なぜ、日本は研究競争力低下をくい止められないのか?
2019年に拙著「科学立国の危機」を上梓した後もデータの分析を続けているのですが、あっという間に時間が経って、気が付けば後期高齢者の仲間入りをしてしまいました。くたばる前に、その続編をなんとか残しておきたいと思い、ブログを書きつつ、本の構想を練ることにしました。一人の判断では間違えることも多々あるので、読者のみなさんからの批判的なコメントなどをいただければ幸いです。
日本が研究競争力低下をくい止められない理由は、エビデンス(科学的根拠)、特に因果推論に基づいた政策が適切になされていないことにあると考えます。「エビデンス(科学的根拠)に基づいた政策」はEBPM(Evidence-based Policy Making)と言われますね。
これは、「なぜ日本は人口減少をくい止められないのか?」という問いかけについてもあてはまります。2025年の春の叙勲で旭日中綬章を受章されたレオナード・J・ショッパ・ジュニア(Leonard J. Schoppa, Jr.)さん(バージニア大学人文科学部政治学科教授)は、2020年の論文「出生率低下に対する日本の政策対応―エビデンスより論理と希望に頼る日本」 (Leonard J. SCHOPPA: The Policy Response to Declining Fertility Rates in Japan: Relying on Logic and Hope Over Evidence. Social Science Japan Journal Vol. 23, No. 1, pp 3–21 2020)で、まさにこのことを指摘しています。
そして、EBPM(因果推論)の重要性は経済政策や教育政策など、すべての政策について当てはまります。日本の政策決定に携わるすべての皆さんに、というよりも、すべての国民の皆さんに、難しい理論や高度な数学的処理は別にして、因果推論の基本的な考え方だけは理解していただきたいと思っています。
私がお世話になっている鈴鹿医療科学大学においても、因果推論を踏まえた打ち手を実施することにより、明らかな教育改善効果(退学率を低下させつつ成績を向上させることなど)を得ることができました。
実は、日本政府はEBPM(因果推論)を重視しており、すでに2018年に内閣府がEBPM(因果推論)に基づいて政策立案をするように指示を出しており、政府内や地方自治体でもその方針に基づいて政策立案がなされているはずです。私も、日本の研究競争力低下を考えるに当たって、日本政府の指示に従ってEBPM(因果推論)にもとづいて分析していきます。
さて、2025年10月21~22日に熊本市の熊本城ホールで第11回RA協議会が開かれ、そこで日本の大学の研究力強化について発表する機会を与えられました。久しぶりに、講演を2つもさせていただき、かなり自分のデータや考えをまとめることができました。
このRA協議会というのは、全国の大学研究推進担当者(URAと言います)の皆さんが毎年1回集まる協議会で、主に研究のマネジメントについての講演や発表が行われます。
「URA」のことをご存じない方もおられると思いますが、University Research Administrator(大学研究推進担当者)の略で、大学や研究機関で研究者の研究活動を戦略的に支援・マネジメントする専門職です。研究資金の獲得支援、プロジェクト管理、研究成果の広報・活用促進、外部連携など、研究活動の周辺業務を担い、 研究者(教員)と事務職員の間に立ち、両者をつなぐ専門職「第三の職種」と位置付けられています。米国のRAをモデルにして、研究大学強化促進事業(22大学対象、2013~22年)などを通じで、文部科学省の主導で普及が進められ、現在、多くの大学で定着した職種になっています。経歴はさまざまですが、過去に研究職に就いていた方が大半です。今年は、231機関832名の皆さんが参加されました。
今回の私の講演の一つ目は「日本の大学の研究力強化を考える」という特別セッションでの発表です。モデレータの皆さんからいただいたサブタイトルは「研究活動の質と量の向上は、国際的な競争力向上の必要十分条件か」という、ちょっとむずかしい問いかけでした。
二つ目の講演は「どうすればTop10%論文を増やすことができるのか?」という、多くの大学関係者や政府関係者が関心をもっていると思われるタイトルの講演です。
二つの講演のスライド枚数は、108+39=147ページになってしまい、このスライドを説明していくだけで1冊の本が書けてしまうな量になっていしまいました。限られた講演の時間で説明することはとても不可能なので、その一部だけを説明しました。
このブログでは、今まで発表させていただいた講演をもとにして、必要に応じて修正も加えながら、日本の研究競争力について説明していこうと思います。
下の図は、今回の熊本での一つ目の講演の「日本の大学の研究力強化を考える」の冒頭のスライドです。
タイトルページの次は、この発表で伝えたいことを示しています。この、情報発信専門委員会特別セッション K-1 「日本の大学の研究力強化を考える "研究活動の質と量の向上は、国際的な競争力向上の必要十分条件か"」では、文部科学省:文部科学省 科学技術・学術政策局 参事官(研究環境担当)総括・交流係長 廣江永氏が「我が国の大学の研究力強化に向けた課題分析に関する調査」について説明され、その後に私が発表しました。
「我が国の大学の研究力強化に向けた課題分析に関する調査」については、文部科学省のウェブサイト大学研究力強化に向けた取組の推進(委託調査) 令和6年度 委託調査報告書:文部科学省で見ることができます。この調査は2025年3月に有限責任監査法人トーマツによって報告されています。海外大学の対象は、THE、QSランキング等を参考に、研究力が高く評価されている大学を中心に、国内大学は、国際卓越研究大学への申請大学を中心に、国立大学・私立大学に対して調査を行い、「ロジックモデル」のどこに力点を置いて改革しているか等を中心に、取組事例の紹介が行われています。つまり、成功事例の取組が紹介されていると考えられます。なお、「ロジックモデル」という言葉については、後で説明します。
これに対して、私の発表では、研究競争力が低下した事例、つまり不成功事例の原因を考察し、前段の成功事例の取組を合わせることで、URAの皆さんのより良いベターな研究マネジメントの参考にしていただこうと考えました。
次のスライドは、論文や学会発表の時の通例ですが、分析方法やデータの入手元を示しています。
豊田は、論文分析では、もっぱらクラリベイト社の文献データベースWeb of Science®およびその分析ツールのるInCites Benchimarking & Analytics®を使っています。もう一つ、よく使われている文献データベースにエルゼビア社のScopus®および分析ツールのSciVal®があります。研究に力を入れている多くの大学では、このどちらかと契約しており、両方を利用できる大学はそれほど多くありません。研究予算の関係から、どちらもそれほど違いはないであろうという推測のもとに、安い方のデータベースに切り替える大学もありますが、ちょっと注意が必要です。
その理由は、データを分析している者からすると、この二つのデータベースおよび分析ツールによる分析結果が、けっこう大きく異なる場合があるからです。また、それぞれのデータベースには特有の”クセ”があります。特に、異なるデータベースから得られた論文指標で大学間の比較をして評価することはきわめて危険です。
幸い私は現時点で両方のデータベースにアクセスが可能ですが、分析のしやすさや、どこまで分析者のやりたい分析ができるかなど、総合的に判断して、もっぱらクラリベイト社のInCites Benchimarking & AnalyticsーWeb of Scienceで分析し、必要に応じてエルゼビア社のSciValーScopusでも確認するようにしています。なお、(独)大学改革支援 学位授与機構が、国立大学法人評価において各大学へ論文分析指標をフィードバックしていますが、この場合はクラリベイト社のWeb of Scienceを使っています。
ちなみに、タイムズ社の世界大学ランキングの論文指標は、当初はWeb of Scienceを使っていましたが、2015年からScopusに変更され、現在に至っています。日本の大学のランキングは芳しくないのですが、このような世界大学ランキングのカラクリについては「科学立国の危機」にも書いておきました。
ちょっと寄り道をしますが、2004年版世界大学ランキングでは、評価指標が大幅に改定され、大学によっては大きな順位の変動が見られました。東大は2023年版ではエントリー大学1799大学中で39位でしたが、2024年版では1904大学中29位に上がり、京大は68位から55位に上がっています。
各種の評価項目の中で大きな部分を占める研究質的指標(Research Quality)も改定され、東大が753位から606位へ、京大が809位から778位に上がっています。しかしながら、日本全体としては、115大学中84大学(73.0%)が前年より順位を落としました。ちなみに、研究質的指標の低下した大学の割合は、韓国5.0%、ドイツ12.8%、カナダ12.9%、中国18.3%、イタリア22.2%、米国25.6%、英国31.4%、インド57.1%、イラン63.2%、フランス65.0%となっており、主要国の中で日本は最悪の数値です。
研究質的指標で1000位以内に入日本の大学は、2004年版でわずかに6大学しかなく、米国147、英国94、韓国15、中国70、イタリア52、ドイツ44、イラン39、インド37、カナダ30、フランス20と、主要国の中でもっとも少ない数値となっています。
また、読者のみなさんは、総合ランキングで100位以内に入っている東大、京大の研究質的指標の順位が、非常に低いことに驚かれるかもしれませんね。なぜ、研究質的指標がこんなに低い順位なのに、総合評価で100位以内に入れたのか、そのカラクリについては、別の機会に説明したいと思います。
話を方法論に戻します。
分析に用いた他の文献データベースとしては、米国国立医学図書館(NLM)が提供する、医学・生命科学分野の文献データベースMEDLINE(メドライン)があり、「PubMed®」というインターネット上で無料公開されている検索システムを通じてアクセスできます。今回の分析では、PubMedで無作為化比較試験(Randomized Controlled Trial: RCT)の論文のIDを抽出し、それをInCites Benchimarking & Analyticsで読み込んでデータセット(dataset)を作り、各種の分析をしています。
論文以外のデータの入手元としては、経済協力開発機構(OECD)が提供する、加盟国やパートナー経済圏の広範な統計データを検索・可視化・ダウンロードできる無料のオンラインデータベース OECD Data Explorer や、日本政府の各府省が公表する統計データを一元的に集約し、誰でも簡単に検索・利用できるようにした「政府統計の総合窓口」e-Stat(イー・スタット)、国立大学法人がウェブサイトで公開しているデータ、文部科学省からの提供データなどです。
文部科学省 科学技術学術政策研究所(NISTEP)のウェブサイトからは、さまざまな科学技術関係の資料や分析結果が入手できます。代表的な資料として、日本を含む世界の科学技術活動を客観的・定量的データに基づいて体系的に把握するための基礎資料である「科学技術指標」がありますね。
また、「科学技術の状況に係る総合的意識調査(NISTEP定点調査)」からのデータも貴重です。NISTEP定点調査とは、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が、日本の科学技術やイノベーション創出の状況を把握するため、産官学の第一線の研究者や有識者を対象に、毎年同じ質問を繰り返し行う継続的な意識調査です。通常の統計では見えにくい研究費の使いやすさ、基礎研究の状況、研究者の働きがいなどの定性的な変化や課題、トレンドを捉えることを目的としており、特に、その自由記載のデータベースからは研究現場におけるリアルな情報が得られます。
データ入手元の説明でも、ずいぶんとスペースを費やしてしまいました。実際の講演では「データの入手先はスライドに示す通りです」の一言で済ませています。いったんここで区切って、次回のブログに回すことにします。