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住友陽文 @akisumitomo

戦前の日本人はみな愛国的であったか。大阪市内の自宅で玉音放送を聞き終わった田辺聖子(1928年生)は自分の家族が「やれやれ、ホッホ」「大阪へ戻って商売せな」というのを聞いて、その日の夜に、天皇のために「玉砕」するはずではなかったかと、大人たちの豹変ぶりに怒りを覚える日記を書いている。

2025-08-15 19:06:26
住友陽文 @akisumitomo

黒澤明(1910年生)は砧の撮影所で玉音放送を聞くために向かっていると、祖師谷の商店街は「まさに一億玉砕を覚悟した、あわただしい気配で、日本刀を持ち出し、その鞘を払って、抜き身の刃をじっと眺めている商家の主人もいた」が、放送後の様子は「まるで空気が一変」、「浮き浮き」だったと回想。

2025-08-15 19:09:25
住友陽文 @akisumitomo

大人ほど、「八月十五日」の正午の前と後での豹変ぶりが激しかったのだ。強烈な愛国心を内面化していたなら、こうはならなかったのではないか。むしろ「愛国的」に見えた態度や発言は面従腹背の結果だったのではないか。そういう意味で敗戦までの日本人にとって国家権力はどこまでも外的存在だった。

2025-08-15 19:10:15
住友陽文 @akisumitomo

日本近世史家の朝尾直弘(1931年生)は「八月十五日」当日、玉音放送は「本土決戦」を呼びかける内容だから、その命令が下ったら「おまえは覚悟し」て母と妹をあやめ「自決」せよと父から連絡をもらっていた。母と妹はそんなことも知らず、朝から香櫨園の浜で海水浴。もちろん歴史の通り母と妹は無事。

2025-08-15 20:59:17
住友陽文 @akisumitomo

14歳の自分の息子に、自分の妻と娘を殺せと命じるなんて想像もできない。そんなことを父から言われる子供の気持ちも想像できない。そしてどちらにも「国のために」という契機は見られず、あるのはいかに自分の家族が残酷に死なないかその方策を講じるという観点だけ。どこにも愛国的な動機はない。

2025-08-15 21:00:08
住友陽文 @akisumitomo

むしろ1945年8月15日の国民は、政府からも突き放され、天皇からも置いてけぼりをくらい、その日どう身を処するかは国民一人ひとりに丸投げされ、国民の側もそうするしかなく、関心の中心は国家ではなく家族であった。80年前の今日の出来事は、今の国民の多くは知らない。

2025-08-15 21:03:01
住友陽文 @akisumitomo

以上の典拠は以下の通り。田辺聖子『田辺聖子 十八歳の日の記録』(文藝春秋 2021年)、黒澤明『蝦蟇の油』(岩波書店 1984年)、水本邦彦・岩城卓二「朝尾直弘氏に聞く」(『日本史研究』613号 2013年9月)。拙著『国体とデモクラシー:密造される共和主義』(有志舎 2024年)序章参照。

2025-08-15 21:07:46
住友陽文 @akisumitomo

HISTORIAN 歴史学者(日本近現代史)、MUSIC LOVER、大阪公立大学教員。新刊著書『国体とデモクラシー:密造される共和主義』(有志舎)、林尚之との共編著『近代のための君主制』(OMUP)、小路田泰直・岡田知弘・田中希生と共編著『核の世紀』(東京堂出版)、単著『皇国日本のデモクラシー』(有志舎)などあり。

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終戦の日と豹変

Yasmin Amanita @YasminObsidiana

@akisumitomo 私の母方の伯父は戦争末期に徴兵されましたが、赤紙の配達員が帰った途端に「俺は天皇陛下のために死ぬなんて嫌だ!」と叫んで家族を慌てさせました。遠方の港に近い部隊に配属されましたが玉音放送を聞くなり、解散命令も待たずにサッサと帰って来てしまい、家族はびっくり。→

2025-08-16 07:03:27
Yasmin Amanita @YasminObsidiana

@akisumitomo 間も無く出頭命令が来て、さすがに恐る恐る戻ったら配給品の毛布を貰っただけで帰されたそうです。

2025-08-16 07:03:49
闘ふラーメン屋 @tatakauraamenya

@akisumitomo 終戦当時15歳で「女子挺身隊」として軍需工場で特攻機の燃料タンク作ってた母は敗戦を知った瞬間「ホッッッッとした」ゆーてましたね。 徹夜操業当たり前に有ったそうだし。

2025-08-16 07:54:21
Sakai gakoh @MasahiroSakai7

@akisumitomo ぼくの亡父は、繰り上げで師範学校を卒業させられ、内地勤務で飛行場整備のもっこ担ぎをさせられていたそうだが、玉音放送を聴いて「あぁ、終わった、終わった」と言って下士官に殴られたそうです。自分の父らしい逸話で、ぼくはそんな父を誇りに思っている。

2025-08-15 21:08:18
猫乃あしあと @q9Us7t9T8

@akisumitomo 戦火の名古屋の中心地を何度も焼け出されて逃げ惑いながら命からがら家族と生きながらえた主婦たちは 玉音放送の後、とにかく終わったもう灯火管制(明かりに黒布をかけて隠す)もしなくていい焼夷弾も落ちてこないゆっくり眠れるだろう、と何よりもほっとしたと本人達(全て故人)から聞きました。

2025-08-16 12:15:33
技師 @tknswgiken

戦前のというか、今のネット民と比べてペルソナの切り替えが上手い人達が生き残ってた感じ。 我が家だって、ラジオで玉音放送を聴きさめざめとひと泣きしたら『さて、田見てくるか』と仕事に戻ったとか。 仕事中やぞ。 x.com/akisumitomo/st…

2025-08-15 23:05:44
ひゅーひゅー @FVuILhnEXB30842

@akisumitomo 空襲で死の恐怖が現実にあれば本能的に止めて欲しいと思うのではないですかね。敗北必至で深沢七郎も早く負けろと思ってたと言ってました。

2025-08-16 09:54:56
佐藤宏 @4FzsG6k0QcrdFME

村上春樹の『ノルウェイの森』で、あれだけ激しく学生運動をしてた連中が就活の時期になると小綺麗なカッコで就活してるのを見て怒ってたがそれに似てる。幕末は攘夷といいながら維新後はケロッと開明派となった連中が多いのとも似てる。 x.com/akisumitomo/st…

2025-08-15 21:12:02

天皇陛下の言葉によって心を切り替えることができたのでは

うんにゃ @anya_hanya

@akisumitomo 豹変と言うと聞こえが悪いが、天皇陛下の言葉によって国民が心を切り替えることができたとも言える。近年の多くの戦争では大局が決した後もゲリラやテロでの抵抗が続き、徒に人々が傷付き続けているのは悲しいこと。

2025-08-16 10:18:41
かさかさたろう@RICE @the_ezweb

@akisumitomo 当時の空気というのは当時生きていた人にしか分からないでしょうが、想像することは出来ます。 当時の人々が最も恐れていたのは「治安維持法」と「不敬罪」であり、また、特高警察への「密告」。 その政治の中心たる天皇が「国家敗北」を宣言したことで、全てが終わったと思ったのでしょうか。

2025-08-16 02:52:29

同調圧力の強さ

kishu_moon @newcolonawar

それは大阪という日本有数の豊かな街の話。それも文人排出家庭。 よその地方では別。 x.com/akisumitomo/st…

2025-08-16 11:45:31
作成・編集
Togetter編集部

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