レンタル店で借りて観た映画『空に住む』の感想です。郊外の小さな出版社で仕事をしている直実(多部未華子さん)は交通事故で1か月半前に両親を亡くし、叔父の計らいで、東京の高層マンションの高層階に愛猫のハルと引っ越してくるところから始まりました。高層マンションから見える空と都会のビル群を毎日眺めながらのタイトルにあるようにまるで空に住んでいるように何不自由なく快適そうな暮らしをしながらもどこかに満たされないような孤独や空虚を感じていたように漂い続けるような心理や感情が描かれていました。同じタワーマンションに住んでいた叔父雅博(鶴見辰吾さん)と叔母明日子(美村里江さん)がちょくちょく直実の部屋に遊びに来て、話をしていたときに、今は亡き直実の両親が、直実のことを「雲のようだ。」と言っていたと聞きます。両親が自分のことを雲のようだと語っていたことを聞きながらも、両親が亡くなったときに涙が流れなかった自分をふり返り、泣きたいときに泣けなかったのはなぜなんだろうと思いながらタワーマンションで暮らして行くというなんでもない日常生活が淡々と描かれて行きます。叔母の明日子は人から見たら何にも不自由ない暮らしをしながらも彼女にしかわからないような喪失感を抱いており、また、出版社に勤める直実の後輩愛子(岸井ゆきのさん)は訳ありで、結婚相手とは違う子供をおなかの中に宿しているという秘密を誰にも知られないように生きて行きたいという彼女にしかわからないような気持を抱えていました。また、直実は、タワーマンションのエレベーターで偶然スター俳優の時戸森則(岩田剛典さん)に出会い、関係を持つようになりますが、彼の独特の哲学と空虚さを持っているちょっと変わっていた男性でした。直実を取り巻いていた女性や男性たちの視点から描かれた浮遊感や空虚感や孤独感を織り交ぜながらストーリーは展開して行きました。この映画では、時には空を見上げ、時には下界に見える都会のビル群の風景を見下ろしながら、その間を雲のように浮遊しているかのような人々の姿を描いていたような気がします。理想と現実の世界のような相反するような世界の中で浮遊しているのが現代人だったりするのだろうと勝手に解釈しました。いろいろな喪失感を時々抱きながら雲のような立ち位置で浮遊していたとしてもこの世界に確かに存在しているという事実に変わりはないということを暗に描いていたのかななどと思いました。この映画の中では答えらしきものは観る人それぞれに委ねられているような終わり方でした。