
こんにちは。今日は「筋トレのギャップ」について、僕なりの体験をお話しさせていただこうと思います。
最初に感じた「ギャップ」
筋トレを始めて半年ほど経った頃のことです。職場で同僚の田中さん(同い年)と世間話をしていた時のことでした。
「最近、階段を上がるのがきつくなってきてさ」と田中さんがぼやいていました。僕は内心「あ、そうなんだ」と思いながら、特に何も言いませんでした。なぜなら、僕自身は筋トレを始めてから、むしろ階段が楽になっていたからです。
でも、そこで気づいたんです。これが「ギャップ」なのかもしれないと。
見た目以上の変化
筋トレを始めたきっかけは、正直に言うと「ぽっこりお腹をなんとかしたい」「カッコいい体型になりたい」という、ごく普通の動機でした。でも続けていくうちに、外見の変化よりも先に感じたのは、日常生活の質の向上でした。
朝起きるのが楽になり、夕方になっても疲れにくくなりました。重い荷物を持つのも苦にならない。そして何より、階段を上がっても息切れしなくなったんです。
同僚たちとの会話で、「最近疲れやすくて」「腰が痛くて」という話題が出る度に、僕は静かに「あ、僕はそうでもないな」と感じるようになりました。
言わない理由
なぜ僕が筋トレをしていることを積極的に話さないのか。それは、押しつけがましくなりたくないからです。
50代になると、お互いの生活スタイルや価値観を尊重し合うことの大切さを、よく理解しているつもりです。「筋トレがいいよ」と言ったところで、相手が求めていなければ、それは単なる自慢話になってしまいます。
それに、筋トレは万能薬ではありません。僕には合っていたけれど、他の人には違うアプローチが合っているかもしれない。そう考えると、自然と控えめになります。
大人の余裕とは
でも、この「言わない」という選択は、決して消極的なものではありません。むしろ、これこそが大人の余裕だと僕は思っています。
自分が良いと思うことを実践し、その結果を静かに享受する。無理に人に勧めることなく、でも求められれば喜んで経験をシェアする。この距離感が、50代の僕たちには丁度いいのかもしれません。
実際、先日職場で「何か運動してる?」と聞かれた時は、さらっと「家で軽く筋トレをしている」と答えました。相手が興味を示せば詳しく話すつもりでしたが、「へえ、すごいね」で終わりました。それでいいんです。
内面の変化
筋トレを続けていて気づいたのは、体の変化以上に心の変化が大きいということです。
「今日も腕立て伏せを20回できた」「先月より1回多くできるようになった」という小さな達成感の積み重ねが、日常生活全体に自信を与えてくれます。
仕事で困難な局面に直面した時も、「筋トレを半年続けられた僕なら、この問題も解決できるはず」と思えるようになりました。これは決して大げさな話ではありません。継続する力を身につけたことで、他の分野でも粘り強さが増したように感じています。
家族との関係性
家では妻や息子に筋トレのことを特別話すことはありません。彼らは筋トレに興味がないし、それでまったく問題ないと思っています。
ただ、妻から「最近元気そうね」「姿勢が良くなった?」と言われることが増えました。直接的に筋トレの効果を口にすることはありませんが、きっと何かしら違いを感じ取ってくれているのでしょう。
息子とも、以前より会話が弾むような気がします。体調が良いと気持ちも前向きになり、自然と家族との時間も充実するのかもしれません。
静かな自己満足
「ギャップ」を感じる瞬間は他にもあります。
エレベーターが混雑している時、僕は迷わず階段を使います。重い資料を会議室に運ぶ時も、以前ほど億劫に感じません。電車で立っている時の疲労感も、明らかに軽減されています。
これらは他人から見ればごく些細なことかもしれません。でも僕にとっては、日々の生活を支える大きな変化です。そして、この変化を誰かに認めてもらう必要はありません。自分自身が一番よく分かっているからです。
継続の秘訣
筋トレを続けられている理由の一つは、期待値を適切に設定していることだと思います。
僕の目標は「ムキムキになること」ではありません。「今の健康状態を維持し、できれば少しずつ向上させること」です。腕立て伏せは今も20回程度、スクワットは30回程度。決して驚くような数字ではありませんが、50代の僕には十分です。
週に3〜4回、1回15分程度。朝起きてすぐ、まだ家族が寝ている静かな時間に行います。特別な器具は使わず、畳一畳分のスペースがあれば十分。このシンプルさが、継続の鍵になっています。
同世代への想い
同僚たちの「疲れやすい」「体力が落ちた」という話を聞く度に、内心では「筋トレ、おすすめなんだけどな」と思います。でも、それを口に出すことはありません。
なぜなら、筋トレを始めるかどうかは、とても個人的な決断だからです。僕だって、始めるまでは「面倒だな」「続くかな」と迷いました。その気持ちがよく分かるからこそ、押しつけがましくなりたくないのです。
長期的な視点
50代の今、筋トレを続けている最大の理由は、60代、70代になった時の自分への投資だと考えているからです。
今感じている「ギャップ」は、おそらく年を重ねるにつれて、より顕著になっていくでしょう。階段を楽に上がれること、重い荷物を持てること、疲れにくいこと。これらは将来の自分にとって、かけがえのない財産になるはずです。
大人の余裕の真意

「筋トレのギャップ」を感じながらも、それを声高に主張しない。この姿勢こそが、僕が考える「大人の余裕」です。
自分の選択に自信を持ちながら、他人の選択も尊重する。結果を誇示することなく、静かに継続する。そして、本当に必要とされた時には、惜しみなく経験をシェアする。
筋トレを通じて身につけたのは、筋肉だけではありません。この「余裕」こそが、50代の僕にとって最も価値ある収穫かもしれません。
もしこの記事を読んでくださっている同世代の方で、何かしらの運動を始めようかと迷っている方がいらっしゃったら、僕はそっと背中を押したいと思います。でも、決して急かすことはしません。それもまた、大人の余裕だと思うからです。
今日も僕は、静かに腕立て伏せをします。誰に見せるわけでもなく、誰に自慢するわけでもなく。ただ、明日の自分のために。