
はじめに
2025年の終わりが近づいて、月が12月から1月に切り替わろうとしている今思うことを。
社会に出て数年間過ごしてみると、下記のような催し物が非常に多いことに気づくのです。
・1ヶ月ごとに行われる定例会
・毎年同じような季節に行われるイベント
・企業や商店の「創業◯周年祭」
要は「何かを基準点として、その基準点から一定の期間が経過したから催し物をする」ということが、世の中にあふれているのです。
時間は状態の変化を示すパラメーターに過ぎない
よくよく考えてみると「1ヶ月経ったから何かやる」「1年経ったから何かやる」というのは、活動の動機としては不自然に思えます。
太陽が東から顔を出して西に沈むのを30回程度繰り返しただけなのに、それを根拠に何かやろうというのです。
セシウム133の原子の動きによって定義される1秒を60回繰り返したら分、分を60回繰り返したら1時間、1時間を24回繰り返したら1日、そして1日を30回程度、365回程度繰り返したら、それを「1ヶ月」とか「1年」といった区切り(何か意味のありそうな単位)として定義して、区切りが良いから何かやろう、というのです。
自然界から見れば、人間の「太陽が30回程度顔を出したから何かやる」「1秒を60回*60回*24回*365回繰り返したから何かやる」というのは、不思議で不可解なのです。
時間は状態の変化を示すパラメーターに過ぎず、太陽が東から顔を出して西に沈むのを繰り返しても何か意味があるわけでもありません。
ところが人間はその状態変化に「1ヶ月」とか「1年」といった区切り(何か意味のありそうな単位)を定義して、区切りが良いから何かやろう、というのです。
中身のない定例会議
かつて私が勤めていた職場で、それまで定例会議の文化が無かったのに「1ヶ月に1回はチーム全員の顔合わせをしよう」ということで定例会議を始めた部署がありました。
最初は活気に溢れているのですが、何度も会議を繰り返すうちに「なんとなく集まっているだけで中身の無い会議」になってしまうのですよね。
前回の会議以降に起きた事象や、今後行うイベントの周知などがテンプレート化された形式で報告されるだけで、あとは役職が高めで声の大きな人が思いつくままに言いたいことを行って終わり。
会議というのは多くの参加者のスケジュールの同期を取る手間がかかるので「本当に集まる必要がある緊急性の高いときだけやる」のが原則だと思うのですが、世の中では「なんとなく1ヶ月ごとに定例会議」をしている職場が多いですね。
経済活動の限界
世の中の企業や商店は「創業からちょうど◯年経って区切りが良い」という理由で商品の安売りをしたりします。
また、クリスマスやバレンタインデーやブラックフライデーといった「毎年同じ時期にある事柄」を理由に商品の安売りをしたりします。
キリスト教徒でもない消費者がクリスマス商戦で買い物をしたり、キリスト教に関連性の無い商品を買い求めたりするのです。
そんな光景を世界の至る所で繰り返し眺めていると、ふと思うのです。
「もしかして消費者にカネを落としてもらう経済活動に限界が来ているのでは」と。
経済活動はどんな分野であれ、基本は消費者のニーズ(需要)に対して生産者が商品やサービスを供給し、消費者から生産者へカネを対価として支払うことで成り立ちます。
消費者のニーズがしぼめば経済活動は成り立たず、企業や商店は経営が立ち行かなくなります。
そして今は消費者のニーズがしぼんでいる状態で、企業や商店が創業祭だのクリスマス商戦だのと理由をつけて無理矢理「消費者のニーズを創出する」しか打つ手がなくなっているのでは、と思うのです。
おそらく創業祭とかクリスマス商戦とかの特別なセールを一切やらずに通常営業をするだけになった途端、破綻する企業や商店は多いのでは、と。
特別なセール、特別なイベントをやらずに日々ルーチンワークをこなすだけの方が従業員の負担は少ないのに、それだけだと破綻してしまうから無理して特別なことをしている職場が多いのだろうなと思うのです。
最後に
この記事を読んだあなたの周りで
・月ごとに何かやる
・年ごとに何かやる
・◯周年だから何かやる
という根拠に基づいて活動していることはありませんか?
そしてその活動は、本当に必要なことですか?
「ただ区切りがいいから」というだけだったりしませんか?
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