tn3のブログ

野村忠央です

64. 清水重好、一橋治済、斎藤十郎兵衛

 以前、43. 池波正太郎『剣客商売』、田沼意次、大石慎三郎、一橋治済 - tn3のブログ で一橋治済の黒幕的側面について記したが、12月7日に放送された大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第47回「饅頭こわい」は驚きの展開だった。すなわち、前回終わりで、将軍家斉(城桧吏)の父として権勢を誇る一橋治済(生田斗真)を討とうとする陰謀を企てるが、実はその陰謀が漏れていて、逆にそれを察知していた治済によって、大崎(映美くらら)が毒饅頭で命を落とす。しかし、今回、松平定信(井上祐貴)、長谷川平蔵宣以(中村隼人)、蔦重(横浜流星)らの静かな敵討ちが成功し、治済が抹茶に入れられた睡眠薬で眠らされ、治済と瓜二つの能役者斎藤十郎兵衛(生田斗真二役)が入れ替わられ、治済は阿波の孤島へと流されてしまう。*1

 斎藤十郎兵衛は阿波徳島藩の蜂須賀家の能役者で東洲斎写楽と同一人物との噂がある人物だが、そのことへの言及は最終回であるのか。しかし、本作の写楽はそのような描かれ方をしていないので、きっと出てこないだろう。

 私が思ったことは、娯楽ドラマとしてドラマ性があり良かったが、影響がある大河ドラマとして、若い人や子供たちが本回の内容を史実と思ってしまわないだろうかということであった。同様に、当たり前だが、蔦屋重三郎寛政の改革で出版を規制した元老中の松平定信と親しく会うはずもない。*2だが、田沼意次渡辺謙)と比して悪く描いてきた定信を、最後は主人公の蔦重と仲直りさせるために、また、このドラマの中で唯一、権勢を恣にし、傀儡師として人々を操ってきた治済に鉄槌を加えることを、すなわち、視聴者にもカタルシスが必要だという選択を、脚本家森下佳子(1971-)は選んだということであろうか。

 最後に、今回の茶室の陰謀を実行したのは御三卿の清水重好(落合モトキ)であった。ドラマで初めて重好が活躍するのを見た気がする。*3四代将軍家綱の後は弟の綱吉が五代将軍を継いだ。私は御三卿清水家の祖徳川重好のことをあまり知らないのだが、十代将軍家治の嫡子家基が亡くなった時、どうして家治の弟の重好は候補にならず、一橋治済の子豊千代(後の家斉)が候補になったのであろうか。恐らく年齢の問題であろうか。*4ちなみに、一橋治済(一橋宗尹の子)、清水重好(徳川家重の子)、松平定信田安宗武の子)は全て従兄弟同士である。*5

*1:生田斗真1984-)は今回の治済の演技で注目されたのではないだろうか。
 なお、オープニングの主演者の最後に名前が登場する俳優を「トメ」と言ったりするが、お笑いグループネプチューンの一員である原田泰造(1970-)や俳優高橋克実(1961-)は大河ドラマのトメとなったことを感慨深く思っているのではないだろうか。本作『べらぼう』では石坂浩二(1941-)や渡辺健(1959-)、里見浩太朗(1936-)などがトメになっているのだから。

*2:また、本作では老中松平定信火付盗賊改方長官長谷川平蔵の関係もよく描かれているが、石川島人足寄場の設立に尽力した平蔵のことを、定信が自伝『宇下人言』で「長谷川何がし」と記していることは有名なことである。清廉潔白な定信は放蕩無頼の平蔵が人間的に好きになれなかったのであろうと思う。

*3:清水家は田安家、一橋家と比して残念ながら幕末まで活躍しない。初代重好以降の次の有名人は第六代当主の清水昭武であろう。『青天を衝け』(2021)では板垣李光人(2002)が演じていたが、パリ万国博覧会に兄十五代将軍慶喜の名代として参加した人である。

*4:七代将軍家継がわずか満6歳で亡くなった時も、あまり知られていないことだと思うが、六代将軍家宣の弟(家継の叔父)で越智松平家の祖である松平清武という人がいた。但し、33歳の吉宗と比べてかなり老齢だったはずである。

*5:つまり、九代将軍徳川家重御三卿の祖田安宗武、一橋宗尹は全て八代将軍吉宗の子で兄弟である。

63. 『水戸黄門』第2部第33話「お犬さま罷り通る」(1971年)

 TBSナショナル劇場の『水戸黄門』シリーズで光圀が柳沢吉保山形勲)と対峙する回は何度もあったが、私が一番心に残るのは第2部第33話「お犬さま罷り通る」(1971)である。

 シリーズの事件を解決して、水戸老公一行が久しぶりに江戸の地に舞い戻るが、民は「生類憐みの令」に苦しんでいた。そこで魚屋兄妹と知り合うが、兄が成り行きで野良犬を殺し、あわや死罪となりかける。また、それを助けようとした助さん(杉良太郎)もピンチに陥る。*1光圀(東野英治郎)はその死んだ犬を毛皮にし、将軍綱吉(清川新吾)に贈る。*2柳沢吉保も綱吉の生母桂昌院もこれはしめたと思い、水戸老公乱心として綱吉の後継ぎ問題などで煙たい光圀を厳しく処断せよと強く綱吉に迫る。

 しかし、綱吉は御三家同席の下で、余が直々に水戸老公を詮議すると述べ、尾張中納言紀伊大納言、前中納言水戸光圀、水戸中将を登城させる。*3光圀は裃姿で切腹の覚悟で綱吉に諫言し、本来、名君であった綱吉も余が不明であったと光圀に詫びる。*4

 綱吉の本来の動物愛護の気持ちが犬を殺すと死罪にまでなってしまったことを「美濃殿(=柳沢吉保)の行き過ぎ」と述べ、特定の一人の家臣だけを重用せず、我ら御三家を含め、上様には家臣はたくさんおられるのだから、広く意見を聞くべきと諌める。*5また、このような上様をお諌めする諫言の仕事は本来、尾張殿、紀伊殿、水戸殿の仕事と述べる。

*1:杉良太郎(1944-)の初代助さんが登場するシリーズの最終話でもある。

*2:犬の毛皮を綱吉に贈る話は小さい頃に読んだまんが日本の歴史の『水戸黄門』にも載っていた有名な、史実でそうあって欲しいエピソードだが、『水戸黄門漫遊記』の創作であり、肥前小城藩主鍋島元武宛ての手紙に生類憐れみの令のことを記した程度である。綱吉は家康の曾孫、光圀は家康の孫だが、御三家といえど、将軍家の家臣である。

*3:尾張中納言徳川綱誠紀伊大納言は徳川光貞、水戸中将は徳川綱條に当たると考えられる。綱條(柳生博)も当初、父光圀が乱心したと考える。

*4:昨年であったか、テレビ番組で東大生が選ぶ偉人の中に徳川綱吉が入っていて、今の学生は綱吉を動物愛護や儒教の教えを広め、武断政治から文治政治を推し進めた将軍だと理解していて、最近の日本史教育の成果なのか、正直、驚いた。
 徳川綱吉柳沢吉保の、一般人が持つ(歴史的)評価、印象についての一つの不運は、私のような『水戸黄門』や『忠臣蔵』が好きな日本人には綱吉は敵役を演じるように設定されていることであろう。柳沢氏は、後の田沼意次など江戸幕府の為政者が失脚するとほぼ不幸な最後を迎えたことを考えると、武蔵川越藩7万石→甲府藩15万石→大和国郡山藩15万石のまま幕末を迎え、明治維新以降は伯爵に叙せられたのであるから、江戸時代に側用人、老中、大老格に成り上がった武士の中では幸福な氏族である。

*5:吉保は光圀に諭されても最後まで苦虫を噛み潰した顔のまま光圀に頭を下げない。さすが山形勲(1915-1996)の柳沢吉保である。

62. 追悼 仲代達矢

 先日、俳優の仲代達矢(1932-2025)が亡くなった。92歳だったが、上半期に『徹子の部屋』にも出ていたので、まだ元気だと思っていた。

 黒澤映画の常連だったが、私の世代には『乱』(1985)が最初の頃の記憶だろうか。しかし、それがもう40年前とは。当時、「これがアキラ・クロサワのライフワークだ」というコマーシャルが毎日、放映されていたが、アカデミー賞などの賞は(ノミネートはかなりの数されたが)あまり受賞しなかったイメージがある。*1

 それを考えると、その一つ前の『影武者』(1980)はパルム・ドールを受賞したけれども、批評家の目にもわかりやすかったであろうか。信玄の影武者を演じざるを得なかった泥棒の運命と悲哀が上手く描かれていた。*2同時期の映画として、『二百三高地』(1980)もさだまさし(1952-)の主題歌『防人の歌』と共に記憶がある。自身の息子を含め、数多くの戦死者を出した旅順の戦いの辛い報告を明治天皇三船敏郎)と昭憲皇太后松尾嘉代)の前でするが、乃木希典仲代達矢)は泣き崩れる。伊藤博文森繁久弥)や児玉源太郎丹波哲郎)が乃木の第三軍司令長官解任を要求したのに対し、それを認めなかった明治天皇は三船のような人であったのであろうかと思わせる。

 大河ドラマは古い世代の方は『新・平家物語』(1972)の平清盛役を思い浮かべるであろうが、私には『秀吉』(1996)の千利休役、『風林火山』(2007)の武田信虎役が思い浮かぶ。*3最後、見たのは藤沢周平原作の『帰郷』(2020)であろうか。

 最後に、仲代の仕事として無名塾を主宰した功績は大きい。隆大介(1957-2021)、*4役所広司(1956-)、若村麻由美(1967-)など味のある俳優を多数、輩出した。無名塾出身の俳優はみんな仲代イズムみたいなものを継承している気がする。仲代の姿はこれからも映画やドラマの映像に残り続けるであろう。

*1:確か、ワダ・エミ(1937-2021)が衣裳デザイン賞を受賞したと思う。

*2:仲代が主演した『影武者』は疑いなく名作だったが、しかし、勝新太郎(1931-97)が演ずる『影武者』、武田信玄も見てみたかった気がする。速報版には勝が演じる信玄の映像が残っている。しかし、弟武田信廉(山﨑努)に近い風貌は仲代であろうか。

*3:大河の珍しい仕事としては、好きな作品だが、『八代将軍吉宗』(1995)のタイトル題字を書いていた。

*4:若い頃は『影武者』の織田信長役、大河ドラマ峠の群像』(1982)の浅野内匠頭役など、重要な役をやっていたが、晩年は不遇だったと思われる。

61.『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(2025年)が残り1ヶ月になって

 今まで大河ドラマで近代以降を描くものを含めて、何回か「今回はあんまり興味ないなあ」という作品があったのだが(途中で観るのをやめたものもあった)、*1今年の『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』は良い意味でそれが裏切られた気がする。すなわち、当初、主人公の蔦屋重三郎に関心が持てなかったが、回を重ねるにつれ、現在にも通ずる当時の出版文化の一端がわかった気がする。また、喜多川歌麿山東京伝大田南畝恋川春町などを歴史上の人物ではなく、初めて我々に近い気持ちで活動している人物として見られた。もちろん、サイドストーリーとして田沼時代や寛政の改革、一橋治済の陰謀などが描かれていたから興味が持てたことを否定しないが、米価を安定させることの難しさや言論を封殺することの危険など、現代に通ずるものが描かれていた。

*1:昔、大橋巨泉(1934-2016)が『巨泉のこんなモノいらない!?』(1987-89)という番組だったか、大河ドラマは戦国時代など同じ人物、同じ内容のことを繰り返して描いているばかりだ、しかし、『山河燃ゆ』(1984、主演:九代目松本幸四郎西田敏行、原作:山崎豊子『二つの祖国』)だけは意味があるという趣旨のことを言っていたと思う。

60. 鈴木健二、『クイズ面白ゼミナール』、『歴史への招待』

 昨年3月に元NHKアナウンサーの鈴木健二(1929-2024)の訃報ニュースが報じられた時、NHK退職後、文化施設の館長をしていたことまでは知っていたが、正直、「まだ生きていたんだ」というのがまずもっての感想だった。享年95歳だった。

 このブログでは日曜日夜8時からの大河ドラマのことを多く記しているが、小さい頃、その前の時間、午後7時20分から三波伸介(1930-82)司会の『減点パパ』を、*1それが1982年に終わってからは鈴木健二司会の『クイズ面白ゼミナール』を毎週、見ていた。歴史クイズのコーナーもあったのだが、主任教授の鈴木は年号等、実に詳細に暗記していた。どうでも良い記憶を一つ記すと、岡っ引きや同心がよく十手(じって)一つで刀相手の盗賊と戦っていたものだと述べていた。十手術というものがあるが、確かに『銭形平次』とか『伝七捕物帳』とか『右門捕物帳』とかよく敵と戦っていると思う。

 歴史好きとなった子供の自分は同じく鈴木が司会の『歴史への招待』(1978-84)も、小学生だったのでいつもは観れなかったが、時々、観ていた。いろんなトピックの回があったが、これも一つ記すと、忠臣蔵の回で、ゲストの研究者が浅野内匠頭は子供の頃(15歳ぐらい)に勅使饗応役をやっており、青年になった元禄14(1701)年の時に(33歳)、勅使饗応役の儀礼典礼がわからないはずがないという趣旨のことを言っていた。私も子供心にそう思った。

*1:三波が毎回、芸能人のゲストの子供や孫の話を聞いて似顔絵を描き、描き終わると最後に、子供が「お父〜さん」や「お祖父ちゃん」と呼んでゲストが出てくる場面が記憶に残っている。

59. 『剣客商売』「剣の誓約」(1999年)と夏八木勲

 『剣客商売』「剣の誓約」はそれぞれの登場人物が切ないが、『剣客商売』らしい良い話だと思う。秋山大治郎の師嶋岡礼蔵を何人もの俳優が演じているが(木村功、信欣三、林隆三など)、藤田まこと版第2シリーズ第3話「剣の誓約」(1999)で嶋岡を演じた夏八木勲(1939-2013)は池波作品を含め、多くの時代劇に出演した名優である。夏八木はいつも体を鍛え、ストイックに剣の道を生きてきた孤高の剣客嶋岡礼蔵の役どころに合っていたと思う。そして、嶋岡に三度目の決闘の約束をしていた病身の剣客柿本源七郎を東野英心(1942ー2000)が、*1*2その門人で色子である伊藤三弥を若き本宮泰風(1972ー)がそれぞれ演じているが同じく適役であったと思う。人はそれぞれに切ない過去と信義と正義がある。

*1:東野英心は58歳の若さで亡くなってしまったが、私の世代には『ウルトラマンタロウ』(1973ー74)の荒垣修平副隊長役、「あばれはっちゃく」シリーズの父ちゃん役の毎回の名台詞「この馬っ鹿野郎! てめえの馬鹿さ加減にはなあ、父ちゃん情けなくて涙が出てくらあ!」と共に思い出される。
 なお、本作の脚本では柿本は秋山小兵衛に斬られるが、切腹の終わり方の方が柿本の人柄が現れると思う。

*2:織本順吉(1927ー2019)も柿本役を二度演じているが、同じく合っていた。

58. 『国宝』(2025年)雑感

 こんな大ヒットになる前からずっと観に行きたいと思っていた『国宝』をようやく観てきた。作品論を記すエネルギーがないので、雑感のみを。*1

 立花喜久雄の吉沢亮(1994)も花井半弥の横浜流星(1996-)も歌舞伎役者ではないのに、『曽根崎心中』とかあそこまで演じられるんだなと感心した。花井半二郎の渡辺謙(1959-)も『連獅子』の動きは大変だったと思う。歌舞伎役者尾上菊五郎(1942-)の娘である寺島しのぶ(1972-)は花井半二郎の妻役が合っていた。田中泯(1945-)をはじめて観たのが真田広之(1960-)主演『たそがれ清兵衛』(2002)で主人公井口清兵衛が藩命で戦う剣術指南役余吾善右衛門役だったが、今回、人間国宝の小野川万菊の女形役が自然で驚いた。唯一出ていた本当の歌舞伎役者四代目中村鴈治郎(1959-)を久し振りに見た。四代目坂田藤十郎(1931-2020)に風貌が似てきたと感じた。歌舞伎監修もして、歌舞伎として自然に見せるために苦労したのではないかと思う。少年時代の喜久雄役をやった黒川想矢(2009-)は『剣樹抄』(2021)の準主役的な了助役以来だったが、何か人を引き込む華があることを感じた。

*1:一つだけ敢えて記すと、私は3時間なくても良いんじゃないかなと感じた(あっという間に3時間が過ぎたという感想がたくさんあることももちろん知っている)。