今年読んだ三冊の本

 27日(土)は地平線報告会で写真家の小松由佳さんの話を聞いた。

 開高健ノンフィクション賞を授賞した『シリアの家族』(集英社)という作品ができるまでの激動の日々とその課程での思索を語ってくれた。

新宿での小松由佳さんの報告会

『シリアの家族』は発売一カ月で増刷になった。

去年12月のアサド政権崩壊後、故郷パルミラの市街地の8割が破砕されているのを自宅の屋根の上から見る由佳さんの夫、シリア人のラドワンさん。由佳さんは夫が見ているのは瓦礫の山ではなく、将来復興したパルミラなのだと直感したという。そしてそのとおり、ラドワンさんは先週日曜、日本を離れシリアへと一人旅立った。パルミラに「ともだち」というホテルを来年4月にオープンするという。

 2017年に彼女が1歳の長男サーメル君とヨルダンに子連れ取材をする様子を取材したときからのご縁である。難民取材にオシメの取れない赤ちゃんを連れていくなんて普通は考えないが、これは彼女のスタイルである。私もはじめの1週間ほどヨルダンの首都アンマンのシリア難民宅に由佳さんと一緒に宿泊させていただいた。

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 取材中、難民のテントの中でサーメルがはじめて二本足で立ち、難民家族は拍手して喜んだという記念すべき瞬間も共有した。この取材はNNNドキュメント(日テレ)で「サーメル 子連れ写真家とシリア難民」というタイトルで放送された。

 あれ以来、小松由佳さんは人間的にも、また写真家、ジャーナリストとしても著しい成長を遂げたと実感する。開高健ノンフィクション賞は、選考委員全員一致で圧倒的に評価されて決まったという。これからどこまで“大きく”なるか楽しみである。

 JCJ日本ジャーナリスト会議)の機関紙『ジャーナリスト』12月25日号の「25‘読書回顧―私のいちおし」という短い書評でこの本も取り上げた。

《石破前首相は戦後80年所感で「歴史に正面から向き合う」必要を強調したが、その思索の“タネ本”の一つが猪瀬直樹昭和16年夏の敗戦』(中公文庫)である。
太平洋戦争開戦直前、軍民から若手俊秀を集めた内閣直属の「総力戦研究所」が、対米戦は必敗との合理的な予測を東條首相に提出した。しかしそれは握り潰され、日本は立ち止まることなく破滅に突き進んでいった—その経緯を描くノンフィクションだ。高市新政権が独善的な危機扇動に傾くいまこそ読まれるべき一冊である。

 なお、この作品をドラマ化した8月のNスペ『シミュレーション』は、史実の歪曲と批判され、NHKの“劣化”が世間の話題となった。

 引き返せずに奈落へと向かう「慣性」の病理は、戦後も日本を蝕み続けている。辺野古しかり、原発しかり、リニア計画もまたその典型だ。

 いち早く警鐘を鳴らした樫田秀樹は15年度のJCJ賞を受賞した。リニア計画は、トンネル掘削による環境破壊や住民への工事被害をもたらす上、傾国の大赤字事業となるのは必定だ。だが“国策”であり、JR東海が巨大広告主である事情からマスコミは批判を自粛する。受賞から10年、樫田はすでに表面化した深刻な問題を自分の足で丹念に追い、『混迷のリニア中央新幹線』(旬報社)を上梓、これでもなお“敗戦”へ突き進むのかと我々に問う。

 25年度の開高健ノンフィクション賞は、小松由佳『シリアの家族』(集英社)が受賞した。シリア難民と結婚し二児をもうけた彼女が、「家族」を軸に、24年12月のアサド政権崩壊を挟む激動のシリア情勢を、まさに“自分事”として描き切った圧巻の一冊である。私は2017年のNNNドキュメントで彼女の番組を制作して以来のご縁だが、ヘイトが横行する今日、家族の中にもある異文化を理解し尊重する姿から、多くの示唆を与えられている。》

『ジャーナリスト』12月25日号

 

元国会議員が扇動政治家を叱る

 「秘書や事務員を雇うのは大変だろうけど、統一教会が無給で提供してくれるから何人でも申請しなさい」

 新人の自民党議員を集めた派閥の勉強会でこう教わったという。証言するのは元衆院議員の佐藤謙一郎氏だ。

 1947年生まれ。NHK記者、県議を経て87年の参院補選で初当選。衆院に転じて5期。07年に政界を引退し、有機野菜の生産・販売など「食と農」の活動に取り組んでいる。父は自民党国会議員だった佐藤一郎氏。

 佐藤氏が初めて国会議員になったのが1987年だから、統一教会自民党の深い関係は早くから始まっていたことがわかる。そして多くの国会議員が、韓国の教祖に絶対忠誠を誓う統一教会員を秘書や事務員としていわば身内に入れてしまったのだ。きわめて危険なズブズブの腐れ縁である。そして、この問題を高市内閣は完全に無視しようとしている。

朝日新聞16日朝刊

 朝日新聞のインタビュー「理想に燃えて 元国会議員・佐藤謙一郎さん」(16日朝刊)という記事が実に興味深かったので紹介したい。


    父親と同じ清話会(後の安倍派)に入った佐藤氏。当時の領袖は安倍晋太郎だった。新人議員の勉強会で三つのことを教わったという。冒頭の統一教会に頼ることのほかに「出席した会合に有名人が来ていたら、体を寄せて秘書に写真を撮らせなさい」そして「届いたお中元やお歳暮は、中身を確認したら包み直して選挙民に配りなさい」だった。その講師は、「後に首相になった有力政治家」だったそうだ。きっと森喜朗氏だろうと推測する。

 公のために、と高い理想を持って国会議員の活動をしようと思っていた佐藤氏は、とんでもない話だと部屋を飛び出したという。

 当選2回のとき、小泉純一郎氏から、お前のような青臭いやつは国対でもまれてこいと、国会対策副委員長に就いた。そこで佐藤氏は日本政治の「裏」を見たという。

 「野党の社会党とは鋭く対立しているように国民に見せかけて、実は仲良くがっちり握っている。各省庁からは毎晩のように料亭で接待されました。『今度の国会には○○法案を出します。うちのエースの○○課長が担当ですからよしなに』『地元の陳情は全部引き受けますから何なりと』。そんなことを一年もこなすと、次は好きなポストを得ることができる。自民党は機会平等。当選回数に応じたルートが確立していたんです」

 まるで漫画の政界裏話みたいなことが実態だと当事者がいう。いやはや。

 そこで佐藤氏は「政官財がもたれあい、政治腐敗の温床になっている。これを何としても壊さねばならず、小選挙区はダイナマイトとして使える」と思った。

 91年、自民党の当選1~3回議員が『政治改革を実現する若手議員の会』を結成し、佐藤氏が事務局長、石破茂氏が代表世話人になった。金がかかる政治を変えようと衆院中選挙区を廃止し小選挙区比例代表制を導入せよと活動した

 しかし選挙制度を変えても政治が良くなっていない。佐藤氏は改革が中途半端だったという。

 「国民ひとりあたり年250円を原資とする総額300億円以上の政党交付金制度は本来、企業・団体献金の廃止とセットだったはずです。なのに高市早苗首相は国会で『廃止とセットだったとの約束があったとは認識していない』。開いた口がふさがりません。結局、政治改革は『政争の具』に使われてしまったんです」

 佐藤氏は自民党を離党し、新党さきがけに参加するが自民、社会両党と連立を組むのは筋が通らないと離党。その後入った旧民主党も根っこは自民党と大きく変わらないことに幻滅し、民主党政権誕生を前に、60歳で政界を引退した。

 佐藤氏は今の自民党を厳しく批判すると同時に、自分にも反省の目を向ける。

 安倍第二次政権で「自分に従わない、気に入らない政治家や官僚は排除し、干し上げる。結果、自分の頭でものを考えないイエスマンや『安倍チルドレン』ばかりになってしまった。小選挙区制によって、公認権を握る総裁の力が絶大になってしまった。そうなることを予測できなかった僕は不覚でした」

 そして、今の政治のあり方をこう語っている。

 「僕は『敗者』であり続けました。たぶん石破さんも。政権交代が『失敗』に終った民主党の議員も。『敗者』は往々にして、情熱的に理想を語ったり、大きな社会構想を示したりすることをためらうというか、足がすくんでなかなか思うように動けなくなる。その間隙をついて、デマでも差別でも手段を選ばない扇動政治家が『勝者』になっている。日本政治は泥沼にはまり込んでいるのでは」

 このインタビュー記事は、12月16日(火)の大竹まことゴールデンラジオ(文化放送)でも詳しく紹介された。https://news.livedoor.com/article/detail/30213967/

 アメリカを筆頭にポピュリズムの嵐が吹き荒れ、自民党内からリベラリズムの最後の残り火が消え、扇動政治家が跋扈しているようにも見える今、佐藤氏の言葉には深く頷かされるものがある。

日本によるウクライナへのガバナンス支援

 私が応援しているウクライナの青年ボランティア、マックス君

前線近くの高齢者に支援物資を届けるマックス(右)。2023年10月撮影


 メールしても2週間以上返信がなく、もしやと心配していたら、先日ようやく連絡があった。前線に滞在していて通信できなかったという。

 彼が住むドニプロに「あらゆる方面からロシア軍が押し寄せていて、前線が非常に困難な状態になっているので、やらなければならないことが山積みです」とのこと。彼はまだ22歳で軍役に動員される年齢(25歳以上)に達していないが、故郷が占領されそうになったら軍に志願するだろうと言っていた。前線に長期に滞在していたのは、軍事的な作業に携わっていたからだろう。彼とのやり取りから、厳しい戦況がリアルに伝わってきた。私はお金を送るくらいしかできないが、引き続き支援していきたい。

 

 ゼレンスキーの最側近で、ウクライナの和平交渉や対米・対露交渉を取り仕切る「政権ナンバー2」とも言われる大統領府長官イェルマークが解任された。

 解任は、国家反汚職局(NABU)などが、国営原子力企業「エネルゴアトム」をめぐる収賄疑惑など、大規模な汚職事件の捜査が波及するなか、国内外の政治的圧力に押される形で行われた

エルマーク。父はユダヤウクライナ人。弁護士で映画のプロデューㇲも行っていた2011年ごろからゼレンスキー氏と知り合って以来、緊密な関係を築いてきた。


 ウクライナでは、汚職との闘いはロシアに対する戦闘と並ぶ最重要課題と位置付けられている。ソ連時代から引きずってきた汚職体質を改めなければEU加盟もできないし、何よりお金の流れの透明性を確保しなければ、国際支援にブレーキがかかってしまう。また、汚職対策は復興・投資環境整備の中核要素でもあるウクライナ国民がゼレンスキー政権を批判するさいの第一のテーマも汚職対策が不十分であることだった。

takase.hatenablog.jp

 大統領府長官の交代は、「大統領府の刷新」として対内外に反汚職姿勢をアピールする狙いがある一方、停船をめぐる対米交渉の最中に要人を失うリスクや政権基盤への打撃も大きい。「ゼレンスキー政権最大の危機」とも報じられている。

 こうしたなか、日本が汚職撲滅への支援に乗り出す。法務省は、ウクライナの司法省や国家反汚職対策局、特別反汚職検察などの職員を日本に招き、日本の贈収賄規制や科学捜査の在り方などをテーマに初の二国間研修を開始した。

 国家の腐敗についての指標とされる「腐敗認識指数」(トランスペアレンシー・インターナショナル)では、180カ国中、日本は20位、ウクライナは105位ウクライナ2021年の122位から順位を少しづつ上げてクリーン度は増してきているものの、市民感覚からすると「まだまだひどい」ということなのだろう。ちなみにロシアは154位。

www.globalnote.jp

 日本はまた、ウクライナの税関長選びにも大きく関わるという。これにはEUと日米が支援し、今秋から現地3人を含む6人の指名委員会ができるが、その委員長になるのが御厨(みくりや)邦雄さん(71)だ。

朝日新聞12月9日朝刊「ひと」

 《「税関改革は経済改革の第一歩。トップを頻繁に交代させず、腰を据えて取り組むべきだ」と進言したが、正式な長官が決まらない状況が続く。オンラインで開いた指名委員会の公聴会では、市民の代表から汚職に対する厳しい意見も相次いだ》(朝日「ひと」欄1209)

 彼は旧大蔵省出身で、税関の国際協調を支える世界税関機構WCO)の事務総局長を2008年から23年まで15年間のわたって務めたという。彼の存在を知らなかったが、いろんな国際機関で日本人が意外に活躍しているものだ。なお御厨さん、委員長の仕事は無報酬でも「蓄えた知見でお役に立てるのはうれしい」と近くキーウに赴くという。

 日本は、「人道支援」として地雷除去をウクライナ支援の柱の一つに位置づけ、主に機材供与・技術協力・人材育成を通じて、ウクライナが自力で地雷や不発弾を処理できる能力を高める形で関与しているが、汚職撲滅や税関改革への協力も日本らしい支援として高く評価したい。

 

スパイ防止法をめぐる北村滋×小泉悠対談

 高市内閣では「スパイ防止法」制定への動きが急ピッチで進んでいる。

 高まる情報戦の重要性と自由弾圧の危険性などを論拠に賛否の議論が闘わされている。そんななか、『週刊現代』が北村滋と小泉悠という異色の取り合わせで、「結局、スパイ防止法は必要なんですか?北村滋×小泉悠が徹底的に語る『日本のスパイ対策の実態』」と題する対談を掲載した。

  北村滋氏といえば、警察官僚として長く情報畑を歩み、内閣情報官、国家安全保障局長などを歴任した、日本の安全保障・危機管理における情報のプロである。安倍晋三氏に重用され、安倍の懐刀と言われたこともあった。

北村氏

小泉氏


 小泉悠氏は、ロシアの安全保障・軍事問題を専門とし、その深い知見とユーモアを交えた解説で知られる、私の尊敬する軍事アナリストである。

 

gendai.media

 

 近年の情報戦の特徴としては、単に情報を盗み取るだけでなく、世論誘導の比重が高くかっているという。以下、引用。

北村 怖いのは昨今、SNSなどのネットを使った世論誘導が常態化していることです。

 ネットが生まれる前は、マスコミの幹部や政治家などに働きかけて世論を誘導しようとしていたから、大変な労力がかかったわけですが……。

小泉 実際に戦後、ソ連のスパイは朝日から産経まで幅広い新聞社の記者に接触し、取り込もうとしていました。

北村 有名なのは、'70年代に日本で活動していたKGBレフチェンコです。アメリカに亡命した後、'82年の米議会の秘密聴聞会で、日本の世論を誘導しようと画策していたことを暴露しました。

 より最近では、中国大使館の一等書記官で、'12年に警視庁が出頭要請を出した李春光がいます。

 李春光松下政経塾に入り、東大の付属機関で研究員をした後、農水省に食い込んで機密文書を閲覧していました。当時、各国がTPP(環太平洋パートナーシップ)協定の締結に向けて準備を進める中、政財界の要人に次々と接触し、日本がTPP条約交渉に参加するのを阻止しようとしていたのです。

小泉 ロシアの世論工作は、偽情報を広めるだけでなく、相手国の世論が荒れるように、多くの人が最も頭にくる話題を投げ込んでいくのが得意です。さらには情報を流すだけでなく、たとえば外国人・難民と地元民の小競り合いを偽装したりして、社会不安を煽るわけです。

・・・・

 そして話は「スパイ防止法」に入る。

小泉 最終的に、国家として重要になるのは、集めた情報を総覧して政策に活かすことですね。その点、日本には情報を専門に扱う組織がなく遅れをとっているとよく言われますが、いかがでしょうか。

北村 たしかに、戦後の日本には情報収集を専らにする機関は存在しませんでしたが、だからといって情報機関がなかったわけではない。諸々の情報を集めて分析する内調(内閣情報調査室)の人員は約200人強ですが。これを情報分析に特化した機関と考えれば我が国の規模からすると、むしろ手厚い陣容だと言えます

小泉 確かにそうですね。内閣衛星センターは10機の情報収集衛星を運用しています

北村 じつは先進国の中でも、自前の偵察衛星をこれだけ多く運用しているのは、アメリカと日本だけです。多分、北朝鮮の軍事的な動向も一定限度、把握は可能でしょう。

 高市首相は国家情報局の創設を検討していますが、今の日本に必要なのは大きな組織よりも、各省庁から内閣がきちんと情報を共有してもらう仕組みだと私は思います

小泉 スパイ防止法についてはいかがですか。

北村 日本にはすでに、私が成立に関わった特定秘密保護法と、重要経済安保情報保護活用法がありますから、スパイを取り締まる法規がないわけではありません。

 ただ、法律が濫用されないよう、行為の要件を厳しく絞りましたから、その立証が極めて困難です。不正行為をもう少し手前の段階で取り締まることができる条項があってもよいかもしれません。

 アメリカのFBI(連邦捜査局)関係者に聞くと、諸外国ではかなり厳しくスパイを取り締まっていて、終身刑を含む重罰を科する国も多い。反面、日本では最高でも拘禁刑10年ですから、罰則も一つの検討すべき課題でしょう。

小泉 スパイ防止法をつくるなら、もう少し実効的にするべきだろうと私も思います

 本当かどうかはわかりませんが、プーチンは子供の頃にスパイ映画を見て、「100万人の軍隊でもできないことを、スパイはたった1人でやってのけるんだ」と感動し、KGBを志したと語っています。

北村 戦前、ゾルゲは我が国の命運につながる情報を収集して本国に打電していた。したがって、彼はソ連では英雄です。スパイが大きな脅威になりうることを、もっと日本人も認識しなければならないのかもしれませんね。

・・・・

 北村氏が「スパイ防止法」を積極的に推進する立場かと思ったら、非常に冷静でむしろ慎重といってもよい議論をしているのが印象的である。

 偵察衛星を10個も運用しているのは日本とアメリカくらいというのは意外だった。やはり、まずは実態を知ることが大事だと思った。

「偉大なるお母様」と金正恩

 金正恩の母親の肉声を初めて聞いた

 5日、6日と「第7回北朝鮮に自由を!人権映画祭」が開かれ、日本で未公開の作品が多数上映された。

 なかでも興味深かったのが、幻の高容姫(コ・ヨンヒ)映画『偉大なる先軍朝鮮のお母様』(2011)。彼女を偶像化してまつりあげるために作られた映画である。

 金正恩が後継者として内外に示されたのが2010年9月の朝鮮労働党代表者会で、人民軍大将、党中央委員、中央軍事委員会副委員長に就いた。この映画は、翌年2011年12月に父の金正日が死去するまでの間に、金正恩が正統な後継者であることをアピールするために急遽制作されたと思われる。

金正恩が「お母様」から教えを受ける

 ところが、この映画の公開には幹部らが一斉に猛反対したという。それは映画には「お母様」のお言葉が流れるが、わずかな日本訛りがあり、在日と分かると危惧したからだった。北朝鮮の外では知られているが、高容姫は日本生まれの在日コリアンで、「帰国運動」のなか家族とともに北朝鮮に渡っている。

 お蔵入りになったこの映画が中朝国境から密かに流れ、この日の上映となった。

高容姫
1952年 大阪市生野区鶴橋に生まれる
1962年 第99次帰国船で北朝鮮へ渡る(小4のとき)。
1973年 「万寿台(マンスデ)芸術団」のスターダンサーとして日本公演
1984年 金正恩を出産
2004年5月24日 胚がんのためパリで死去

 この日講演したジャーナリストの五味洋治さんは、金正男に単独インタビューして、彼が金正恩への権力世襲に反対し、中国流の改革開放を支持することを世界に知らしめたスクープで知られる。高容姫についてはその出自と行動を長年にわたって調べ上げ、『高容姫「金正恩の母」になった在日コリアン(文春新書)を上梓している。なお、これまでと漢字で記載されてきたのは間違いで、が適当であることを五味さんは確定した。

 高英姫の英は영(yeong)だが、実際は용(yong)。日本語で発音するとどちらも「ヨン」となるが、後者の漢字は容や用、勇に該当する。北朝鮮では漢字を使用しないのだが、高容姫あたりが妥当だろうというのだ。彼女は革命烈士陵に葬られており、墓石に고용희と刻まれていることが写真でも確認されているという。

講演する五味洋治さん

 五味さんによれば、高容姫は偽造旅券で何度も海外旅行をしており、日本ではお忍びでディズニーランドや美空ひばり館も訪れたという。金正日の寵愛を受けた彼女だが、その出自を生涯隠し続けなければならなかった。その人の出自が人生を決める北朝鮮では、在日コリアンは「動揺階層」または「敵対階層」に分類されるが、金ファミリーは汚れ無き「核心階層」の血統でなければならないのだ。

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 高容姫が金正日に最も寵愛された愛人(正式の妻=金正男の母親が別にいた)でありながら、その出自を隠し一生「日陰者」として生きなければならなかったことが、金正恩に大きな影響を与えた可能性を五味さんは指摘する。母親コンプレックス、アイデンティティの混乱で悩んでいることが背景にあって、疑心暗鬼を募らせている可能性である。それが、叔父であり彼の後見人でもあった張成沢(チャンソンテク)をむごたらしい方法で処刑し数千人に上るとも言われるその関係者を粛清、さらに異母兄の金正男をまるでスパイ映画のような手口でマレーシアの空港で暗殺するという残忍な所業を重ねることにつながっているかもしれない。近年、北朝鮮国内での公開処刑の頻度も高くなっているという。

 ただ、金正恩自身は母親のふるさとである日本に特別な思いをもつと五味さんは推測する。また、「戦後補償という形で、堂々とお金を取れるのは日本だけ」(五味さん)であることも確かで、拉致問題の交渉の糸口を見つけることは可能だろう。

 金正恩には抗日戦争の軍歴や国家建設の実績もなければ、純粋な「血統」もない。自分の権威に必要なのは、これまでにない新たな施策で実績を示すことだ。彼は建国以来の国是だった「朝鮮の統一」を捨て、韓国を別の国家とした。また父親の金正日が制定した独自の「主体年号」(金日成生誕の1912年を元年とする)を使用せず西暦にするなど、先代、先々代の理念や原則を大胆に否定するのも、このコンプレックスが関係しているかもしれない。

 五味さんの話は、高容姫の出自から金正恩のパーソナリティ分析に及んだ。今後の北朝鮮との向き合い方を考える上でも興味深いものだった。

「5人はなぜ北朝鮮から帰れたのか?」を公開しました

 拉致問題に関するYoutube発信を続けている。

 拉致問題は2002年の小泉訪朝で5人の身柄を取り戻して以降、動かない、というより政府が動かす気がない状態が続いている。結果、人々の関心も低下し、ほとんどの若い人は横田めぐみさんの名前も知らない。少しでもこの問題を前に進めていくことに貢献したいと思っている。

 拉致問題の闇】第5弾は、12月2日にアップして2日間で20万回視聴。いわゆるバズっているわけだが、この分野で広くアピールできたのはうれしい。

拉致問題の闇】第5弾「5人はなぜ北朝鮮から帰れたのか?」をYoutube高世仁の報道されない見えざるニュース」で公開しました。
 2002年9月の日朝首脳会談で、金正日はこれまで否定してきた拉致を認め謝罪、5人の拉致被害者が帰国した。しかし、北朝鮮外務省は拉致を認めることに断固反対していた。
 では、なぜ5人は帰れたのか?北朝鮮の元外交官、太永浩(テヨンホ)氏が当時の内部事情を明かした。


太永浩(태영호、テヨンホ)氏の略歴:
1962年 平壌生まれ
1988年 北朝鮮外務省入省
2013年 駐英北朝鮮大使館公使
2016年 韓国に亡命
2017年 国家安全保障戦略研究院
2022年4月~2024年4月 韓国国会議員
2024年7月~2025年7月 民主平和統一諮問会議事務所長(次官級)

www.youtube.com


・・・・

 きょう午前、衆院拉致問題委員会で有田芳生さんが質問

 まず、政府認定拉致被害者を17人としているのに対して警察庁は19人なのはなぜか
意外に知られていないのだが、日本国籍者でないと政府認定にならない。警察庁は日本から国外への略取という犯罪行為があるかどうかで国籍は関係ないので、朝鮮籍の幼い姉弟の事案も含めるのである。

 2児拉致事件、渡辺秀子さん2児拉致事件とも言われる事案で、殺人を含む非常に陰惨な犯罪である。日本の警察は実行犯の国際手配もしている。

ja.wikipedia.org

 「高姉弟拉致の主犯である北朝鮮工作員洪寿恵(ホンスヘ)こと木下陽子について、逮捕状の発付を得て国際手配を行うとともに、外務省を通じて、北朝鮮に対し、身柄の引き渡しを要求しています」https://www.npa.go.jp/keibi/gaiji1/abd_j/fukui_2.html

 有田さんは政府認定と警察認定は統一した方がよいというが、私も同意見。

 次に政府認定17人のうち、北朝鮮が拉致を認めない4人の年齢を質した。

久米裕さん 100歳。
田中実さん 77歳。
松本京子さん 76歳。
曽我ミヨシさん(ひとみさんの母親) 93歳。

 時間がない。2014年10月に北朝鮮から田中実さん(と金田龍光さん)が生存している、田中実さんについては日本女性と結婚して子どもがいると通知があったのを未だに無視しつづけている。妻も拉致被害者の可能性がある。私(有田)は松本京子さんの可能性もあると思う。これは人権、人道問題であり看過できない。横田めぐみさんが生存しているとなれば必ず動くはずだが、なぜ田中さんだと政府は動かないのか。すぐにも面会して事情を確認すべきだと有田さんが要請。茂木外相は、「ご提案を受け止める」と答えた。

 なんとか拉致問題の停滞・放置状態に風穴を開けていきたい。

「私たちが最後の世代」と言う中国の若者たち

 高市早苗首相の台湾有事と存立危機事態に関する答弁を機に、議論が白熱している。

 私は、高市発言は、日本の首相という立場で言ってはならない内容だと思い、その点で批判している。一方で、台湾の将来についてもっとも重視されるべきは、台湾の人々の自由で自発的な選択であって、それが力で左右されてはならないと思う。だから、北京政府が台湾を軍事的に占領したとしても、それは中国の国内問題であり日本とは関係ない(だから勝手にしろ)、という議論には与しない。

 中国研究家の阿古智子東京大学大学院教授が一昨日出したコラム《ここへきて中国の言論・経済状況が悪化…多くの人が理解できていない「中国関係者の暴言・無礼」の構造》が鋭い議論を展開している。以下は冒頭部分―

 《11月7日の衆議院予算委員会における高市早苗首相の「存立危機事態」に関する答弁に中国政府が反発し、日本への渡航自粛要請を出すやいなや、日本行きツアーの中止や留学プログラムのキャンセルなどが相次ぎ、日本行きの航空便も減便されている。19日、中国政府は水産物の輸入を停止する方針を日本に示した。

 高市首相がどのような経緯で答弁を行ったのか、その内容が妥当であったのか、あるいは、そもそもどのような条件が「存立危機事態」に該当するのかなど、日本国内では活発な議論が行われている。

 日本国内でのこうした議論は非常に重要だが、残念ながら、中国政府がその意義を理解するはずがない。意義があると感じる人がいても、厳しい言論統制下においては、そのような姿勢を示した人は処罰される。

 しかし、中国政府による言論空間の遮断を意識した上で、日本のリスク管理国益について考え、議論しようとする人が日本にはほとんどいない。私はそのことに危機感を持ち、この文章を書いている。

 現在の日本における中国理解はあまりにもお粗末な状態だ。政府、国会議員、メディア、国民の各層において、中国の動きを捉える上で重要な情報、中国政府とその関係機関による言論統制の特徴、彼らが作り出すナラティブ(語り)を把握できていない。

 しかし、その責任は研究者にもある。なぜなら、日本の中国研究者が見るべきところを見ていないし、書くべきこと、言うべきことを表現していないからだ。

 中国研究者として少しでも責任を果たすべく、私は日中関係の緊張に関連して、以下の3点を強調したい。

1.中国政府のナラティブには意図がある。それに煽られると日本は国益を損なう。
2.日本にとっての正論は現在の中国政府には通じず、日本は中国のナラティブを覆すナラティブを生み出す必要がある。
3.人間性の破壊が深刻なレベルにまで及んでいる中国と同じ土壌で闘おうとせず、弱みを握られることを避け、淡々と日本自らの目的と利益を見据える。

gendai.media

  最後はこう結ばれている。

 《私は大学入学以降、30年以上かけて中国研究を行ってきたが、ここ数年、中国の言論・思想の統制と経済状況の悪化は相当深刻なレベルにまで達していると強く感じる

 監視や検閲は隅々にまで及び、5〜6人で社会問題について読書会を組織するだけでも、警察が尋問にやってくる。バーやカフェ、小さな活動拠点で行われるフェミニズム、同性愛、労働問題、貧困問題、環境保護などを扱う活動にも警察は目を光らせており、組織力のある人物は徹底的にマークされる。

 10月にはおよそ30名の非公認教会(家庭教会)である「シオン教会(錫安教会)」の牧師・教職者が一斉に拘束された。ウイグルチベット、モンゴルなど少数民族への弾圧、香港の凋落ぶりは指摘するまでもないだろう。

 当事者のプライバシーと安全に関わるため、ここで詳しく書くことはできないが、何人もの私の友人や知人が精神を病み、自殺に追い込まれ、不当に財産を奪われたり、冤罪を科されたりもしている。

 さまざまな制限を受け、リスクがあっても自分らしく思考し、行動しようとする知識人やジャーナリスト、活動家たちから得られる情報は貴重であるが、彼らの安全や精神状態への配慮を慎重に行い、信頼関係を着実に築くことができなければ、彼らとの交流や情報交換を円滑に行うことはできない。情報統制の壁の中と外で、複数のニックネームやペンネームを使い分けながら活動することが多い彼らの動きをとらえるのが、難しい側面もある。

 さらに、情報機関などとつながっている「両面人」(表と裏の顔を使い分けて行動する二面性を持つ人物)を見抜く力がなければ、情報機関の観察対象として「泳がされて」しまったり、間違った情報を鵜呑みにしてしまったりすることもある。権力側から金品をもらったり、特別な待遇を与えられたりして情報の収集や分析にあたる人物もいる。彼らは立場の弱い状況にあり、狙われてしまうことが多い。

 例えば、資金不足や借金に苦しんでいる、家族の病気に悩んでいる、家族や友人が監視下に置かれている、不倫などの問題を抱えているといった状況である。虚栄心がある、媚びへつらいをする、確固とした信念がなく考えが揺らぎやすいなど、性格を読まれて、誘い込まれる場合もあるだろう。日本に関わる中国の政策担当者の暴言や失礼な振る舞いにも、こうした裏があるかもしれない。

 私は、人間性の破壊が深刻なレベルにまで及んでいる中国と同じ土壌で闘おうとせず、弱みを握られることを避け、淡々と日本自らの目的と利益を見据えることが重要だと考える。

 例えば、国レベルで見れば、ウクライナではエネルギー業界をめぐる約1億ドル規模の巨額汚職事件が発覚し、この捜査を受けて、エネルギー大臣や司法大臣らが辞意を表明・職務停止となった。

 米国は長らく、ウクライナが効果的な汚職対策と改革を実行することを、支援継続の重要な条件としており、ウクライナ国内の汚職による政治的混乱が、トランプ大統領などによるロシア寄りの和平案を受け入れさせるための「弱み」として利用されるかもしれない。

 世界の多くの国で政治家のエゴや自国優先主義が顕著になる中、国内の混乱や分断が利用されないように、鋭い分析力と表裏を使い分けた戦略によって、日本の弱みにつけ込んでくる浸透工作に断固として立ち向かわなければならない。

 個人レベルにおいても同じことが言える。中国共産党政権の過酷な環境で苦しむ人に同情し、リスクがある中でも良心と勇気を持って行動しようとする人々をさまざまな形でサポートすることが権威主義国家の基盤を崩し、日本の民主主義を守ることにつながる。さらに、この厳しい状況の下では、権力に擦り寄り、嘘と欺瞞に塗れた生活を送っている人もいるという現実を、できるだけ冷静かつ客観的にとらえ、対策を考える必要もある。

 戦後、日本人が享受してきた民主主義と自由、そして平和はこれからも無条件で続くわけではない。自らが意識してリスクを管理し、方向性を定めていかなければ、知らず知らずのうちに進みたくない方向に進み、取り返しのつかないことになる。日本人は今こそ、「平和ボケ」の状態から脱却しなければならない。

weiboのトレンドランキング上位はすべて対日攻撃。政権のスクリーニングの後に演出されて対立を煽っていると阿古氏は言う(Weekly OCHIAIより)


 急速に全体主義に傾斜する今の中国を「普通の国」と見て相手にしてはならないと、リベラル派の弱点を突く(通常リベラルは今の日本を「平和ボケ」などとは言わない)、非常に勇気ある発言である。

 そして民主主義をより徹底して、「中国のナラティブを覆すナラティブを生み出」せと日本の向かうべき方向にも実践的な提言をしている。これは中国と比べてさらに抑圧度の強い(したがって世論というものがない)北朝鮮への向き合い方にも通じると思った。

Weeky OCHIAI(1127)より

 阿古氏はyoutubeでも積極的に発言を続けている。以下の落合氏とのトークでは、習近平政権は全国民の監視体制を完成したと分析し、「私たちは最後の世代です、ありがとう」(これはコロナ禍の時に流行った言葉だという)と描いた芸術作品を見せながら、こんなに抑圧された生きにくい世の中なら、子どもを産まない、次の世代を作らないという意味だと解説。阿古氏のまわりの若い中国人は結婚などしないという人ばかりだと絶望的な状況を語った。

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