普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

湯船キャンセル界隈ってどれほどいるもんなんでしょうね

はてなブログ今週のお題「お風呂アクティビティ」ということで、個人的なお風呂観を語ってみようと思いお題に馳せ参じた次第。

どれくらいの割合でいるのかわからないけれど、我が家はお風呂に入らない。ここでいう「お風呂」は湯船に浸かることを指しているのであって、一家揃って風呂キャン界隈というわけではないことはご検察いただきたい所存です。

お風呂が嫌いなわけではないし、むしろ好き寄りではあると思うのだけど、一連の入浴行為を想像すると「めんどくさい」が勝ってしまうのだ。特にお風呂を洗ってお湯をためて、かぽんと浸かるというその辺り。

日々のお風呂は身体を清潔に保つために実行しているのであって、そこに労力と時間を割くということに抵抗を感じているのかもしれない。なので、基本的にオールシーズンシャワーで済ませる。湯船にお湯を張るというのは我が家ではちょっとしたイベントなのだ。

とはいえ、元々そうだったかといえばもちろんそんなことはなく、上京前までは毎日お湯に浸かっていたし、それなりにお風呂に時間を割いていた。一人暮らしをするようになって、ユニットバス生活がしばらく続いたこともあって、それからわざわざお湯につからないでもという思いが強くなったという経緯がある。なんというか、ユニットバスでももちろんお湯は張れるのだけど、”無理して風呂に入っている感”があった。世の中の一人暮らし勢はどれほどのひとが湯船に浸かっているのだろう。そして、湯船に浸かっていなかったひとびとは家庭を持ったタイミングでまた湯船に入り出すのだろうか。

言ってみればタイパだったりコスパだったりに焦点をあてて日々の入浴行為を済ませていわるわけだけれど、お風呂ってそういうことじゃないだろうという意見もじゅうぶん理解できる。湯船に浸かることで1日の終わりを感じるというか、いったんそこでリセットして、心も身体もリラックスした状態を作り出し次の日に備えるというような役割はあると思う。

言うなればシャワーはレーション(軍隊飯)、お風呂は手作り料理くらいの差はあるだろうと思う。手早く栄養補給するだけなら味や食見た目は気にする必要もあまりないけど、やっぱり手間暇かけた見た目にもおいしい手作り料理があればその方が良い。

実際、ついこの間帰省したときに、上京前と同じように実家では日々湯船にお湯が張られていて湯船のお風呂に入れたのだけど、単純に「ありがてえな」と思ったものな。戦争帰りの軍人さんがママの作ったアップルパイ食べたときの気持ちがわかった。知らんけど。

あと、個人的に思っているのが、お風呂は疲労回復に良いとされていると思うのだけど、湯船に浸かるという行為そのものはけっこう疲れませんかね?そこで疲れに拍車をかけて、夜ぐっすり眠ることができるという意味で疲労回復にのアシストをしているのがお風呂なんじゃないかと思っているのだ。まあ、結果が伴っているんだから疲労回復に良いでいいじゃないって話なんですけれども。

こうしてね、ああだこうだ言ってお風呂(湯船)に入らない姿勢を崩さないというあたり、もう準風呂キャン界隈なんじゃないかと自分で思えてきた。あの界隈のひとたちもキャンセルの動機は「めんどい」なのだろうし。

でも、おじさんが面倒だというくらいの理由でシャワーにも入らないの公衆衛生上、果ては公序良俗に反する行為だと思うので、世の中のおじにおかれましては日に2回はシャワーを浴びていきましょうと声高に叫んでいきたい。

あひるちゃん