■THE GHOST INSIDE
アメリカはロサンゼルス出身のメタルコア/メロディック・ハードコア・バンドなのだが、プロフィールを照会しないと、スウェーデンあたりのバンドと勘違いしてしまうかもしれない。ヴォーカルとベースが白を基調としたファッションに身を包んでいるため、黒Tシャツだらけの会場ではよく目立つ。音像も比較的モダンなアプローチで、全米進出直後(懐かしい……)のIN FLAMESのことが思い起こされた。ほんのりLIMP BIZKIT風味を感じたのは気のせいか。気のせいだろう。手元のメモには「どれも同じ曲に聴こえる」と手厳しいことが書いてあるが、この批判的なまなざしは空腹によるものとみた。メモに「まともな飲食にありつくには、行列に並び、1、2アクト分の観覧を犠牲にしなければならない」とも。まさにTHE GHOST INSIDE、雪山に遭難した人が最後にみる幻のごとし。
■THE HAUNTED
ここからはラウドパークの"格"に相応しいお馴染みのバンド名が並ぶ。要するに、安心タイムへと突入だ。ステージ移動中に偶然空いている売店を見つけ、(ぬるい)アメリカンドッグとチップスターで燃料補給。こんなものぐらいしか迅速に手に入る食べ物がなくて、悲しい。フェス飯はいずこへ。そんな悲しみを完膚なきまで叩きのめす、残忍な重低音に期待だ。
ところが、ピンとこなくて退屈。いや、THE HAUNTEDは安定のヘヴィネスを誇っているのだが、なんだか観賞のコンディションが伴っていない自分がいる。THE HAUNTEDといえば、学生時代、AT THE GATESとともに友人から強力推薦された思い出深いバンドなのに。この場でまっとうな思考を得るためには、(持ち込み禁止の)お菓子やパンをカバンに忍ばせておくなどの工夫が重要なのだろう。少し離れた席でゼリー飲料をチュウチュウしていたおじさんがたいそう羨ましかった。
手元の資料(B!誌)によれば、僕が次のバンドのためにステージ移動を完了したタイミングで、ラスト曲「Hate Song」を披露したらしい。それ、好きな曲だから、聴きたかったよ。今回のラウドパークは、こういう点において、なんともチグハグだ。一番盛り上がる曲って、だいたいラスト2曲ぐらいに置くものなぁ。常に移動のことばかり考えてしまう。
次のアクトは今回一番楽しみにしていたKERRY KING(SLAYERのギタリストのソロ・プロジェクト)である。ここから先の出演者はどれもフル尺で観たいので、トイレなどは今のうちに済ませておきたいところ。ふと気になって、場内マップの最も端っこのグッズ売場に行ってみる。当然、何もかもが売切だが、どのアーティストも6千円台でTシャツを売るなか、THE HAUNTEDだけが昔ながらの4,500円(それでも決して安くはない)で販売していたことを知り、ほっこりした。いい人たちだ。
それにしても、場内隅っこエリアの退廃ぶりは凄まじい。いつもならビール片手に再会を喜び合うメタラーがあちこちにいるものだが、閑散としている。その光景はディストピアそのもので、さいたまスーパーアリーナの打ちっぱなしのコンクリートが美しいとさえ思った。少々羽目を外してしまった酔客が道端で卒倒していたりする景色が恋しい。そもそも、今回のラウドパークには量的に十分な飲食料がないのだ。本物のゾンビのごときダウナー青少年がポツリポツリと仮眠をとっている。いや、焦点の定まらぬ目で虚空を見つめている。僕は早々にステージ方面へと向かった。
■KERRY KING
まぎれもなく、今回のベスト・アクトである。40年以上のキャリアを誇るSLAYERの名物ギタリストのデビュー・アルバム『FROM HELL I RISE』(2024年)は、本来ならばSLAYERが魅せるべきスラッシュ・メタルの神髄が溢れる名盤だった。彼が率いるのはマーク・オセグエダ(Vo/DEATH ANGEL)、フィル・デンメル(G/MACHINE HEAD、VIO-LENCE)、カイル・サンダース(B/HELLYEAH)、そしてSLAYERの盟友ポール・ボスタフ(Dr)。USスラッシュの顔役みたいな人選が見事にハマった奇跡的作品は、ライヴでの殺傷力も群を抜いていた。このアルバムを軸としながら、要所要所でSLAYERの必殺曲を入れてくるのだから、心憎い。
楽曲の良さと確かな演奏力、これに尽きる。一音聴いただけで、「うわあ、この人たちは他と全然違うわあ」と感嘆するほどの説得力があるのだ。この日のハイライトは彼らによるBLACK SABBATH「Wicked World」のカヴァーで決まり。オジー追悼云々は抜きにして、神懸かりのカッコよさだった。スラッシュ・メタルのオールスターが艶やかにスウィングしている。原曲のジャズ風味のアプローチをさらに悪魔的なものへと高めていて、「ああ、音楽かくあるべし!」と心底感動してしまった。
惜しむらくは、過去のSLAYERの開演時と比べて、客電が落ちた時のオーディエンスの反応がやや大人しめだったこと。後々考えてみたのだが、あれは場内のお酒の量が圧倒的に不足していたからだ。たとえば、ラウパにおいて、SLAYERのバックドロップがスクリーンに映し出され、メンバーが各々の配置につくシーンを思い浮かべてみよう。その瞬間、空中にはビールやスニーカー(片方)が高々と放り上げられるのが通例(ホントはやっちゃダメなことなだけど、もう辛抱たまらんメタラーがそういうことをやる)だが、そんな風景は見られず、寂しい限り。天高く舞うドリンクは、ある種の気概。そもそもの飲料が足りないことは大問題なのだ。出演ラインナップは良いのに、おおいに考えさせられる宴である。
■BULLET FOR MY VALENTINE
EXTREME STAGE(指定席購入者用自由席がある側)のトリを務めたのは、BULLET FOR MY VALENTINE。マット・タック(Vo/G)が自分とほぼ同い年なので、謎の親近感がある。吉祥寺のHMVの試聴機で初めて聴いた時には、その才能にシビれたものです。彼らは2022年夏の〈DOWNLOAD JAPAN 2022〉以来の日本でのステージということになるらしい。(コロナ禍でいろいろあって)僕が観に行かなかったフェスですね。
今回は、デビュー・アルバム『POISON』のリリース20周年を記念しての演奏内容になることが予告されていたのだが、僕はあまり作品完全再現系のライヴにピンとこないタイプ。そこをうまいこと超えてくれるかなと期待したけれども、セットリストは『POISON』を収録曲順に並べて、ほんの少しプラスアルファを施したもの。むむう。2ndの『SCREAM AIM FIRE』(2008年)原理主義者かつここ数作のBFMVの作風(言い方は妙だが、普遍的なロック・バンドっぽい音像)のファンである僕としては、物足りない。
単純に、良い曲がいっぱいあるのに、フェスの戦い方としてもったいないと思った。とはいえ、彼らは『POISON』のアニヴァーサリー企画を前面に打ち出しているわけで、こういうところ、なかなか難しい。1曲目が始まる前に彼らのヒストリーを紹介する映像がやや長めに流れた時、僕は身構えた。そして、身構えたまま最後の曲が終わった。そんな感じ。美しいメロディと切れ味鋭い咆哮。それらが絶妙に混ざった人気曲の連発を観たかったのだが、そういう人は2022年のDOWNLOAD JAPANに行っておけということですね。いろいろ、すまん。
■PARKWAY DRIVE
大トリこそ、指定席で。少し余計にお金を払った分、僕はここでもスタンディングでの観賞を選ばず、自分の持ち場へと戻った。ちょっとステージから遠いが、やはり快適。PARKWAY DRIVEはオーストラリアのメタルコア・バンドで、コロナ前あたりから海外のフェスで「いい出演順」を与えられている印象があった。バンド名を目にするたびに、「なんでこのバンドが(海外では)人気があるんだろう?」と首をかしげていたものだ。音源をたいしてチェックしないうちに、ここ日本でも存在感を増してきて、今回のヘッドライナー扱いである。確実に時代は回っている。
肝心の演奏内容はどうだったかといえば、なるほど、こりゃ多くの人々を巻き込むわいなーという無骨なメタルコア。このブログ、ここまで何度「メタルコア」と書いたかわからないほどだが、これぞ今回のラウドパークの主眼なのだなと納得する出来栄えである。たとえば彼らの曲を初めて耳にする人でも、存分に体を動かすことができる。つまりは、なんとなくノレる。ここに、どうかと思うほど火薬マシマシのパイロが何度も炸裂するのだから、人間の本能に訴えるものがある。ポイントに絞っての火柱というより、常時火の海なんじゃないかと錯覚するほどの熱が指定席にも迫ってくる。ここまでの特効は従来のラウドパークではあまりお目にかかったことのないタイプで、僕は衝撃のあまり、メモに「火柱」と「火の海」のイラストを描いている。下手くそでお見せできないのが残念だ。
PARKWAY DRIVE、おそらく、今の20代30代あたりには問答無用のアクトなのだろうが、日本における洋楽メタル・フェスのトリとしてはどうなんだろうと45歳の僕は思う。とある「歌い上げ系」の曲でヴォーカル氏が音を外しているように感じた時、その思いはますます強くなった。いや、カッコいいのはカッコいいけれども、もう一声という感じ。うん、この感じ。
こうして、僕のLOUD PARK 25は終わった。
■総括メモ
・私的MVPはKERRY KINGとULMA SOUND JUNCTION。
・指定席は思ったよりも快適なので、次回開催の折には、指定席一択でいく。
・出演ラインナップに関しては、よく頑張ったと思う。特に、国内勢の健闘ぶりが素晴らしかった。今後も続けるならば、この方向性でよいと思う。かつての輝きとは違う輝きをラウドパークに見いだしていけばよいのでは(諦めがちに、うなだれながら)。
・クリエイティブマンに言いたいこと。とにかく、ご飯を。そして、飲み物を。飲食ブースは必要最低限「以上に」あったほうがいい。各社ブースもお祭り感があって楽しいものだから、是非とも充実を。僕の知る限り、メタラー達は飲み食いします。特に祭の際は、気前がよい。商機です。サマソニであれだけのことができているんだもの。ラウパでそれができないなんて、信じられませんよ。
・振り返ってみれば、歌モノらしい歌モノアーティストがいなかったような。ラウドパークは歌モノを求めるハード・ロック/ヘヴィ・メタルのファンには無縁の祭典となったのか? たとえばWHITESNAKEを出せとは言わんが、1、2枠は歌唱力ある人を観たいよね、というお話。
・今回のステージ間の移動は甚だ無意味に思えた。出演者をいくつか削ってでも、同一ステージにまとめてほしい。
・もう一度言う。飯だ、飯。酒もってこい、酒。
さて、ひどい書き散らしようでしたが、なんとかここまで漕ぎつけました。それもこれも、LOUD PARKを愛するあまりの所業です。少しでも状況が改善されて、無敵のメタル・フェスとして帰ってきてほしいな(なんとなく、無理な予感がしているが)。
2025年も大変お世話になりました。来年はブログの更新頻度をさらに上げたいと思います。各記事の文字数を減らしてでも、発信の機会を増やすことを実現したい。良いお年をお迎えください!