全国的にも珍しい、高速道路のサービスエリアにある城跡。敏満寺城。
かつてこの地で栄華を極めた敏満寺が城塞化したものです。
そこに近江鉄道で向かってみました。こんなことをするもの好きほとんどいないんじゃないかな笑
お城:敏満寺城 滋賀県多賀町
HP:公式のものはありません。
訪問日:2023年3月

概要
平安時代からこの地にあった敏満寺という天台宗の寺院が、佐々木六角氏や京極氏との対立を通して、次第に城塞化したものです。
1562年、浅井長政による攻撃を受け、坊舎はほとんど炎上します。1571年、信長の命に従わなかったことで、残った坊舎も焼かれ、寺領が取り上げられました。
残った礎石は、江戸時代に彦根城築城のために移されました。
訪問記
スタートは近江鉄道多賀大社前駅。
本降りの雨の早朝だからか電車内も駅も誰もおらず、ちょっと寂しい滑り出しです。
その名の通り、有名な多賀大社のアクセス駅ということで駅前には鳥居。
その奥にも門前町が広がります。昼間は賑わっているのかな。
敏満寺城に行くためにこの駅で降りる人は限られている(ほぼいない?)と思いますが、敏満寺城がある多賀SAへの案内は意外と豊富です。
奥の小さな看板がそれ。左600mが多賀大社、右900mが敏満寺城多賀SAです。
ミーハーなので一度左へ行った後で戻って右へ。その分時間が無いので駆け足で。
しばらく進んで名神高速をくぐり、高速沿いの脇道に入ります。
多賀SAを経て胡宮神社への看板があるので細い道でも安心です。
すこし歩くと、名神高速多賀SA(上り)へ到着。
車でも高速を使わずに同じルートで駐車場にたどり着けます。
高速で来た場合も、上りはもちろん下りからも写真に写る陸橋経由でこちらへ来ることができます。
もちろんステーキを食べに来たわけではなくて
お目当てはSAの一角。北側にあるスペースです。
意味深にくぼんだ公園。予備知識があれば周囲が土塁に囲まれているように見えるはず。
近くには全く読めない案内もあります。
まるで見えない縄張図も書いてありますので、ぜひ現地で。
頑張って写真から解読すると、
土塁を伴う曲輪が南北2つ並ぶ縄張で、両曲輪とも一部石垣が用いられていました。
間には空堀が刻まれ、1郭には礎石建物や門、2郭には井戸がありました。
さきの公園はこちらの1郭にあたるもの。
足元を見ると周囲の改変の程度も気にはなりますが、深く考えずに見ていきます。
土塁はなかなか急。
この南面突き当りには喰い違い虎口もあるようですが、雨に負けて見落としました。。
中を見るとなだらかに感じる東側の土塁も
外から見ると高さを感じます。
間の空堀は下道からの駐車場となっていて
その南に二郭。こちらも名残を感じる光景です。
左手(南面)と手前(東面)に土塁が置かれた当時と同様に、西面は開けた作りです。
東屋が置かれているのは、井戸があったことを受けて、でしょうか。違うかな。
この先の故宮神社がかつての敏満寺の境内であったとされる場所にありますが、今日はここまで。
多賀大社前駅へとんぼ返りで次の目的地へ向かいます。
感想
満足度 2.5/5
遺構自体は少ないですし、どこまで当時のままか気になるところはありますが、SAにあっても名残を留めて残されていること自体がありがたい。
その歴史も興味深いものがあって、貴重な存在です。
ドライブの休憩中に友達連れで立ち寄るにはちょっと弱いかもしれませんが、城好き一人ドライブ中ならぜひとも立ち寄りたい立地です。
アクセス
敏満寺城






























































































































































































