アラサー、いつもどこか調子悪い。

元気もやる気も、だいたい行方不明。

遺伝するもの

私は母そっくりだ。

だがそれは見た目の話だ。

 

中身はどちらかというと父親に似ていると思う。

 

この2人の間の絶妙なバランスの中生まれたのだと思うと感慨深い。

 

正直、もっといいバランスで生まれていればと思うこともある。

だが、それを悔やんでもしょうがないし、ここまでくればあきらめもつく。

 

人生それなりにやっていくしかないのだ。

 

そういえば、最近強く遺伝を感じたのは味覚だ。

 

私の好物は父母の好物でもある。

昔から好きだったわけではなく、ここ数年で好きになった食べ物が父母の好物だった。

 

本当に遺伝なのかわからないが、不思議だと思う。

 

今度の連休は、この好物を買って実家に帰ろう。

 

 

 

 

フランスパンと私

フランスパンを抱えて颯爽と街を歩く。

何とも言えないかっこよさがある。

 

私は今日、ついにフランスパンを抱えて帰った。

 

 

これはスーパーで売っているフランスパンではだめだ。

パン屋さんのフランスパンだからこそ意味がある。

 

フランスパンを入れるためだけに作られたのであろう

細長い袋の透明な窓からのぞく、こんがりとした焼き目。

なんておしゃれなんだ。

 

晩御飯にフランスパンを必要とするなんて、どんな素敵な晩御飯なんだろうか。

想像するだけでわくわくする。

 

フランスパンを抱える今日の私は、どこか誇らしい気持ちだった。

 

ちなみに、私が抱えて帰ったフランスパンは「バタール」というらしい。

普通のバゲットより、もっちりしたのが特徴のようだ。

 

今からこれを昨日のビーフシチューに浸して食べるのだ。

連休明けの初日を頑張った私を労う、ささやかな贅沢。

 

明日はこのフランスパンに、マスカルポーネチーズとはちみつをかけて食べる。

 

買ってから持ち帰る間はわくわくするし、食べるとおいしく幸せになれる。

 

フランスパンの可能性は計り知れない。

 

連休と体力

連休を遊びきるだけの体力がない。

3連休のすべて遊びに費やせていたのは、いったいいつまでだっただろうか。

 

今回の連休、1日目は少し遠出、2日目はひたすら眠る、3日目は少しだけジム。

 

正直くたくたである。

1日遊ぶと回復に1日半必要だ。

 

そして気がつけば今日は連休最終日の夜。

ビーフシチューを煮込んでいる。

これで明日の晩御飯まで確保した。

 

ジムついでにちょっといいバゲットも買ってきた。

お弁当用の作り置きひじきの煮物もおいしくできた。

 

 

昔みたいに元気な3連休は過ごせないが、これはこれでいいのではないだろうか。

アラサーなりの楽しみをもっと見つけたいと思った連休だった。

 

 

アラサーと集中力

アラサーになって集中力が衰えている気がする。

 

 

最近それを感じたのは、本を読む時だ。

 

昔は何も考えず本を読み始めても、気がついたら本の世界に入り込んでいた。

それなのに最近はどうだ。

 

まず、家で本を読むことができなくなった。

読み始めても「掃除しなきゃ」とか「何時にお風呂入ろう」などが頭をよぎる。

そのおかげでまったく本の内容が頭に入ってこない。

 

家で本を読めなくなった私は、カフェで本を読むようになった。

 

これも最初はよかった。

 

最初は1時間近く集中して本を読めていたのに、ここ最近は周りの音や時間が気になってまったく入り込めない。

 

 

 

カフェという手段を失った今、私はどこへ行けばいいのか。

誰か教えてほしいものだ。

 

寒い日のキムチ鍋

晩御飯はキムチ鍋。

今日は無性に辛い物が食べたいのだ。

 

無性に食べたいものがあるとき、それは何かが不足しているサインであるとなにかで読んだ気がする。

そうなれば、今日の私は何かが不足しているのだろう。

 

だって、無性にキムチ鍋が食べたいから。

 

 

キムチ鍋のよいところは、何を入れてもたいてい受け入れてくれること。

 

冷蔵庫に少しだけ残したキムチ、ウインナー、絹ごし豆腐、大豆の水煮、納豆。

 

 

包容力はカレー並みにあると言っても過言ではない。

 

そして寒い日のキムチ鍋は、体が温まる。

アラサーに冷えは大敵だ。

すでに足先が寒くてしょうがない。

 

食べたら早く寝て、昨日からのもやもやする気持ちをキムチ鍋と一緒に消化してしまおう。

 

弱くてつよい

私のメンタルは弱いが強い。

 

日々小さなことでへこむが、いよいよ倒れたことはない。

 

 

しかし、私は数年前とんでもなくメンタルを壊しかけたことがある。

ただし、病院を受診したわけではないので本当に壊しかけていたのかわからない。

 

当時は毎日死にたくて泣いていたし、夜も眠れなかった。

四六時中頭の中にノイズのような音がしていた。

頭の中がうるさいという感覚は初めてだった。

会社に行くための電車では、息苦しくて立ってられないことも毎日だった。

 

 

苦しくて、タオルで首をくくったこともある。

泣きながら包丁を握りしめたこともある。

それでも、毎日仕事に行って、まるで悩みなんかないようにふるまっていた。

 

 

たぶんあの時、私の心は一度死んでいる。

 

 

 

いまは壊れた時のことを客観的に考えることができるところまできた。

治ったのかはわからないが、上記の症状は今はほぼなくなったといってもいい。

 

ただ、本当にたまに、ぶり返すことがある。

 

今日は久しぶりに電車の中で苦しくなった。

苦しかったあの時が、フラッシュバックした。

 

電車を降りてしばらくしたら症状は治まったが、今日は一日なんだか集中できなかった。

 

 

 

一度壊れてしまったメンタルは、きっと一生治らない。

これからも上手に付き合っていくしかないのだ。

 

 

あの時の私に教えてあげたい。

電車で苦しくなってたのは、貧血じゃないぞ。

鉄分取っても無駄だぞ。

ちょっと休め。

 

酒とコミュ障と私

コミュ障は酒を凌駕する。

酔い程度では私のコミュ障は止められない。

 

ここ2日ブログをさぼっていたのは、飲み会だったからだ。

私は飲み会後の帰宅が11時をすぎると、すべての活力が低下する。

 

ほぼ、風呂に入って寝るだけのマシーンになる。

 

純粋にお酒が入っていることによる眠たさもあるが、飲み会でエネルギーを使い果たすのだ。

 

なぜなら私はコミュ障だから。

 

 

飲んだ最初の少しだけ気分が高揚するが、コミュ障が勝って酔いがさめていく。

ただし、吐き気はちゃんとおこる。

 

悲しい。

 

私もお酒に任せて、飲み会の場を全力で楽しみたい。

 

 

しかし、アラサーになるとコミュ障を言い訳にできないことはたくさんあるわけで。

 

私は今日もコミュ障を隠して生きていく。

家飲みでお酒飲みたい欲を満たしながら。