りたいあーずらいふ

定年を迎えて晴れて自由になった日常を語ります。

リタイア1年後の正月を迎えて

新しい年が明けました。

リタイアして、一時少し働きましたが、まる一年が経ちました。特に目新しいことをするわけでもなく、一人暮らしの親の面倒とまではいきませんが、気に掛けながら、なんとなく一日が過ぎていく毎日です。
こう考えてみると、自分には大した趣味もなく、何のために仕事を辞めたのかと自問することもあります。一方で、「何かしなければ」と焦る気持ちは、勤め人時代の意識の延長ではないかとも思ったりします。

意識の高い人たちもいるのでしょうが、多くのリタイアした人たちは、実際のところこんな感じで余生を送っているのでしょうか。

 

自由に動ける時間は残り少ないと考えると、悶々とするので、むしろ何もしない自由を謳歌して楽しむ境地に至れればと思ったりもしますが、それに至らないのが、

  • 何もしない=価値がない

  • 楽しむ=何かを達成すること

という価値観が、長年染み込んでいるからなんでしょう。

 

若い頃は「時間はいくらでもある」からこそ、目標・成果・積み上げが必要でした。だからこそ、時間が有限 → 有効活用しなければならない。

今は、言ってしまえば、

  • 失敗しても取り返す必要がない

  • 中断しても誰にも迷惑がかからない

  • 途中で飽きても問題ない

なので、時間が有限 → 無理に意味づけしなくていい ということなのでしょう。

 

今年の目標としては、

何もしないことを目標としない、

その代わりに、

  • 今日はストレスを感じないか

  • 気分が重くないか

  • 体が嫌がっていないか

という身体基準に切り替えようと思います。

「今日は何をしたか」ではなく、「今日はどんな感じだったか」。

一日を、成功/失敗で評価せず、無事に終了した、ということでよしとし、予定は立てても、やらなくてもよい前提で立てる、

そんな感じで、ねばならないという義務感を手放していく、枯れた老人みたいかもしれませんが、なにかするしないは別として、そんな意識を持ちながら暮らしていければ、と思います。