元男性保育士の育児日記

元男性保育士による、育児に関する事や日々の徒然を書いた日記です。1年近く育児休暇を取った時の記録もあります。イラストは妻が描いています。メンタルの体調不良で保育士を退職。そこからは闘病日記にもなってます。

今年あった良いことだけを振り返ろう。

月並みですが、2025年、令和7年も終わりますね。

今年も色々なことがありました。

嫌なことはほっといても勝手にフラッシュバックしてきちゃうので忘れるようにして、

今年あった良いことだけを覚えていけるように、振り返りたいと思います。

 

1月

賃貸アパートから賃貸戸建てに引越ししました。娘ちゃんの大声やドタバタからの近所トラブルを心配しなくて良くなって、かなりストレスフリーになりました。本当にやってよかったです。

 

2月

娘ちゃんから初めてバレンタインデーの手作りチョコを貰いました。3歳になってそういうことが出来るようになったんだなぁという成長の嬉しさもありました。ちなみに妻からは虫チョコを貰いました。これもかなり好き(笑)

かなりリアル(笑)

 

3月

友人の結婚式に家族で参加して妻・娘と一緒に乾杯の挨拶をしました。

前もってみんなで練習しておいて、当日上手に出来て新郎新婦にも喜んでもらえて嬉しかったですね。あと披露宴の料理が超美味しかったのと宿泊地が超ラグジュアリーでいい体験でした。

また、保育士は年度区切りの仕事なのでここで一区切りだったのですが、異動して一年目が終わり、働きぶりに園全体からいい評価を頂けました。この時点では次年度に向けての希望を持てるようになってたなぁ…。

 

4月

娘ちゃんの新しい保育園での生活が始まりました。今までは慣れ保育が終わると同時に体調を崩していましたが、今回は無事に乗り切ってくれました。本人にとってはもう3園目ですからね、出会い別れにも慣れがあったのかな?

家族で山形旅行をしました。馬場のぼるという絵本作家の展示会に行ったり山形ラーメンを満喫したり出来ました。冷やしラーメンは意外なくらい美味しかったです。

老舗の冷やしラーメン。また食べたいなぁ。

 

5月

久しぶりの友人の結婚式があり、それを通じてコロナ禍で疎遠になっていた繋がりがまた復活して嬉しかったです。しかし40歳前にして3度目の結婚式ラッシュです。昨年を含めて4、5件参加しています。晩婚化ですねぇ。

また、ゴールデンウイークにはおかあさんといっしょファミリーコンサートに行きました。2度目でしたが、やはりすごいですね。毎度のことながら歌の迫力に感動します。

 

6月

猛暑はもうここから始まっていましたね。でも娘ちゃんは元気に毎日を過ごしてくれていました。

この辺りからメンタルクリニックに通い始めましたね。

 

7月

祖父母と一緒に家族で沖縄旅行へ行きました。アニメの影響で沖縄に関心を持っていた娘ちゃんに本物を体験させるのが目的で、ついでに親孝行と思い企画しました。

娘ちゃんにとって初飛行機に初海水浴!行きの飛行機では着陸時にシートベルトをしたくないと泣き、海水浴は海水の塩辛さにすぐ嫌になり、プールばかりでしたが、それでも「またおきなわいきたい。」とよく話してくれるので楽しい体験だったのだろうなと行って良かったと思えました。

いつか移住したいな。

 

8月

誕生日があり、40歳になりました。手作りケーキセットを買ってきて、娘ちゃんに誕生日ケーキを作ってもらいました。ブドウを乗せたり、クリームをかけるだけですがとても印象深かったようでよく思い出してお話してくれます。

また、家族や古い友人からの後押しもあり、退職を決意しました。そしてあっという間に有休消化からの退職へ。それで良かったのだと思います。怒涛でしたけどね。

手作りケーキ。安物のスポンジでしたので味はいまいちでしたけど、楽しいです。

9月

有休消化が始まり、久しぶりにブログも再開しました。

どう過ごせばいいかうじうじしていたら妻が「やりたかったことしよう!」と発破をかけてくれてキャンプに行きました。自然の中に行くと癒される自分を知れました。

不眠は続くものの、気持ちの落ち込みが一気になくなったので適応障害だったのかなぁとも思いました。

 

10月

趣味のバスケットを楽しめるようになって気持ちが安定してきました。

あと娘ちゃん初めての運動会に参加し、感慨深かったです。でもつい運営側のことばかり気になってあーだこーだ言ってたら妻に「黙って観てろ!」と怒られました(笑)

 

11月

娘ちゃんが4歳に。妻も誕生月なのでここから年末にかけてお祝い事が続きました。

有休消化も終わり無職もスタート。でも仕事との繋がりが完全に切れた事でか、かえって気持ちが晴れました。

このへんで新しい布団を買っていまして、少し眠りが良くなったのも地味に大事なことだったかもです。

 

12月

ずっと体のどこかしらか痛かったのが続いていましたが、ストレッチや休息などに気を付けるようにしたおかげか、ようやく不眠以外は健康に過ごせるようになりました。

娘ちゃんがクリスマスを楽しんでくれて良かったです。

 

 

本当に年末になると1年はあっという間だったなと感じますが、新年度からの仕事が本当に苦しかったのと、退職してから様々なことを考える時間が出来て、今年は本当によく悩んで悩んで悩みぬいた年だったように思います。

でも、自分を見つめ直すことや前向きに生きるための過ごし方なんかを色々試して、今は幸せな生活を送れていると考えられるようになっているので良かったなと思います。

40歳の節目に、大きな変化を持ちました。来年の今頃にこの変化が良かったものだったと思えるよう、来年も過ごしていければいいなと思います。

 

今年も本当にありがとうございました。

よいお年をお迎えください!

サンタになれた日

登場人物紹介

筆者:40歳専業主夫、元保育士

妻:働いて家庭を支える偉い人

娘ちゃん:4歳保育園児、保育園の友だちからプリキュアを教えてもらって好きになるが本編は怖いので見ない。

 

メリークリスマス。

子どもが生まれて4回目のクリスマスを家族で迎えることが出来ました。

その時点でめでたいですよね。

 

しかしうちの今年のクリスマスはこれまでとは大きく違って感じています。

何故かと言えば、娘ちゃんが4歳になり、世の中への解像度が上がっているため、ちゃんと「クリスマス」「サンタさん」を意識するようになっていたからでした。

 

昨年までは何のことかよくわかっていないし、別に興味もないといった様子でした。

保育園でクリスマス会を開催されてはいましたが、そこがおそらく第一印象となったのでしょうね。初めてだからなんかよく分からない内に始まって終わった、的な。

 

一応毎年家庭でもケーキ・飾り付け・プレゼントの3点セットは用意していましたけどね。

 

ただ、今年は違いました!

12月になるとすぐに保育園ではクリスマスソングを歌い始め、

製作などでもサンタさんやツリーを作ってどんどんクリスマスムードを高めてくれていました。

 

プレゼントに対しても、乳児の頃はプレゼントなんて何でも嬉しいし、そもそも明確な物欲などないって感じでしたが、今年はサンタさんへのリクエストカードも作りました。(まぁこれは親主導でしたが)

 

おかげさまで、クリスマス近くになってリクエストの商品を買おうとしたら、安く売っていた場所では早々に売り切れになっており、やむを得ず定価で売っているものを買って確保しなくてはならなかったという体験もさせて貰いました。

ちなみに希望のプレゼントはプリキュアの玩具でした。

平日昼間に一人でプリキュアコーナーで悩む中年男性の図を展開することになり、恥ずかしさがありつつも、「あ、娘を持つ世のお父さんたちは皆こういう経験をしてきたのだな。」とちょっと嬉しさもありました。

 

今年のクリスマスイブ・クリスマスは平日ですが、無職を活かし、ケーキの用意をし、部屋を飾り付け、ツリーを飾り、チキンを焼きという典型的なクリスマスお祝いをすることが出来ました。

 

クリスマス当日は朝起きたらツリーのところに玩具を用意しておき、起きた娘は寝ぼけ

ながらも希望の玩具があることに気づくと嬉しそうにしてくれていて、それを見て、あぁ、ミッションコンプリートだな…。なんて思っていました。

 

ようやく今年になって、クリスマスというイベントをやりきった感がありました。

変な話ですね、もう何年もしてきているのに。

私はこーゆー王道的なものが出来ないと安心できないタイプなのかもしれません。

 

さ、今夜の晩御飯もそれっぽいものを作ろう。

娘の体調急変で救急車を呼んだ話

先日、娘(4歳)が急に体調を崩し、救急車を呼ぶことになった話を書きたいと思います。

 

自己紹介

私:都内在住40歳無職の男、元保育士

娘ちゃん:4歳、病気知らずわんぱく娘

 

11月の平日のある日、その日は保育園をお休みして遊んでいました。

午前中は公園に行きめいっぱい遊び、お昼ご飯もよく食べて、お昼寝から起きた時です。

 

ちょっと顔色が違うな、と気づいた私は熱を測りました。

37.8。

あーちょっと高いな、遊びすぎてお熱がでちゃったかな。

 

もう今日はおうちでゆっくりしていようね。と声をかけ、娘ちゃんのリクエストのTVを観ながらお布団で横になっていました。

しばらくすると動きがなくなったので、「あ、また寝たんだな。」と思い静かにしていると、コポコポ…と変な音が。

 

これ自体は過去にも経験があり、「あ、吐くな。」と気づいた私はすぐにそばに寄り、嘔吐バケツを用意するとすぐに嘔吐しました。

 

発熱から嘔吐するパターンはよくあったので、「あーこりゃ疲れじゃなくて本格的にウイルスかなにかうつったかな~。」など、まだ落ち着いて観察をしていたのですが、

 

よく表情を見ると、目は開いているものの、眼球が上に行っている白目をむいたような状態になっていました。

 

 

声かけに対する反応もない。さらに体は完全に脱力しきっている。

意識が朦朧とした状態でした。

呼吸はあるものの、まだ嘔吐物が詰まっているかのような呼吸音がしている。

 

ぐったりする体を起こし、支えながら検温をすると38.9。

とりあえず、詰まったような呼吸を解消させないと危険と判断し、嘔吐しやすいように前傾の姿勢を取らせて様子を見ました。

 

 

その後少量ずつ嘔吐をしたものの、まだ目や顔色が変わらない。

また体を震わせ始めたため、痙攣の可能性があると思い、嘔吐物が詰まらないような姿勢を取りつつ、時間の計測を始めました。

 

また、嘔吐物なのか鼻水なのかが詰まっているような呼吸音が続いていたものの、一度呼吸が止まってしまうことがありました。

これはまずい!と思い、背部殴打法で思いっきりバシバシ!と叩くとなんとか呼吸が再開しました。

 

この時点で意識を失ってから10分以上経過していたため、救急車を呼ぶか悩みました。

まずは救急車相談ダイヤルに電話をしようと思い、7119に電話をかけました。

 

しかし、スマホの不具合なのかなんなのか分かりませんが、繋げられないとのエラーメッセージが表示されました。

 

仮に再度、呼吸が止まってしまったら、その状態からうまく回復できるとも限らない。

また、震えが痙攣だった場合、かなり長時間(10分近く)続いていることから急性脳炎髄膜炎の可能性もあると思い、もう思い切って119に電話することにしました。

 

電話するとすぐに繋がったものの、なんか少し雑音が入り通信状態が不安定な感じでした。

状態・いつからか・何歳の子供か・体重は何キロか・家の場所はどこかなどを伝え、一度切りました。

 

その間も、意識は戻らず、相変わらず不安定な呼吸音がしていたので、安全な体位を取らせて横にしたあと、財布や着替えなどの道具を用意しました。

 

通報から15分後くらいに電話がかかってきて、住所の確認、近くの建物の確認、状態の再確認などを聞かれた後、「今行ける病院を探しています。もうしばらく待っててください。」と言われました。

 

娘ちゃんの異変に気付いた時間は夕方の16時半頃。

通報したのが16:45頃。

救急車が家に到着したのは通報からおよそ45分程経った、17時半頃でした。

 

救急車が着く直前に、寝返りのような動きをし、目が元に戻り、意識が回復しました。

ただ、まだ受け答えなどが出来ない様子。そのまま救急車に乗り込みました。

救急隊員の方々はとても丁寧に状態の確認や、持ち物などを確認してくれました。

 

帰宅ラッシュで道路が混みあう時間でしたが、15分程で病院にも着きました。

 

救急車の車内では、うつろは表情の娘ちゃんを安心させようと、なるべく普通の声かけをするようにしていました。

 

病院に着くと、救急対応をしてくれるお医者さんの元に通され、検温や心拍の確認など

を行った後、インフルエンザ・コロナの検査を行いました。

 

お医者さんの注目ポイントも、髄膜炎脳炎か熱性けいれんか。というところだったようで、体の震えについて何度も確認をされましたし、時間なども繰り返し確認をされました。

私自身、保育士として熱性けいれんは見たことがあったので、それとは様子が違ったとは思いつつ、正確に状況を伝えるようにしました。

また、お医者さんは娘に話しかけてちゃんと応答が出来ているか、ということも確認していましたが、急な状況だったためか、娘はうなずくことしか出来ず、判断に困っている様子でした。

 

検査結果を待つのも含め、30分程経過を診ます。と伝えられ、待っている内に、

私と娘との会話が成立したこと、

インフルエンザ陽性の診断結果が出た事からか、

「おそらく急な発熱による、熱性けいれんだと思います。」との診断となりました。

ただし「まだ髄膜炎脳炎の可能性もあるので、けいれん止めを処方します。今から24時間は注意深く観察してもらい、再度けいれんが起きたらまた救急を呼んでください。」と言われました。

 

ようやくホッとした心地でした。

 

しかし相当慌てていたためか、持ったと思った保険証を持っておらず、実費支払いとなったため「救急車のお世話にもなったし、いったいいくらかかるんだ…!」とドキドキしましたが、1万6千円くらいで済み、なんとか手持ちもあったので事無きを得ました。

 

その後は、けいれん止めを決まった時間に処方するために、深夜に座薬を入れるなんてことはありつつも、大きく体調を崩すことなく、無事に快復に向かってくれました。

 

しかし、本当に肝を冷やしました。

お昼までは元気そのものだった状態からの急変、呼吸が止まるという命の危険。

また、予想以上に救急車の到着まで時間がかかったことも恐怖でした。

7119が機能しなかったのも慌てました。格安スマホのネットワークの脆弱性なんかも原因なのかなぁと思いました。

 

結果としてはインフルエンザでしたが、通報の判断を下せた自分よくやったと思いましたし、自分が元保育士で、救急対応の知識と経験があって良かったと思いました。

仕事中だった妻からも「あなたが家にいる時で本当に良かった。私だったら慌てて何も出来なかったかも。」と言われました。

 

命に関わるか否かの判断基準として、呼吸が出来ているかどうか、は大きいです。

 

私のこの経験が他の誰かのお子さんの命を救うことになれば幸いです。