私は子供時代から「花火」が好きでした。現在は保安距離が厳しいので近づくことはできませんが、私が小学生の頃、つまり1970年付近の時代は尺玉が頭上から降り注いでくるような距離で見たこともありました。
1986年(25歳)に大病をした後、全国各地で開催される花火大会のおっかけが始まりました。ネットがまだ無い時代で、各地の花火大会の情報はもっぱら「情報誌ぴあ」から得ておりました。いまでこそ有名な「長野えびす講煙火大会」も、当時は広大な土手に観客はぽつりぽつりで、大袈裟でなく花火真正面の場所でも周囲5Mくらいは誰もいらっしゃいませんでした。
30代から50代までの約30年間は、精力的に花火大会を観て回りました。40代の頃にはホームページを開設し、花火観覧記を更新し続けました。花火動画を撮ってはYouTubeに公開する日々に明け暮れておりました。
そんな中で、朧げながらも「いつの日かビデオも写真を撮らずに〝見るだけ〟の観覧スタイルに戻りたい」と考えるようになり、55歳の時に「撮影は64歳までで終わりにし、65歳からは〝見るだけ〟の観覧スタイルにする」と決めました。
途中、コロナ禍があり、加齢(体力低下)も相まって観覧数は激減しましたが、その64歳までと決めた2026年4月末までがいよいよ迫ってまいりました。ですので、この土浦全国花火競技大会の写真を撮るのはこの日が最後となりました。
土浦全国花火競技大会はずっと通い続けている大会で、その昔は土手が無料エリアとして開放されていました。確か、朝8時とかの「場所取り一斉解禁光景」がワイドショーなどで放送され、慣れた手つきで素早くブルーシートを敷く姿が面白おかしく放送されていました。懐かしいです。
この日(2025年11月1日)は朝8時に自宅を出発し、国道246を走りながら土浦に向かいました。どこかのランプで首都高に入ろうと考えていましたが、用賀、渋谷、青山、皇居を過ぎてスカイツリーを見ながら葛飾まできてしまい、懐古に次ぐ懐古に耽っていたら、オール一般道でなんとなく土浦まできてしまいました。車を停め、リュックサックにはカメラ、手には三脚を持ちながら会場まで歩くのも最後かと思うと感慨深いものがありました。
開催中、競技花火の数々に対し、丁寧に露光を重ねました。煙が滞留などして万全なコンディションではありませんでしたが、無事に撮り終えて安堵しました。2026年秋に開催予定の土浦花火競技大会では、およそ30数年振りにカメラ機材を持たずに訪れる予定です。
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