のんびりいこうよぉ

障害児の父です。障害者関連、スーパーセブンとW650、プラモデル作成、そして福岡出身なので福岡ネタが大好きなアラフィフMBAホルダー。

1/24 A35 2ドアセダンを入手しました

赤いA35が筑波サーキットを走っている姿を写真に収めて以来、このクルマのことがずっと頭から離れませんでした。

どうにかしてA35 2ドアセダンを作りたいと思い、色々ネットを調べたら、エアフィックスから1/12スケールで発売されていたA35バンのキットのボディからセダンタイプへ改造している方を見つけました。

ボディを切ったり貼ったりする技術はありませんが、それでもA35バンのキットを入手して、いつかはボディ改造に挑戦してみたいと思っていました。

ところが、このキットはすでに製造中止となっており、入手は困難。以前から機会があればぜひ欲しいと思い続けていました。

 

そんな中、MiniRetro Scale Modelsから1/24スケールのA35 2ドアセダンが発売されていることを知り、年末にオーダー。

そして本日、オーストラリアから無事に届きました。いやー、楽しみです。

さくらモーニングクルーズ Vol.149

いつものように、毎月第一日曜日に幸手市・権現堂公園駐車場で開催している「さくらモーニングクルーズ」は、今回で149回目を迎えました。

次回2月は、いよいよ150回目の開催となります。

現在、権現堂公園事務所へ利用許可書を提出していますが、年始で事務所が本格稼働していないためか、まだ正式な許可が下りていません。

開催日が確定次第、あらためてご連絡します。

なお、次回は150回目の記念開催ということで、今回も記念ステッカーを48PRODUCTにお願いして作成しました。

ご来場いただいた方には無料でお配りする予定です。

数に限りがありますので、配布終了の際はご容赦ください。

次回の予告は、ひとまずここまで。


今月のさくらモーニングクルーズは、正月休みの最終日という方も多かったのではないでしょうか。

正月三が日は初詣やお年玉配り、そしてお節料理をたらふく食べ、お屠蘇という名目でお酒を楽しみ、休み最終日の今日は「そろそろ初乗りでもしようかな」という気分で権現堂を訪れた方も多かったように思います。

例年、1月のさくらモーニングクルーズは参加台数が多いのですが、今年も例外ではありませんでした。

私自身もセブンに初乗りということで、今回はいつもより少し遠回りをして会場へ向かいました。

普段は8時20分頃に到着するのですが、今月は8時40分頃に到着。

ちょうど公園横の信号が赤だったため、セブンに乗ったまま会場を見渡すと、いつも以上の参加車両が、会場を埋め尽くす勢いで並んでいるのが目に入り、久しぶりに驚かされました。

普段であれば、9時過ぎから徐々に集まり始める参加車両。

それが8時半の時点でこれだけ集まっているとは……。

(あくまで私の勝手な感想ですが) 新春の走り始め効果、恐るべしですね。


そんな1月のさくらモーニングクルーズには、313台ものクラシックカーをリスペクトする方々にご参加いただけたようです。

また今回は、「参加の記念」として購入されることの多いステッカーも、いつも以上に多く手に取っていただきました。

初めて参加された方も多かったのかもしれません。


笑顔でスタートすることができた、2026年最初のさくらモーニングクルーズ。

本年も、どうぞよろしくお願いします。

その時代のアイコンとして愛されてきた車たちを、ただ並べて眺めるだけでなく、

実際に走らせ、語り合い、次の世代へとつないでいく。

そんな「いつもの第一日曜日」を、これからも皆さんと一緒に積み重ねていけたらと思います。

 





LFM 1/43 SuperSeven JPE 3D printed model

Between Christmas and New Year’s Eve, I took a winter break in Miyazaki and Fukuoka—my partner’s hometown and my own.

The journey back to Saitama began at 8:00 a.m. on 2 January, driving through snow-covered motorways. It was a punishing yet memorable drive: 17 hours and 1,300 kilometres of pure endurance.


When I finally arrived home, exhausted but satisfied, I found an absentee delivery notice waiting in the post. I immediately arranged for redelivery.

What arrived was something truly special: a small parcel containing a Caterham JPE, a 1/43 scale 3D-printed model by Lake Front Models.

For someone who loves Caterhams, cars in general, and finely crafted models, this was nothing short of extraordinary—an utterly perfect New Year’s present that reignited the same excitement I felt the first time I fell in love with lightweight British sports cars.

 

2025年 年末年始帰省の記録|埼玉→宮崎→福岡→埼玉

去年のことを書くのは少し気が引けますが、忘備録として残しておこうと思います。

12月26日(金)

2025年12月26日(金)が終業日でした。

19時半ごろに埼玉の自宅を出発。

12月27日(土)

翌朝9時半ごろに愛媛県の三崎港へ到着しました。

私たちが予約していたのは11時半に三崎港を出港するフェリーでしたが、運よく10時半の便に乗ることができました。 国道九四フェリー愛媛県三崎港から大分県佐賀関港へ渡り、そこから東九州道を使って、相方の実家がある宮崎市まで移動しました。

今回の移動では、家を出る時点で37度後半の熱がありました。

普段であれば2時間ごとに休憩を取るところですが、体調が万全ではなかったため、1時間ごとに休憩を入れ、体の様子を見ながらの移動となりました。

大阪を過ぎて三木SAで相方に運転を代わってもらい、1時間ほど助手席で仮眠を取りました。

その後、熊野西PAで再び運転を交代し、瀬戸中央道を通って瀬戸大橋で四国に渡りました。

昨年の帰省では神戸淡路鳴門道を利用しましたが、来年は西瀬戸道で四国に渡ってみようと、ひっそり計画しています。

ただし、こちらは全線が高速道路で繋がっていないようなので、体力的に余力があれば、という前提です。

15時ごろ、ホテルにチェックインしました。

相方の実家には現在、お母さんと妹の二人が住んでいます。

以前、相方が住んでいた家は築年数が古く、建て替えをしました。

その際、お母さんの足が悪くなってきたことや、妹との二人暮らしで広い家では掃除が大変になることもあり、二人で住むのにちょうどよい大きさの家にしたそうです。

そのため、帰省しても泊まる部屋がなく、ここ数年はホテルに泊まるのが定番になっています。

18時からは相方の家族と夕食会。

12月28日(日)

サンメッセ日南でモアイ像を見たあと、毎年訪れている青島神社へ。

その夜は、宮崎のセブン乗りの方たちの忘年会に参加させていただきました。

12月29日(月)

宮崎市フェニックス自然動物園へ行き、その後、宮崎市イオンモールで昼食。最後に宮崎神宮を参拝しました。


12月30日(火)

福岡の実家へ向けて移動。

12月31日(水)〜1月1日(木)

福岡の実家で、特に予定を入れず、ゆったりと過ごしました。

1月2日(金)

8時に福岡の実家を出発し、埼玉の自宅へ向かいました。

出発時、福岡ではうっすらと雪が積もっていました。

九州道山陽道新名神高速、京滋バイパス名神高速東名高速を走り、清水JCTで新東名へ。

御殿場付近が渋滞していたため、御殿場JCTから新御殿場ICで降り、東富士五湖道路に乗り換えました。

その後、大月から中道道、八王子、圏央道を経由して帰宅しました。

家に着いたのは3日の1時。

約17時間の移動でした。

帰り道は、福岡から小牧JCTあたりまで雪が降っていました。出発時はそれほどでもありませんでしたが、関ヶ原から小牧JCT付近まではかなり強く降っており、怖くて40km/hほどしか出せませんでした。

今回の発見

京都南から草津PAまでは毎回のように激しい渋滞に巻き込まれますが、今回は京滋バイパス方面から草津PAを目指しました。京滋バイパスも渋滞していたため、Yahoo!ナビの指示に従い、京滋バイパスの側道のような下道を通って渋滞を回避できました。

もう一つは御殿場の渋滞です。

富士五湖方面に逃げる道があることはうろ覚えで知っていましたが、こちらもYahoo!ナビの字指示で、うろ覚えだったルートが具体的に使うことができました。

車に搭載されているナビは地図の更新が追いついておらず、比較的新しい道が網羅されていないこともあり、改めてスマホナビのありがたさを実感しました。

「お値段以上」じゃなくて、「お値段通り」ニ○リ

小五の長女が生まれる前のことで、正直はっきりとは覚えていないのだけれど、当時は家族全員で夫婦の寝室に川の字で寝ていました。

たぶん、長男坊が小学校に上がる頃だったと思います。

「そろそろ子どもは子ども部屋で寝ようか」

そんな話になり、近所のニ○リで長男坊用の学習デスクとベッドを購入しました。

 

それから10年。

推定身長182cm、体重75kg(?)にまで成長した長男坊。

「ベッドの天板が破れたみたいだから、買い替えようか?」
って、ちょっと前に、相方が長男坊に聞いたみたいです。


すると長男坊は、あっさり一言。

「いや、大した問題じゃないからいいよ」

「そうなの?」

「うん」

そんなやり取りがあったことを、数日前に聞きました。

その後、長男坊が外出していたので、ベッドの状態を確認するため、魔境と化している彼の部屋に足を踏み入れました。

床を歩くたびに、何かしらを踏みつけてしまいそうで、なかなか思うように進めません。

恐る恐るマットレスを持ち上げてみると……なるほど、これは確かに限界。

小学生だった頃の体重と、今の体格を考えれば、10年よく持ったとも言えます。

とはいえ、すぐにどうこうできる状況でもなかったので、とりあえず家にあった“すのこ”の寸法を測ってみると、これが偶然にもベッドとぴったり同じ。

天板の上に敷いて、ひとまず暫定処置完了。

暫定処置と言いながら、これがしばらく続きそうな気がするのは……たぶん気のせいですよね。

うん、気のせい。

振り返ってみると、家にある他のニ○リの製品、特に引き出しの底板はすぐに抜けるので、「お値段以上」じゃやなくて「お値段通り」だよって思っていたけど、 小学生だった長男坊が大人の体格になるまで、10年間使われ続けたと思えば、十分「お値段以上」だったのかもしれません。

それより何より、 壊れかけのベッドを前にして「大した問題じゃない」と言えるようになった長男坊の姿に、 家具よりも確かな“成長”を感じたのでした。

知らず知らず、今年の走り納めだったみたい

今週末は天気が優れなかったのでセブンはガレージから出ることはありませんでした。

ただ行田で行われた蓮会に参加した人の写真を見ると、こういう優柔不断な天気でもセブンで参加された方もいたみたい。凄いな。

そんなことを考えていたら、今週末から九州に帰省するので、よくよく考えると今月初めにさくらモーニングクルーズで権現堂公園までセブンで走ったのが、実は走り納めだったみたい。

なんか走り納めくらい気合い入れてちょっと遠くまで走って終わりたかったんだけどね。なんか、あやふやなうちに走り納めだったみたい。

そして天気が良ければ1月4日のさくらモーニングクルーズが走り始めになるのかな。

さくらモーニングクルーズに終わった、さくらモーニングクルーズに始まる。

 

この子の居場所は、どこにあるのだろう ― 知的障害のある息子と進路の話

これまでの経緯

ここで、これまでの流れを簡単に振り返ります。 11月初め、
①相方
生活介護施設の職員さん
③生活サポート事業所の支援相談員さん
この3者で、次男坊の生活介護施設での過ごし方について話し合いがありました。

知的障害のある次男坊には、軽度ではありますが強度行動障害があります。 精神的に不安定になると、人の手に爪を立てたり、床に踵を打ちつけて大きな音を立てたりします。

家で一緒に過ごしていると、
「あ、今ちょっと不満そうだな」
という予兆が分かるのですが、集団生活の中では、どうしてもそうはいかないようです。

それが生活介護施設では問題視されているようで、
家で甘やかしているから行動が改善しない。
もっと厳しく躾けてほしい。
といった趣旨の言葉を投げかけられました。

強度行動障害は、躾で治るような性質のものではありません。 この言葉を聞いたときの、胸の奥がズンと重くなる感じ。

きっと同じ立場のお父さんなら、身に覚えがあるのではないでしょうか。 実際、相方は愕然とした様子で帰宅してきました。

この出来事については、「障害っ子次男坊を『甘やかしてる』って言われるたびに思うこと」というブログに書いていますので、もしよろしければ読んでいただければと思います。

再びの話し合いと、見えてきた現実

12月2日、
①私
生活介護施設の職員さん
③生活サポート事業所の支援相談員さん
この3者で、再度話し合いを行いました。

その場では、生活介護施設側が、「できるだけ早く退所してほしい」と考えていることが、言葉の端々から伝わってきました。

正直なところ、
「ああ、相方が言っていた通り、いよいよか」
という気持ちと、
「それでも、行き場がなくなったらどうする」
という現実的な不安が、同時に頭をよぎりました。

とりあえず、③の生活サポート事業所が、4月から新たに生活介護施設を開所する予定があるため、それまでの間、現在の施設で引き続き預かってもらえないか、という話をしました。

結果として、3月末までは預かってもらえるということで、話はひとまず落ち着きました。

生活介護施設側の率直な意見や内部事情を聞けたこと、そして厳しい状況の中でも次男坊を預かる決断をしてくれたことに、父親として複雑な思いを抱きつつも、内心では感謝の気持ちもありました。

この点については、「支え合う現場で気づいたこと ― 障害福祉に携わる人たちへの深い敬意」にも書いていますので、こちらもよろしければ読んでみてください。

そして、今日の夕方に起きたこと

前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。

今日の17時ごろ、私がオンライン会議に参加している最中に、相方のスマホが鳴りました。

電話口で、相方が真剣な表情で話している様子が伝わってきました。

会議が終わったあと、「さっき、誰と話していたの?」 と尋ねると、「生活サポート事業所からの連絡でね。 『生活介護施設から、Oさんの次男坊ちゃんをこれ以上預かれないので、そちらで預かってもらえないか、という電話があった』って」

親である私たちに直接話が来る前に、別の事業所へ話が回っていたことに、相方は正直モヤっとした気持ちがあったようです。

私はというと、「現場がそれだけ追い込まれているんだろうな」と感じました。

生活サポート事業所の方からは、 最初から「うちに丸投げ」という感じだったので、「そちらで無理なら、まずは他の生活介護施設を探すなどしてから相談してください」 と伝えたそうです。

また、そのやりとりを支援相談員さんの隣で聞いていた別の職員さんも、「親御さんより先に、うちに相談が来るのはおかしくない?」 と言っていた、と教えてくれました。

その話を聞いて、相方は感情的になるかと思いきや、実際には呆れたような、どこか諦めにも似た表情でした。

感情の針が振り切れると、こうなるのかもしれません。

誰も悪くない。でも、苦しい

私自身は、生活介護施設の職員さんが、私たちに直接相談する前に生活サポート事業所へ連絡したこと自体は、「事前にコンセンサスを取っておきたかったのだろう」と解釈しています。

ただ、「もう無理です」という形での丸投げは、事業所としての責任を放棄しているようにも感じました。

一方で、そこまで言わざるを得ないほど、生活介護施設が限界に近い状況なのだろう、とも思います。

先日の話では、精神障害で通所しているBさんが、次男坊のヒステリー状態(踵をドンドン打ちつける行為)をとても嫌がっている、ということでした。

それがきっかけで、「Bさんが次男坊に手を上げてしまうのではないか」という不安もあるそうです。

また、女性職員だけでは止めきれないだろう、という話も出ていました。

父親として、「誰かが傷つく前に、何とかしなければ」という思いと、「でも、じゃあ、うちの子はどこへ行けばいいんだ」という思いが、常にせめぎ合っています。

「進路」とは、居場所を探すこと

理屈としては、次男坊の場合、躾や言って聞かせてどうにかなるレベルではありません。

障害として、脳がそういう命令を出してしまうのです。

だからこそ、精神的に不安定にならないよう配慮し、 ヒステリーが出た場合は、できるだけ早く落ち着くよう対応するしかありません。

こうして文章にすると簡単ですが、 実際に毎日、現場で向き合うとなると、簡単な話ではないのでしょう。

家庭では、長年一緒に暮らしてきた経験から、 彼にとって心地よい環境が、ある程度分かっています。 しかし、生活介護施設のような集団生活では、 次男坊が快適に過ごせる環境を整えることには、今の生活介護施設では限界があるようです。

この生活介護施設にフィットしている利用者さんがいるのも事実です。

だからこそ、「この施設が悪い」 「誰かが悪い」 と単純に割り切れる話ではないと言うことを誤解して欲しくないと思っています。

 

特別支援学校を卒業するとき、次に進む場所を「進路」と呼びます。

健常者にとっての進路は、進学や就職でしょう。

そして障害のある子どもにとっての進路は、就労A型・就労B型・生活介護施設などがありますが、 実際には、「安心して過ごせる居場所を見つけること」に尽きると感じています。

就職して合わなければ転職するように、障害のある子どもも、通い始めた施設が合わなければ、別の場所を探さなければなりません。

ただし、その選択肢は、決して多くはないんですけどね。

同じ立場のお父さんたちも、きっと私と同じように悩み、迷いながら、その時々で「これが今のベストだ」と思う選択を、繰り返しやってきたんでしょうね。

さて、これから一体どうなることやら。

まっ、どんなに悩んでも、なるようにしかならないんですけどね。