★『ダ・ヴィンチの罠 隠し玉』からのつづきです!
似て非なる言葉なれど『隠し玉』より決定力がありそうな「切り札」について考えてみることにしましょう。
裁判と聞くと、何故かダ・ヴィンチの側が訴えられたように思いますが裁判を起こしたのはどちらからという明確な資料(データ)はありませんが、小生が考えるにデ・プレディス兄弟側からの提訴(訴求)ではなかったかと思われます。
と言うのも、
教会側はダ・ヴィンチとデ・プレディス兄弟に対しての報酬として、あり得ないほど低い金額を提示してきたからです。
それは要求した報酬額の12分の1でしかない金額でした。
そのことに激怒したプレディス兄弟は「払わないなら、どこか別の資産家に高額で売り払ってやる」と息巻いたとのことで、ここにミラノ宮廷が仲介に入りることになり、陪審委員会が設置されましたが解決に至らずそれからさらに13年が経過します。
結局のところ、『岩窟の聖母』の請求金額は満足のいくものではなく、作品は撤去され転売されることになりました。
撤去とは言っても、現在ロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されているロンドン版とは異なり、納品予定であったルーブル版は結局のところ、ただの一度も礼拝堂に飾られることはなかったのでした。
パリ・ルーブル版の最初期の確実なる記録は1625年で、フランスの王室コレクションとなっていますが、それよりも以前にフランスにおいて誰かが所有していたと考えられています。
その最も信憑性の高い解釈によると、この作品は1483-1486年の間に制作されたもののミラノの注文主の満足を得ることができず、結果的に、フランス王のルイ12世が1500-1503年頃に取得したものと考えられているようです。
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フランス国王 ルイ12世 ja.wikipedia.org
受け取りを拒否されたり、代金の未払いなどは、日常的な出来事で、ダ・ヴィンチにとってはもう慣れっこ状態でしたが、プレディス兄弟はそうではありませんでした。
ですから、彼ら兄弟が憤りを通り越し、怒りにまかせて裁判を起こしたことは十二分に考えられる状況だったわけです。
ここで、祭壇画の契約から裁判に至るまでの経緯や過程を振り返ってみましょう。
1483年4月、レオナルド・ダ・ヴィンチと、エヴァンジェリスタ、ジョヴァンニ・アンブロージオのブレディス兄弟は、サン・フランチェスコ・グランデ教会の無原罪の御宿り礼拝堂に飾る祭壇画の制作契約を結びました。
この契約には、彫刻への金箔と彩色、そして3点の絵画の提供が含まれ、1483年12月8日までの完成が求められていました。
しかし、完成したルーブル版の絵は、教会の希望する内容とは異なっていたため、契約違反として裁判になってしまいました。
その際、パリのルーブル版は別の買い手に売却され、後にロンドンのナショナルギャラリー版が新たに制作されて教会に納められたとされていますが、売却と相前後して第3の『岩窟の聖母』の制作に取り掛かったものと小生は推理しているわけです。

ちなみに、
ロンドン・ナショナルギャラリー版は、ダ・ヴィンチの工房内で、主にブレディス兄弟が主導して描かれたと考えられています。
この裁判は予想外に長引き、最終的には1508年に和解が成立しましたが、教会にロンドン版が納められるまでには、1483年の契約から実に20年以上(契約から和解まで、およそ25年)もかかってしまったのでした。
さて、
2つのほぼ同じ構図の『岩窟の聖母』が、パリのルーブル美術館とロンドンのナショナルギャラリーにあることは周知の事実ですが、ここに3枚目となる第3の『岩窟の聖母』が登場したことで、さらなる混乱に拍車がかかり「謎」が余計に助長されます。
パリとロンドンの2点のうちどちらが先に制作されたかについて、今だに議論が続いているのは、制作依頼とかかわりのある日付の資料は残っていても祭壇画の制作時期における詳細が不明で、信頼に足る資料がないことが主たる要因です。
ところで、
聖母マリアと幼児のイエスを礼拝する洗礼者ヨハネというテーマは、ルネサンス期のフィレンツェ美術ではよく見かける構成でしたが、ミラノのそれもフランチェスコ会の教会の礼拝堂に飾るには少なからざる問題を派生させます。
一般的にルーブル版での構図(構成)は、向かって左側の位置にいる聖母マリアの傍らで合掌しているのが幼い洗礼者ヨハネで、そのヨハネを大天使ウリエルが右手で指さし、傍ら(向かって右側の一番低い位置)から祝福のサインを送っているのが幼いイエスであるとされていますが、それこそがダ・ヴィンチの思う壺で彼の意図は明白です。
イエスの両親である聖母マリアと養父のヨセフが、ヘロデ大王の幼児虐殺からイエスを救うためにエジプトへ逃げた物語は、『マタイによる福音書』に記されていますが、ダ・ヴィンチは、この逸話を利用します。
「エジプトへの逃避行」アルブレヒト・デューラー画
養父ヨセフは天使の夢のお告げにより、夜中にマリアとイエスを連れてエジプトへと旅立ちます。
エジプト到着後、大天使ウリエルがベツレヘムから救い出した洗礼者ヨハネとともに聖家族に合流するという画題は、ルネサンス期に多くの画家によって描かれました。
この聖書の中の逸話が「罠」のコマセであって、そうした画題(構成)であると思い込ませることで、教会側の意向を無視(独断的な構図を採用)した問題を回避しようと画策していたのです。
現代においても、「レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な作品『岩窟の聖母』は、この『マタイによる福音書』の場面を描いたものです」などと言って憚らない専門家と称する輩たちがいますが、彼らこそが「罠」に踊らされている張本人たちなのです。
それならば、なにゆえに幼い洗礼者ヨハネとイエスの判別がつかないような描き方をしているのでしょうか?
ロンドンのナショナルギャラリー版の如くに、洗礼者ヨハネには彼を特定させる持ち物(アトリビュート)を描くことで、事は十分に足りたはずです。
にもかかわらず2人の幼子(ヨハネとイエス)は、同様(同等)に強調されて描かれているだけで、どちらが誰なのかの判断がつかず判然としません。
神聖なる受胎から生まれた(どちらも天使によって懐妊を告げられた)2人の幼子の出会いは、本来ならば伝統的な砂漠を背景とするはずですが、ここでは洞窟と岩、水や植物からなる超自然的な背景で構成されています。
以前から解説しているとおり右側の幼子が座る絶壁の淵のように見える場所には泉が湧いています。
パリ・ルーブル版とロンドン・ナショナルギャラリー版を比較して見ましょう!

『岩窟の聖母』パリ・ルーブル版 & ロンドン・ナショナルギャラリー版
ルーブル版では水の存在が確認できますが、ロンドン版は完全に干上がった絶壁状態です。
つまり、最初に描いたルーブル版は「イエスの洗礼」の場面の予型なのです。
その傍証としては、師匠ヴェロッキオの手伝いで向かって左側にいる天使を描いた『キリストの洗礼』でのキリスト(イエス)の仕草にあります。
彼(イエス・キリスト)は合掌して洗礼者ヨハからの洗礼を授かっています。
大天使ウリエルが指をさし示しているのには、そうした意味合いもあるのです。
「罠」の細工は他にもあって右側の幼子を取り巻く植物(トリカブト、シュロの葉、アヤメ)などはイエスの受難を予兆させる象徴的な植物で、彼が幼いイエスであると誤認させるための仕掛けはどこまでも緻密(錯覚を誘引・誘発させるためのコマセの役割)で、執拗なることこの上もありません。
このルーブル版はスフマート技法を使った作品のなかでも非常に完成度の高い作品として評価されているようで、ピラミッド型の幾何学的な構図の中に凝縮されている人物配置は彼らの動きを束縛することがないばかりか、彼らの仕草に備わった綿密な「罠」を組み立てています。
絵画的に言えば、重なり合う手や微妙に交差し合う視線は、肌の起伏を弱めることなく輪郭を自然にぼかす拡散した光によって、新たな力強さが引き出されているのです。
人物たちの自然な仕草や鉱物ばかりが際立つ風景(背景)の存在感は、当時の祭壇画に見られる儀式ばった姿勢や騙し絵的な建造物と比べると、実に革新的であると言えるでしょうね!
ここで、話は少し変わりますが、当初『岩窟の聖母』の納品については、12月8日が指定されていました。
これは無原罪の御宿りの祝日が12月8日であったためだと考えられます。
さらに『岩窟の聖母』の制作依頼がなされた1483年は、ローマ教皇シクストゥス4世が無原罪の御宿りの教義を受け入れないものはカトリックから破門すると脅した年でもあったわけです。
この祭壇画の制作に関して言えば、数年前の「システィーナ礼拝堂」の建立の際の装飾要員としてローマに招聘されなかったダ・ヴィンチの逆恨みの気持ちや意趣返しの要素が一切なかったのかと問われれば、100%なかったとは言い切れないのかもしれませんね。
いずれにしても、そのあたりの心情も含め、『岩窟の聖母』の制作依頼の内幕に迫った10年ほど前の記事『ダ・ヴィンチの罠 想定外』を参照してみてください。
なお、画像の大部分が消失してしまいましたが、テキストだけでも参考になるはずですので、『ダ・ヴィンチの罠 キメラ』も参照してみてください。
2012年に来日した第3の『岩窟の聖母』個人蔵
ところで、
ダ・ヴィンチが「罠」を仕掛ける時の方法を見てみると、いくつかの法則があることに気づきます。
そのひとつは、カウボーイの「追跡逃れ」などでよく見かける「足跡隠し」や偽の「足跡づくり」です。
要は、「ひっかけ」工作ですかね!?
こうして、ここまで書いてみて ・・・
何か、ただ単にずるずると冗長とした内容の記事がしたためられて行くだけのような気がしてきました。

切り札として最強の「スペードのエース」mi-ej.com

『岩窟の聖母』ルーブル版での天使の爪先
『切り札』というタイトルでここまで筆を進めてきたのですが ・・・
書こうか、書くまいか、あれこれ悩んだ末に、結局、書くことに決めました。
九分通り(九分九厘)仕上がっていたブログの投稿記事が、ちょっとしたミスで消えてしまったのです。
慣れない「はてなブログ」の仕様に戸惑いながらも悪戦苦闘している最中に、ついうっかりと右肘がマウスに触れてしまったのです。
その瞬間、チッという音とともに画面に複数のタスクが表示され、元の状態に戻せなくなってしまいました。
正確に言えば、元の画面に戻せたのだろうけど、戻し方がわからずにあれこれと試行錯誤を繰り返すうちに収拾のつかない状況となってしまい、やむなくそこからの離脱を決意(記事が消えてしまうことを覚悟)しました。
それが10日の土曜の夜のことで、以来、ショックと喪失感に苛まれているのです。
それと言うのも、「切り札」となり得る「罠」の伏線回収に関連する抜群のアイデアと閃きにも似た見事なる解説(自画自賛)がそこに綴られていたのですが、それがどうしても思い出せずに再現できない状態に置かれています。
あれから6日が経過し、いかんせん間隔が開きすぎてしまったために諦めともつかない心境の中で、皮肉にも『切り札』というタイトルの記事をアップしようとしているところですが、前述したように、ただ、だらだらと冗長とした記事になるだけで復活(再現)できないのです。
むむむ! 確かに皮肉というか、不憫だよな!? 
この男は、まったく、何も、わかってませんな!
不憫は自分より年下や目下に用いる言葉じゃ! 

目上の人に対して使うとは失礼よね!?

そうじゃ、それ相応の配慮と注意が必要じゃな!

「切り札」が「奥の手」になったようなものね!

「奥の手」って「隠し玉」じゃなかったの!?

「奥の手」としての「隠し玉」(元気玉)は、バカにはできんぞ!?
ホンマかいな!?

「しょぼくれ玉」でなきゃいいけど! う~む (^▽^;)(^^ゞ 
「核の冬の証拠はない」 gigazine.netは
… to be continued !!
「聖書は神の言葉ですか」 www.jw.org

ティラノサウルス・レックス(Tyrannosaurus rex)
「元気玉」 (Spirit Ball) booth.pm
「夜空の天の川を背景に岩の上に立つ人」(Getty Images) forbesjapan.com 
宇宙に存在するのは、本当に地球人だけなのだろうか(Getty Images)forbesjapan.com 
コンタクト (Credit- Kendall Hoopes from Pexels)sorae.info 
「なんだかなぁ!」 gigazine.net & spaceshipearth.jp
『最後の晩餐』ヨハネ 『岩窟の聖母』マリア
マグダラのマリア 
「炸裂する元気玉」 lineup.toei-anim.co.jp

★ ダ・ヴィンチの推理は続きます。
ホンマでっか!?

期待するしかないか! う~む (^▽^;)(^^ゞ










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