素や二酸化炭素、水の循環を例にあげ、生命維持に不可欠な物質循環の視点から、宇宙居住のインフラとしてのECLSSの重要性を説いた。また、人類が月を目指す「アルテミス計画」においてECLSSなどの技術がどのように活用される可能性があるのかについて述べた。

JAXAの桜井誠人氏

 8月12日には、鹿島建設の石川秀氏が、宇宙での生活をユーモアを交えた切り口で紹介。「月でポテトは揚がるのか?」という身近な疑問から、宇宙と地球の違いを掘り下げ、微生物制御や殺菌に関する研究の知見を交えながら、宇宙生活のリアリティに触れた。また、宇宙居住における様々な疑問も踏まえながら、実際の事例を解説した。

鹿島建設の石川秀氏

 早稲田大学の野中朋美教授は、宇宙滞在における快適・健康・QOLに着目し、新たな宇宙居住の視点から講演した。2040年代の一般民間人による宇宙旅行到来を想定し、従来のECLSSに「快適性」「人間中心設計」を統合する構想とその実践例を紹介。生活の質を尊重した宇宙居住の未来像を提案した。 特に快適ECLSSプロジェクトの広範囲の研究者同志のシナジー効果も踏まえた、新たな姿と宇宙居住の将来像について語った。

早稲田大学の野中朋美教授

 8月13日には、鹿島建設の名倉真紀子氏と積水ハウスの玉根昭一氏が並んで登壇し、それぞれの専門分野から宇宙居住に関する知見の共有や提案をした。両氏は、快適で健康的に暮らすための要素(食・運動・水・光・空気など)について、地球(1G)と月(1/6G)および、ISS(微小重力)の居住環境と比較しながら、宇宙居住において「宇宙でのより良い暮らし」の実現に必要な条件を提示した。

鹿島建設の名倉真紀子氏と積水ハウスの玉根昭一氏

 日揮グローバル(JGC)の深浦希峰氏は、月面社会実現に向けた食・住・インフラの現実的な開発について講演。通信インフラから住環境、エネルギー、輸送インフラまで、多岐に渡るインフラ整備の取り組みを紹介し、産学連携による月面開発の最前線を伝えた。特に、JGCが掲げる月面プラントの全体像と、VRも含む様々な応用について展望を語った。

日揮グローバル(JGC)の深浦希峰氏

 8月14日には、研究者の冨田キアナ氏が、日本で発生した大規模災害を取り上げ、それぞれの場面でどれほど多くの人々が、どのくらいの期間、食の確保に苦しんだのかを示しながら、“災害食”の重要性を強調した。さらに、“災害食”と“宇宙食”の共通点に着目し、調理器具や保存手段が限られた状況で栄養を確保する工夫について解説。提供されたアルファ米食の「ほしぞらおむすび」を例に、宇宙食と災害食の類似性を指摘するとともに、災害時の知見を宇宙食研究に応用できる可能性を示した。

研究者の冨田キアナ氏

 AquaNaut代表の藤永嵩秋氏は、水中で月面疑似体験をする「Space Diving」のプログラムを詳細に紹介した。また、ダイビングスーツの歴史と、宇宙開発の歴史を時系列を踏まえて共通点を紹介し、その鍵となる人物や、バディシステムの応用について述べた。さらに、宇宙服と潜水服に関する相互技術交流について紹介。NASAジョンソン宇宙センターの無重量環境訓練施設における宇宙飛行士訓練を参考に開発した水中レクリエーションコースを通じて、宇宙を身体で感じる新たな方法を来場者に提案した。

AquaNaut代表の藤永嵩秋氏

 8月15日には、京都大学准教授の萩生翔大氏が「動く」とは何かを問い直す講演を開いた。「宇宙から地球に戻るとなぜうまく歩けなくなるのか?」という問いを出発点に、重力の小さい宇宙での身体の動きの変化や運動測定の最前線を紹介。それらの知見が、地上での暮らしや高齢化社会の健康課題解決にどのように結びつくかを掘り下げた。さらに、宇宙居住に向けて、日常生活の基盤となる運動をどのような観点から理解し、解析する必要があるのかについても論じた。

京都大学准教授の萩生翔大氏

 宇宙ビジネスコンサルタントの森裕和氏は、宇宙産業の最新トレンドと注目テクノロジーをわかりやすく整理して紹介。特に、最新の宇宙インフラ市場や、通信プロトコル、新たな分野について解説した。国内外を飛び回る自身の経験から、グローバルで注目される宇宙関連技術や市場動向を提示し、講演内容は業界関係者にも大きな示唆を与えた。

宇宙ビジネスコンサルタントの森裕和氏

 最終日となる8月16日には、元宇宙飛行士であり学者でもある土井隆雄氏が演壇に立った。1954年生まれ、日本人として初めて船外活動をした経験を交えながら、日本の有人宇宙活動の歴史や船外活動、「きぼう」日本実験棟搭載ミッションを含めて整理し、今後の宇宙への道筋を示した。

元JAXA宇宙飛行士であり学者でもある土井隆雄氏

宇宙を学べる体験プログラムや展示も充実

 毎日13〜15時の時間帯には、来場者が楽しみながら宇宙を学べる体験プログラムを展開した。内容は「宇宙食体験」「中学生宇宙食開発者によるプレゼン」「地球 vs 月の謎解きチャレンジ」の3つの20分プログラムから構成されており、1つひとつが来場者に宇宙を「身近に感じる」きっかけを提供した。

 さらに8月12日には特別講演「人工衛星打ち上げ秘話」を開催。宇宙開発未経験の女性チームでありながら、2024年8月に人工衛星の打ち上げに初成功したコスモ女子代表の塔本愛氏が、その挑戦の背景や裏側を語り、多くの聴衆に強い印象を残した。女性が2割未満とされる宇宙業界において、その活動と存在は挑戦と可能性の象徴と言える。8月15日と16日には、コスモ女子とamulapoによる共同宇宙体験イベントも実施された。

コスモ女子代表の塔本愛氏

 宙ツーリズム推進協議会は、「プロが解説する宇宙旅行と宇宙食」をテーマに、期間中毎日オリジナルプログラムを提供した。アンバサダーである宇宙飛行士の山崎直子さんと、新人宇宙飛行士VTuber月女神(アルテミス)イチとのオープニングトーク映像に続き、協議会の会員である宇宙旅行や宇宙食の専門家から、いよいよ身近になってきた宇宙旅行の最新動向と、宇宙での食を地上でも楽しむ「宙グルメ」も交えた「宇宙食クイズ」を展開した。

宙ツーリズム推進協議会のアンバサダーである宇宙飛行士の山崎直子さんと、新人宇宙飛行士VTuber月女神(アルテミス)イチ

 宇宙ご飯研究会では、宇宙食に関するさまざまな展示を行い、人工重力を用いたレストランや、宇宙でのお好み焼き、そしてさまざまな味覚に関するクイズや展示によって、多くの来場者を楽しませた。

宇宙ご飯研究会の展示

コーヒーを楽しみながら講演を聴く「スペースカフェ」

 宇宙未来ラボでは、8月10日から16日までの1週間、毎晩18時より「スペースカフェ」が開かれた。来場者は、日替わりで登壇する多彩なゲストの講演に耳を傾けながら、宇宙でのドリップコーヒー抽出装置 ISSpresso の解説を聞き、地上では本格的なイタリアンエスプレッソを味わうというユニークな時間を過ごした。宇宙研究の最前線と日常の喜びである「コーヒー」を融合させたこの企画は、科学を堅苦しいものではなく、生活に寄り添う文化体験として提示する試みでもある。

「スペースカフェ」運営メンバー

 初日から3日間(8月10〜12日)は、Amateras Spaceの蓮見氏が登壇し、宇宙服の基礎について解説。西陣織宇宙服をはじめとする宇宙服開発について、その値段や重さ、理想とする形態など、さまざまな夢に共感する聴衆で溢れた。宇宙飛行士の命を守る技術的要素や歴史的変遷は、多くの来場者にとって新鮮であり、会場は熱気に包まれた。

西陣織を使った宇宙服「VESTRA」(右)と「KNIGHT SUITS」(左)

 8月13日には、スペースシフトのCEOである金本成生氏が登壇し、合成開口レーダーによる「ヴァーチャルコンステレーション」技術を紹介。特に洪水災害の早期予測への応用について熱く語った。講演後には、日清食品が提供した宇宙食「カレーメシ」や、鳥取県の宇宙関連酒がふるまわれ、科学と食文化の融合が場をさらに盛り上げた。

スペースシフトのCEOである金本成生氏

 8月14日のスペースカフェでは、藤永氏による水中1/6G体験コースの解説が行われた。潜水技術と宇宙開発との関わりを、歴史的背景を踏まえながら丁寧に紹介。来場者は宇宙空間の低重力を模擬する手法を学びつつ、会場では「星空クッキー」が提供され、知識と味覚の双方で宇宙を感じられる場となった。

 8月15日には、Amulapoの田中氏と松広氏らが登壇。VRを用いた宇宙基地滞在体験を披露し、来場者は仮想空間での宇宙生活に没入した。また、アルファ精米技術を応用した「ほしぞらおむすび」の試食が行われ、宇宙食の進化を実際に味わえる貴重な機会となった。

Amulapoのセッションでは「ほしぞらおむすび」がふるまわれた

 並行して会場では、大阪ヘキサシティ(スペースポート)から月面人工重力施設「ルナグラス・ネオ」へと飛び立ち、さらに人工重力宇宙特急「ヘキサトラック」を経由して火星「マーズグラス」へ。その後、太陽系外のProxima Centauri や Tau Ceti e, TRAPPIST-1 system, Kepler-452 b へと飛翔する「人工重力ネットワーク(Artificial Gravity Network)」の世界が映像と音楽で描かれた。

 動画の解説は鹿島建設の大野氏、映像編集は京都大学の山敷氏が担当し、CG制作は岡村樹二也氏(ジュニアート・デザイン)と学生の堀氏・三井氏らが手がけた。音楽はSpacePlanet9(Yosuke Alex)が編曲し、来場者はまるで未来の宇宙旅行に参加しているかのような没入体験を味わった。

 そして最終日16日、すべての講演終了後には特別プログラムが用意された。主催の山敷氏による京都をテーマとしたオリジナル楽曲と映像にあわせ、舞踏家・日置あつし氏が幻想的な舞を披露。音楽・映像・身体表現が一体となり、1週間にわたる展示と講演は幕を閉じた。

 今回のデモキッチンで開催された宇宙未来ラボは、科学的知識、先端技術、そして文化芸術を融合させたイベントと言える。来場者は講演や試食を通じて「宇宙は遠い未来ではなく、すでに私たちの生活の延長線上にある」という実感を持てたのではないだろうか。

(記事協力:山敷庸亮・福島愛理・小畑百佳・北村葵・松山優芽)

 

 

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