WC

 

佐久間庸和です。
わたしは一条真也として、これまで多くの言葉を世に送り出してきました。この際もう一度おさらいして、その意味を定義したいです。今回は「WC」です。「WC」とは、トイレのことでも、ワールドカップでもありません。今後の社会および会社経営において重要なコンセプトとなる「ウェルビーイング(Well-being)」と「コンパッション(Compassion)」の頭文字からとったもので、「ウェルビーイング&コンパッション」を意味しています。



わたしは、以前はウェルビーイングを超えるものがコンパッションであると考えていましたが、この2つは矛盾しないコンセプトであり、それどころか2つが合体してこそ、わたしたちが目指す互助共生社会が実現できることに気づきました。ウェルビーイングが陽なら、コンパッションは陰。そして、陰陽を合体させることを産霊(むすび)といいます。



SDGs(Sustainable Development Goals)」は世界的に有名ですが、これは「持続可能な開発目標」という意味で、国連で採択された「未来のかたち」です。SDGsは健康と福祉、産業と技術革新、海の豊かさを守るなど経済・社会・環境にまたがる17の目標があります。そして、それらを2030年までに実現することを目指しています。SDGsは、2030年までという期間限定なのです。それ以降のキーワードは「ウェルビーイング」だと言われています。意味は、「幸福な存在、相手を幸福にする存在」ということになります。SDGsの17の項目を包括する概念といってもいいでしょう。



ウェルビーイングの定義は、「健康とは、単に病気や虚弱でないというだけでなく、身体的にも精神的にも社会的にも良好な状態」というものです。しかし従来、身体的健康のみが一人歩きしてきました。ところが、文明が急速に進み、社会が複雑化するにつれて、現代人は、ストレスという大問題を抱え込みました。ストレスは精神のみならず、身体にも害を与え、社会的健康をも阻みます。健康は幸福と深く関わっており、人間は健康を得ることによって、幸福になれます。ウェルビーイングは、自らが幸福であり、かつ、他人を幸福にするという人間の理想が集約された思想とも言えるでしょう。



一方、コンパッションは、単なる好意や気遣いの感情以上のことを意味しています。この用語の中心には、互恵性(reciprocity)と具体的行動(action)という考え方があり、平たく言えば「思いやり」であり、仏教の「慈悲」「利他」、儒教の「仁」、キリスト教の「隣人愛」にも通じます。コンパッション都市とは、老いや病、死、喪失などを受けとめ支え合うコミュニティのことを指しています。そして、コンパッション企業とは、お客様のこころに寄り添って「思いやり」を示し、さらには、老いや病、死、喪失などを受けとめ支える会社です。互助共生社会の実現のために具体的行動を続けるサンレーにとって、コンパッションはドンピシャリのキーワードであると考えています。

WCの包括メッセージとは?

 

ウェルビーイングとコンパッションを包括すると、「ありのままの自分を大切に、他人に優しく生きる」というメッセージが浮かび上がってきます。冒頭に申し上げた通り、ウェルビーイングだけでもコンパッションだけでも互助共生社会の実現は難しいと思います。これら二つの概念を合体させること、つまり産霊(むすび)を行うことが、ハートフル・ソサエティとしての互助共生社会実現の第一歩となります。今こそ、サンレーグループ一丸となり、共に歴史の大きな流れに身を投じて、輝ける未来を創造してまいりたいと思います!サンレーには求められると考えています。しかし、合体させて終わりでは「絵にかいた餅」でしかありません。産霊(むすび)を行い、実現できるカタチに落とし込んだもの、つまりウェルビーイングとコンパッションの息子であり娘に当たるものが「サンレーズ・アンビション・プロジェクト(SAP)」です。



ウェルビーイング」という考え方が生まれたのは1948年ですが、そこには明らかに戦争の影響があったと思います。また、ビートルズ「Let It  Be」のメッセージをアップデートしたものがジョン・レノン「IMAGINE」だと気づきました。つまり、ウェルビーイングには「平和」への志向があるのだと思います。実際、ベトナム戦争に反対する対抗文化(カウンターカルチャー)として「ウェルビーイング」は注目されました。現在、ロシア・ウクライナ戦争が行われていますが、このような戦争の時代に「ウェルビーイング」は再注目されました。



一方、「コンパッション」の原点は、『慈経』の中にあります。ブッダが最初に発したメッセージであり、「慈悲」の心を説いています。その背景には悲惨なカースト制度があったと思います。ブッダは、あらゆる人々の平等、さらには、すべての生きとし生けるものへの慈しみの心を訴えました。つまり、コンパッションには「平等」への志向があるのだと思います。現在、新型コロナウイルスによるパンデミックによって、世界中の人々の格差はさらに拡大し、差別や偏見も強まったような気がします。このような分断の時代に、また超高齢社会および多死社会において、「コンパッション」は求められます。

サンレーズ・アンビション・プロジェクト(SAP)」

 

地球環境の問題は別にして、人類の普遍的な二大テーマは「平和」と「平等」です。その「平和」「平等」を実現するコンセプトが「ウェルビーイング」「コンパッション」ではないでしょうか? CSHWのハートフル・サイクルは、かつて孔子ブッダやイエスが求めた人類救済のための処方箋となる可能性があるのではないか? 「WC」つまり「ウェルビーイング&コンパッション」の産霊(むすび)を行い、「サンレーズ・アンビション・プロジェクト(SAP)」を実践・推進していくことが、ハートフル・ソサエティとしての互助共生社会実現の第一歩となると考えています。後は、実行あるのみです!

ウェルビーイング?』『コンパッション!』の双子本

 

2025年1月4日 佐久間庸和

佐久間庸和、三が日で松柏園のおせちを食べ切る

佐久間庸和です。
今年も4つのおせちをいただきました。
まずは松柏園のおせちから食べ始めましたが、今年のは特に美味しくて、3が日で、わたし1人で食べ切りました。

松柏園ホテルの四段おせち

マリエールオークパイン延岡の三段おせち

マリエールオークパイン那覇の二段おせち

金沢・八寿栄の二段おせち

 

4つのおせち料理の内容ですが、北九州市小倉・松柏園ホテルの四段おせち、マリエールオークパイン延岡の三段おせち、マリエールオークパイン那覇および石川県金沢市・八寿栄のニ段おせちです。沖縄にはもともと「おせち料理」の習慣はありませんでしたが、わが社が文化イノベーションとして提案させていただいています。味見などのチェックをかねて、各地のわが社の店から取り寄せました。

 

さらには、ブログ「武士の献立」で紹介した映画のように金沢は和食のメッカですが、わが社の「八寿栄」のおせちも大変好評です。ここ数年来、和食が熱い注目を浴びています。ブログ「和食の世界遺産登録」で紹介したように松柏園ホテルマリエールオークパイン金沢は、それぞれ世界遺産登録の祝福メッセージ広告を新聞に掲載しました。


「朝日・毎日・読売・西日本新聞」2013年12月6日
北國新聞」2013年12月6日朝刊

 

外食産業やコンビニ産業の発達により、今では一年中何でも揃っています。現代の日本は、非常に季節感をおぼえにくい社会です。でも、おせち料理を食べると、「正月だなあ」という実感が湧きます。正月とは、もともと農耕の神様である「年神さま」を各家庭に迎えて祝うもの。床の間に正月用のおめでたい掛け軸をかけ、年神さまへのおせち料理を重箱につめ、それを家族で食べるのが日本人の慣習でした。



「おせち」のルーツは、平安時代にまでさかのぼります。宮中で行われていた「御節供(おせちく)」から始まったそうです。「御節供」は、5月5日の「端午の節句」や7月7日の「七夕」などの五節句に、神前に供える料理の総称でした。やがて、節句の一番初めの正月料理を「おせち」と呼ぶようになったのです。江戸時代後期には、広く庶民が食べるようになりました。それがきっかけで、おせち料理は全国に広がっていきました。



おせち料理は、「めでたさ」を重ねるという縁起をかついで、重箱に詰めて食卓に並べられます。中でも、黒豆、数の子、田作りの3種は「三つ肴(さかな)」と言われるおせちの代表格です。それらの料理には、それぞれ意味があり、願いが込められています。黒豆は、一年中「まめ(まじめ)」に働き「まめ(健康的)」に暮らせるように。数の子はたくさんの卵から子孫繁栄を、田作りは小イワシを田の肥料にしていたことから五穀豊穣の願いが込められています。なかなか奥深いですね!

 

他に、なますは紅白の縁起もの、ごぼうは「田夫」とかけて働き者になるように、エビは腰が曲がるまで丈夫にという長寿を、昆布巻きは「よろこぶ」の言葉にかけ、きんとんは「金団」と書き財産や富を得るものとされています。おせち料理には、わたしたちの先祖から代々受け継がれてきた「願い」や「祈り」が込められています。まさに、究極のスピリチュアル・フードですね。今年も、おせちを食べながら、「ああ、日本人で良かった」と思っています。


和を求めて』(三五館)

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お雑煮も美味しいね!

 

2026年1月3日 佐久間庸和

佐久間庸和、皇産霊神社に初詣

佐久間庸和です。何か楽しい初夢を見たのですが、内容をすっかり忘れてしまいました。正月2日の朝は雪が降りましたが、わたしは北九州の門司にある皇産霊神社を訪れ、初詣をしました。ここには、サンレーグループの総守護神である皇産霊大神(みむすびのおおかみ)が祀られています。

皇産霊神社の拝殿を背に


今年は神職の療養によって社務所は閉鎖

 

今年は神職が病に倒れ、療養する状況となったため、12月1日から参道を閉鎖していました。当然ながら、元旦の「歳旦祭」も中止しました。昨年は皇産霊神社を創建した父・佐久間進が逝去したため、歳旦祭も行われず、わたしも喪中で神社そのものに立ち入りませんでした。喪が明けた今年はサンレー創立60周年のアニバーサリー・イヤーでもあり、盛大に歳旦祭を行いたかったのですが、事情が事情だけに仕方ありません。神職が無事で回復に向かっていることが何より嬉しいです。その後、「正月三が日だけはお参りだけでもさせてほしい」という声が相次いだため、1月1日~3日だけは参道を開放し、参拝ができるようにしました。サンレーの梅林部長・落合課長・井口部長の「コンパッション三銃士」の協力のおかげであり、深く感謝しています。なお、神職は1月17日から復帰し、社務所も再開いたします。

青浜の海を臨む

 

一昨年は家族や社員の有志の方々とともに元旦の早朝に初詣をしていましたが、今年は歳旦祭を中止としたほか、毎年恒例の「初日の出」「巫女舞」「獅子舞」も行いませんでした。しかし、この日は大量の参拝者で境内が溢れており、驚きました。ブログ「皇産霊神社がTVで紹介されました!」で紹介したように、テレビの情報番組で大々的に取り上げられたことも影響しているようです。テレビ出演も果たした神職には早く元気になってほしいです!


お賽銭を入れました


本坪鈴を鳴らしました


柏手を打ちました


拝礼しました

もともと、この皇産霊神社は、太陽をこよなく愛した父・佐久間進会長の「北九州で朝日が一番美しい青浜に神社を建てたい」という願いがかなって1996年に建立されました。毎年、元旦には何千人もの人々がこの神社を訪れ、初日の出を拝んできました。鳥居の向うには、九州最北端の美しい青浜の海が広がっています。その両隣には、「お天道さま ありがとうございます」と「ご先祖さま ありがとうございます」の文字が書かれた2つの看板が飾られています。まさに、ここにはシンプルな日本人の信仰の原点があります。

f:id:shins2m:20210102151137j:plain神社境内にはたくさんの「庸軒道歌」が・・・

f:id:shins2m:20210102151146j:plain「禮宗」とは庸軒の父です!

 

境内には多くのわたしが詠んだ短歌、すなわち庸軒道歌掲示されています。ブログ「『朝日新聞』元旦朝刊に庸軒道歌が紹介されました」で紹介した嬉しいサプライズもありましたが、あれからもう6年が経ったとは! ちなみに今年はサンレー創立60周年を記念して、庸軒道歌を集めた歌集『禮の言霊』講談社より上梓いたします。

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念ずれば花ひらく

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間島大神


間島大神の下には「佛教各宗派祖師之諸霊神」が


神社のアイコンとなる大河童像


大河童像の前で


さまざまな河童たちがお迎え


「縁結び河童」もあります♡


境内には縁結びの「むすび神社」も


拝殿の裏には神々のドリームチーム・七福神

聖徳太子像を背に

 

例年は歳旦祭の後、お神酒、ぜんざい、おせち料理などが参拝客に振る舞われます。みなさん、ニコニコしながら熱いぜんざいをフーフーしながら食べる姿には、心温まるものがあります。来年こそは、ぜひ、その光景を目にしたいものです。皇産霊神社境内には他にも、縁結びの「むすび神社」、七福神河童大明神、さらには2018年に建立された聖徳太子像などがあります。初詣を終えて、わたしは非常に清々しい気分になりました。やはり、日本人は神社に初詣をしないと新しい年を迎えられませんね!

参拝の帰りに見た青浜の海

 

2026年1月2日 佐久間庸和

佐久間庸和より新年の御挨拶

佐久間庸和です。
あけまして、おめでとうございます。
ついに、令和8年(2026年)の幕開けですね!

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昨年のわが家は喪中でしたが、今年はいつものように正月の飾りをしました。鑑餅はもちろん、羽子板や干支にあたる龍の置物も飾りました。正月を迎えると、「ああ、自分は日本人なのだ」と実感します。毎年行われる年中行事とは持続的幸福に関わっているように思えます。つまり、正月は日本人のウェルビーイングの基本なのですね。

わが家はセコムと正月飾りで完全防衛!

わが家の玄関脇の正月飾り

 

わが家では、いつものように正月の飾りをしました。鏡餅はもちろん、羽子板や干支にあたる午の置物も飾りました。正月を迎えると「自分は日本人なのだ」と実感します。正月には日本流「おもてなし」の原点があります。もともと正月とは、年神を迎える年中行事です。古い信仰の形では、年神は祖霊神としての性格が強かったといわれています。ですから、お盆とは対の関係にあったといえます。わたしは正月を「リメンバー・フェス」として、先祖に想いを馳せる、死者を供養する、そんな機会になればいいと思っています。


父の墓参りをしました

 

以前の正月元日は、家族とともに、「年神」(歳徳神)を迎えるため、家の中に慎み籠って、これを静かに待つ日でした。年神は一年を守る神であると同時に祖霊でもあります。つまり、正月に年神をまつることは祖先をまつることでもあったのです。本来、正月は盆と同様に祖霊祭祀の機会であったことは、隣国である中国や韓国の正月行事を見ても容易に理解できます。つまり、正月とは死者のための祭りなのです。わたしは、死者のための祭りという精神を「リメンバー・フェス」としてよみがえらせたいと思います。

リメンバー・フェス』(オリーブの木

 

拙著リメンバー・フェスオリーブの木)にも書きましたが、日本の場合、仏教の深い関与で、盆が死者を祀る日として凶礼化する一方、それとの対照で、正月が極端に「めでたさ」の追求される吉礼に変化したというのは、日本民俗学創始者である柳田國男の説です。しかし祖霊を祀るという意味が忘れられると、年神は陰陽道の影響もあって、年の初めに一年の幸福をもたらす福神と見なされてきました。その意識が今日まで続いていると思います。そうです、盆と同様に正月もまた先祖供養の年中行事だったのです。

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正月は大切な年中行事です!

 

ブログ『大人のお作法』で紹介した本で、著者の國學院大學客員教授岩下尚史氏は、「正月の本義」として、「『伝統芸能』だの『伝統文化』といった言葉がやたらと取り沙汰されるようになったのは、わたくしたちの暮らしの中で昔から伝承されてきたいろいろな型が、ついに消えてなくなってしまう前触れなのかもしれません。極端なことを言うようですが、正月だってそのうち実体がなくなるでしょうね。おそらく今の80代の人たちが絶える頃には、寺社は別としても、古風な信仰を保つ人たちを除いては、単なる1月になるだろうと、わたくしは見ています」と述べていますが、ここ数年、この予言が的中したような気がしてなりません。

松柏園ホテルの門松の前で

松柏園ホテルの正月飾りの前で

松柏園ホテルの大凧の下で

松柏園ホテルの招福大羽子板の前で

 

日本には各種の年中行事がありますが、その最たるものが正月です。それにしても、なぜ年中行事というものが大切なのでしょうか? くだんの岩下氏は「年中行事を大切にする心がけがあれば、生活に抑揚も出ます。春の宵に内裏を飾り、端午の菖蒲冑に邪気を払い、七夕の五色の糸に願いを掛け、菊の着せ綿の香も高く、名月に畑の幸を供えて福徳を祈るなど・・・・・・季節ごとの風流を手取り足取り教えれば、書物からは決して得ることのできない、しめやかな情愛が子供に沁み込むことでしょう」と述べています。

決定版 年中行事入門』(PHP研究所)

 

民俗学者折口信夫は、年中行事を「生活の古典」と呼び、『古事記』や『万葉集』や『源氏物語』などの「書物の古典」とともに、正月、雛祭り、七夕、盆などの「生活の古典」が日本人の心にとって必要であると喝破しました。この観点から、わたしは決定版 年中行事入門(PHP研究所)を書きましたが、日本人の「こころの未来」のため心を込めて書きました。日本人が「生活の古典」を大切にする心を失わないことを願うばかりです。

今年も、よろしくお願いいたします!

*よろしければ、佐久間庸和ブログもお読み下さい!

 

2026年1月1日 一条真也

佐久間庸和、2026年の抱負を語る

佐久間庸和です。
仕事納めとなる29日、サンレー本社に「ふくおか経済」の2026年1月号が届きました。「2026年の抱負」として、わたしのインタビュー記事が掲載されています。

「ふくおか経済」2026年1月号

 

記事は「創立60周年、地域への恩返しを」の見出しに続いて、以下のように書かれています。 
―2025年を振り返って。
終戦80年で、「死者とともに生きた年」でした。沖縄をはじめ、8月6日の広島、9日の長崎と現地でお祈りできたことは大きな意味があります。また、昨年亡くなった父・佐久間進名誉会長の一周忌を迎え、「リメンバー・フェス」という新たな供養のセレモニーも開催し、思い出深い年となりました。業績面では、おととし、昨年と過去最高を更新しましたが、今期は物価高や最低賃金の上昇による人件費の負担増、そして組織体制の刷新による再整備の期間であったため、当社にとって大きな転換期になる1年でしたね。
―今年は創立60周年の節目を迎えられます。
会社が60年存続させていただけたことに感謝し、地域に恩返しをしたいという思いが強いです。サンレーが創立した1966年は、中国で文化大革命が起こり、孔子の思想が否定された年。その時代に、北九州で「礼の思想」を生かすという大きな使命をもってサンレーは誕生しました。この理念を継承し、互助共生社会実現のために尽力していきます。
―具体的な取り組みは。
昨年12月にセレモニーホール「紫雲閣」を飯塚市鞍手郡大分県日田市にオープンし、10月の東郷駅前へのオープンで100施設を達成します。当社の施設は単なるセレモニーホールではなく、高齢者の孤独死を防いだり、祭りを開催したり、グリーフケアの舞台となるコミュニティホールとして位置付けてきました。これは「相互扶助」がコンセプトである互助会の使命を果たすことにもつながり、「互助共生社会」実現の拠点として、重要なインフラになると考えています。26年11月18日に迎える60周年に向けて、このコンパッションシティ構想を進めているところです。 
「礼の思想」を次世代へ
―どのような構想ですか。
ホスピタリティコンプレックスとして街づくりを進める構想です。介護や看護も含めたケアシティ、コンパッションシティを形成するビッグプロジェクトになるでしょう。一方、子どもに対しても児童養護施設の支援や成人式、七五三の衣装の無償提供などを継続してきました。1月には私が理事長を務める冠婚葬祭文化振興財団の創立10周年記念で、児童書『こども冠婚葬祭』を発刊します。
―本の内容を教えてください。
お寺と神社の違いや行事、冠婚葬祭などの儀式の大切さをイラスト入りで解説し、「礼の思想」を次世代に伝えていくものです。これは利益を求めるものではなく「礼」や「儀式」の大切さを広めたいという「天下布礼」の想いです。
―作家や映画出演でも活躍されています。今後の予定は。
25年12月には「鬼滅の刃」と日本人、26年2月には『本の読み方』『映画の見方』の2冊を発刊します。60周年記念出版として、11月に『コンパッショナリー・カンパニー』、そして私の道歌集『禮の言霊』を同時出版する予定です。映画では私の原作の君の忘れ方と、神道ホラー男神に出演しました。世界遺産法隆寺で撮影する「仏師」への出演も決定しており、冠婚葬祭文化の振興の一環として取り組んでいきます 。

 

 

2025年12月31日 佐久間庸和

松柏園に山本梅逸の掛け軸

佐久間庸和です。29日はサンレー本社の仕事納めの日ですが、わたしは昼前に松柏園ホテルの茶室を妻と一緒に訪れました。そこで、村田規子様と会食をするためです。

村田規子様から掛け軸を贈られました

掛け軸の位置を確認する

 

母の長年の友人でもある村田様には 松柏園ホテルのオープン時より今日までご縁を頂き、同ホテルをご愛用していただきました。また、ブログ「リムジン贈呈式」で紹介したように、2022年3月2日にご主人様の村田純治様(村田クリニック名誉理事長)がご逝去された際は、 小倉紫雲閣でご葬儀のお世話をさせていただきました。そのお葬儀が無事に終わったとき、村田様から「何か恩返しをさせていただきたい」という温かいお言葉とリムジン型霊柩車を寄贈いただくご提案があったのです。この日は、村田様から双幅の掛け軸を贈られました。しかも2セットです。ご自身がご結婚されるときにご両親から送られた物だそうですが、縁起の良い掛け軸なので「祝いの場所で皆さんにみて頂きたい」と、松柏園の床の間がふさわしいと考えられたとか。

木こりの老人(右)と漁師の老人(左)の掛け軸

まるで山の神・海の神のようです

記念撮影をしました



贈られた掛け軸は見事なもので、最初は木こりの老人と漁師の老人が描かれた双幅の掛け軸でした。わたしは、見た瞬間に「北島三郎の『まつり』に出てくる山の神・海の神みたいだなあ」と思いました。作者は、江戸時代後期の文人画家として知られる山本梅逸(1783年~1858年)です。梅逸は天明3年、名古屋で、彫刻工の父のもとに生まれた。12歳で父が没しましたが、家業は継がずに絵の道に進みました。やがて、豪商で絵画を多数所蔵する神谷天遊の擁護を受け、和漢の古書画を手本に勉強し、ここで中林竹洞に出会いました。享和2年、竹洞と京に上り、古寺をめぐって古画を模写し、修行を積みました。

梅逸の双幅の花鳥画の掛け軸

見事な花鳥画です!

こちらも記念撮影をしました

 

梅逸は、その後、名古屋を起点にして、文化年間には江戸にも進出しました。天保3年頃から京に居を構え、頼山陽や貫名海屋、浦上春琴らと交流しながら安政元年まで京で活動しました。安政元年、名古屋に戻り、尾張藩の御用絵師格として帯刀、拝謁を許され、晩年を郷里で送りました。画家としての梅逸は筆技を駆使した華麗な山水画および花鳥画で知られています。 その画風は円山四条派の写実性・装飾性に影響を受け、明清の古書画の研究から模倣に陥ることなく独自の繊細で優麗な画風を築き上げ高い評価を得ました。もう1セットの双幅の掛け軸は、見事な花鳥画でした。

「梅逸」の署名入りです


村田様と昼食を御一緒しました


梅逸の掛け軸のある茶室で

大いに会話が弾みました!

 

2セットの双幅の掛け軸はそれは素晴らしい芸術作品で、祝いのオーラが強く発せられていました。リムジン型霊柩車に続いて、とても価値のある梅逸の掛け軸も頂戴し、村田様には慶弔ともに最高の品を贈っていただきました。感謝の言葉もありません。この掛け軸は今後、松柏園で行われる結納や長寿祝いなど多くのお祝い事を見守っていくことでしょう。

 

2025年12月30日  佐久間庸和

2025年の仕事納め

佐久間庸和です。
いよいよ年の瀬も大詰めであります。
29日は、サンレー本社の御用納めでした。
この日は恒例の大掃除で、社長室の片付け。
16時から「年越大祓式」が執り行われました。

開始前のようす

最初は、もちろん一同礼!

神事のようす

祝詞奏上のようす

清め祓いの儀のようす

玉串を拝受しました

玉串奉奠で拍手を打ちました

玉串奉奠で拝礼しました

山下常務に合わせて柏手を打つ

山下常務に合わせて拝礼

最後は、もちろん一同礼!

年越大祓式の会場は、わが社が誇る儀式の殿堂である小倉紫雲閣の大ホール。わが社は「礼の社」=「セレモニー・カンパニー」なので、節目の儀式は必ず行います。皇産霊神社の是則神職が、この1年の厄を祓ってくれました。最初に社長のわたしが玉串奉奠しました。わたしは、この1年間、何事もなく会社と社員が無事であったことに心からの感謝の念を込めて、深々と拝礼しました。そこにいた全社員も山下常務に合わせて一緒に二礼二拍一礼しました。

今年最後の社長挨拶をしました

熱心に聴く人びと

 

神事の後、今年最後の社長挨拶をしました。
わたしは、冒頭に「礼の社であるサンレーは儀式に始まり、儀式に終わる!」と言いました。それから、「この大ホールに身を置くと、佐久間名誉会長の通夜式や葬儀告別式が昨日のことのように思い出されます。本当に今年はいろんなことがありました。みなさん、それぞれの部署でよく頑張っていただき、本当にありがとうございました。そして、1年間お疲れ様でした」と言いました。

来年はいよいよ創立60周年!

熱心に聴く人びと

それから、わたしは「サンレーは来年で創立60周年を迎えます。わが社は冠婚葬祭を社業とする『礼の社』ですが、とにかく冠婚葬祭ほど大切なものはありません。ぜひ、この仕事に誇りを持ち、『文化の防人』として来年も励んで下さい。Compassion(思いやり)⇒Smile(笑顔)⇒Happy(幸せ)⇒Well-being(持続的幸福)と進んでいきます。そして、Well-being(持続的幸福)を感じている人は、Compassion(思いやり)をまわりの人に提供・拡大していくことができます。「CSHW」のハートフル・サイクルを回して、明るい世直しをいたしましょう! サンレーが発展すればするほど日本が良くなる』という気概をもって、頑張っていきましょう!」と述べてから、「どうぞ、みなさん、良いお年をお迎え下さい!」と締めくくりました。

「進め!いたる君」こと山下常務が挨拶しました

最後は「末広がりの五本締め」で


みんなの「こころ」が1つになりました!


そして、もちろん一同礼!

その後、北九州本部長である山下常務によって「末広がりの五本締め」が行われました。最初は、両手の人差し指だけでチョチョチョンチョチョチョンチョチョンチョンと鳴らし、次に中指を加えた2本で、続いて薬指を加えた3本で、さらには小指を加えた4本で、最後は親指を加えた5本で手拍子を取るのです。最初はまったく音がしませんが、指の数が増えるにしたがって、音が大きくなります。ラストの5本すべてを使った手拍子は盛大になります。まさに末広がりです。これは、人は1人では何もできないけれど、2人、3人、4人、そして5人と多くの人々が力を合わせれば大きな事が成し遂げられるのだというパフォーマンスなのです。もともとは、わたしの父である佐久間名誉会長が発案しました。この日は、山下常務の気合の入った発声で、1・2・3・4・5本と指の数が増えるにつれて拍手の音が大きくなり、文化の防人たちの「こころ」が1つになりました。さあ、みんなで一緒に創立60周年イヤーに向かって行こう‼️

来年も「天下布礼」を推し進めていきます!

 

2025年12月29日 佐久間庸和