これまでの経緯
ここで、これまでの流れを簡単に振り返ります。 11月初め、
①相方
②生活介護施設の職員さん
③生活サポート事業所の支援相談員さん
この3者で、次男坊の生活介護施設での過ごし方について話し合いがありました。
知的障害のある次男坊には、軽度ではありますが強度行動障害があります。 精神的に不安定になると、人の手に爪を立てたり、床に踵を打ちつけて大きな音を立てたりします。
家で一緒に過ごしていると、
「あ、今ちょっと不満そうだな」
という予兆が分かるのですが、集団生活の中では、どうしてもそうはいかないようです。
それが生活介護施設では問題視されているようで、
家で甘やかしているから行動が改善しない。
もっと厳しく躾けてほしい。
といった趣旨の言葉を投げかけられました。
強度行動障害は、躾で治るような性質のものではありません。 この言葉を聞いたときの、胸の奥がズンと重くなる感じ。
きっと同じ立場のお父さんなら、身に覚えがあるのではないでしょうか。 実際、相方は愕然とした様子で帰宅してきました。
この出来事については、「障害っ子次男坊を『甘やかしてる』って言われるたびに思うこと」というブログに書いていますので、もしよろしければ読んでいただければと思います。
再びの話し合いと、見えてきた現実
12月2日、
①私
②生活介護施設の職員さん
③生活サポート事業所の支援相談員さん
この3者で、再度話し合いを行いました。
その場では、生活介護施設側が、「できるだけ早く退所してほしい」と考えていることが、言葉の端々から伝わってきました。
正直なところ、
「ああ、相方が言っていた通り、いよいよか」
という気持ちと、
「それでも、行き場がなくなったらどうする」
という現実的な不安が、同時に頭をよぎりました。
とりあえず、③の生活サポート事業所が、4月から新たに生活介護施設を開所する予定があるため、それまでの間、現在の施設で引き続き預かってもらえないか、という話をしました。
結果として、3月末までは預かってもらえるということで、話はひとまず落ち着きました。
生活介護施設側の率直な意見や内部事情を聞けたこと、そして厳しい状況の中でも次男坊を預かる決断をしてくれたことに、父親として複雑な思いを抱きつつも、内心では感謝の気持ちもありました。
この点については、「支え合う現場で気づいたこと ― 障害福祉に携わる人たちへの深い敬意」にも書いていますので、こちらもよろしければ読んでみてください。
そして、今日の夕方に起きたこと
前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。
今日の17時ごろ、私がオンライン会議に参加している最中に、相方のスマホが鳴りました。
電話口で、相方が真剣な表情で話している様子が伝わってきました。
会議が終わったあと、「さっき、誰と話していたの?」 と尋ねると、「生活サポート事業所からの連絡でね。 『生活介護施設から、Oさんの次男坊ちゃんをこれ以上預かれないので、そちらで預かってもらえないか、という電話があった』って」
親である私たちに直接話が来る前に、別の事業所へ話が回っていたことに、相方は正直モヤっとした気持ちがあったようです。
私はというと、「現場がそれだけ追い込まれているんだろうな」と感じました。
生活サポート事業所の方からは、 最初から「うちに丸投げ」という感じだったので、「そちらで無理なら、まずは他の生活介護施設を探すなどしてから相談してください」 と伝えたそうです。
また、そのやりとりを支援相談員さんの隣で聞いていた別の職員さんも、「親御さんより先に、うちに相談が来るのはおかしくない?」 と言っていた、と教えてくれました。
その話を聞いて、相方は感情的になるかと思いきや、実際には呆れたような、どこか諦めにも似た表情でした。
感情の針が振り切れると、こうなるのかもしれません。
誰も悪くない。でも、苦しい
私自身は、生活介護施設の職員さんが、私たちに直接相談する前に生活サポート事業所へ連絡したこと自体は、「事前にコンセンサスを取っておきたかったのだろう」と解釈しています。
ただ、「もう無理です」という形での丸投げは、事業所としての責任を放棄しているようにも感じました。
一方で、そこまで言わざるを得ないほど、生活介護施設が限界に近い状況なのだろう、とも思います。
先日の話では、精神障害で通所しているBさんが、次男坊のヒステリー状態(踵をドンドン打ちつける行為)をとても嫌がっている、ということでした。
それがきっかけで、「Bさんが次男坊に手を上げてしまうのではないか」という不安もあるそうです。
また、女性職員だけでは止めきれないだろう、という話も出ていました。
父親として、「誰かが傷つく前に、何とかしなければ」という思いと、「でも、じゃあ、うちの子はどこへ行けばいいんだ」という思いが、常にせめぎ合っています。
「進路」とは、居場所を探すこと
理屈としては、次男坊の場合、躾や言って聞かせてどうにかなるレベルではありません。
障害として、脳がそういう命令を出してしまうのです。
だからこそ、精神的に不安定にならないよう配慮し、 ヒステリーが出た場合は、できるだけ早く落ち着くよう対応するしかありません。
こうして文章にすると簡単ですが、 実際に毎日、現場で向き合うとなると、簡単な話ではないのでしょう。
家庭では、長年一緒に暮らしてきた経験から、 彼にとって心地よい環境が、ある程度分かっています。 しかし、生活介護施設のような集団生活では、 次男坊が快適に過ごせる環境を整えることには、今の生活介護施設では限界があるようです。
この生活介護施設にフィットしている利用者さんがいるのも事実です。
だからこそ、「この施設が悪い」 「誰かが悪い」 と単純に割り切れる話ではないと言うことを誤解して欲しくないと思っています。
特別支援学校を卒業するとき、次に進む場所を「進路」と呼びます。
健常者にとっての進路は、進学や就職でしょう。
そして障害のある子どもにとっての進路は、就労A型・就労B型・生活介護施設などがありますが、 実際には、「安心して過ごせる居場所を見つけること」に尽きると感じています。
就職して合わなければ転職するように、障害のある子どもも、通い始めた施設が合わなければ、別の場所を探さなければなりません。
ただし、その選択肢は、決して多くはないんですけどね。
同じ立場のお父さんたちも、きっと私と同じように悩み、迷いながら、その時々で「これが今のベストだ」と思う選択を、繰り返しやってきたんでしょうね。
さて、これから一体どうなることやら。
まっ、どんなに悩んでも、なるようにしかならないんですけどね。