■管理職の罰ゲーム化
管理職に求められることが変化しているという調査データがあります。10年前と比べ変わったと答えた管理職が79.8%にも上っています(ALL DIFFERENT株式会社)。それは管理職に対する期待が広範になったことを指しています。成果を出すこと、業務を管理すること、部下を育成することだけでなく、新事業創出やハラスメント対策、働き方改革、DE&Iなどなど… そうでなくても上からのプレッシャーは強く、やらなければならないことが多過ぎて、「やってられない」と感じている管理職が多いのは事実でしょう。疲弊していると言っていいでしょう。また、部下に対してもキャリア支援、1on1、エンゲージメントは上げなければならないし‥‥という具合で、過度な期待は上からと下からの両方になり、正に板挟みです。そのような状況を指して「管理職の罰ゲーム化」と言ったりします。
■管理職になりたくない理由「部下の期待に応えられない」
管理職自体があるべきリーダーシップを誤っている場合も多いと思います。「俺についてこい」的「率いるリーダーシップ」が正しいリーダーシップだと勘違いしていると、それが組織に伝搬し、若手の人たち、特に女性は「私にはそんなことできない」と多くの人が感じてしまう可能性が高いでしょう。
事実、一般社員のうち77.3%の人は「管理職になりたくない」と答えています(日本能率協会マネジメントセンター)。
「率いるリーダーシップ」が当たり前だと考えるカルチャーが主流を占める組織だとすると、部下は「指示待ち」や「教えてほしい」という上司依存体質に染まっている可能性が高い。そのような部下たちは常に何でも「丁寧に教えてほしい」と要求するでしょう。そんな組織だとすると「私にはその期待に応えらえない」と感じ、同様に管理職になりたくないと感じる人も多いと考えられます。
即ち「率いるリーダーシップ」が染みついた組織は、部下の自律が進まず、管理職に行き過ぎた、間違った過度な期待をかけることが自然と定着しています。これは正に企業カルチャーであって、強く根付いたカルチャーは簡単には変えられませんね。
■予算必達のプレッシャー
また、管理職は更にその上司から事業成果に対する強いプレッシャーを受けています。「予算達成は絶対だ!」という感じですね。もちろん、成果に対する責任はすべての社員が負わねばなりません。それがプロだからです。ジョブ型になろうが同じです。しかし、それは適切な目標とそれに必要なリソースが与えられるという条件が必要です。それがないままできないことにチャレンジするのはナンセンスです。また、変化の激しい現代の市場は何が起きるか分かりません。プロとして洞察して対応力を高めようが、競合がいる以上勝った負けたはつきものです。必要なのは「プロとして最善の努力をしたか」であって結果だけで評価してはなりません。もちろん、結果の責任は管理職にありますが、それは甘んじて受けるとして、それだけで評価してはならないのです。それにビクビクして毎日を送る必要なんて一切ないのです。考え、行動し、最善を尽くせばよいのです。
■オーセンティシティに向き合う
現代は管理職に「コンプライアンス」や「ハラスメント」などの対応を強く求められるでしょう。そこで大切なのは以前に書きました「リーダーのオーセンティシティ」です。信念や倫理観を普段から部下たちにどのように伝えるかが大切なのです。普段の対話によって在りたい姿を浸透させることがリーダーにとって最も大切な仕事のひとつです。それが言語化できていないと管理職は務まりません。難しいことではありません。自分の価値観とじっくり向き合えばよいのです。そのような日常を送っていれば、それが管理職になりたくない理由には絶対にならないでしょう。信条や人格が分かりやすい方がいいでしょうね。
■権限委譲と部下の自律
権限委譲を正しく行うことができている管理職が少ないのかもしれません。そんな上司を見ていると管理職にはなりたくないと思う人もいるかもしれませんね。管理職は上司の命令(「そんなことは自分でやらずに部下にやらせろ、権限委譲すればいいではないか」)で「権限委譲」をしなければならないと思い込み、部下に対しなんでも「自分で考えろ」と投げてしまう人がいますね。これは権限委譲ではありませんね。ただの放任です。まず経営システムを考えましょう。決裁基準・承認基準や会議開催ルールなどです。部長決裁なのかマネージャ決裁なのか、担当が自分で判断してよいのかです。私の知っている上場企業で5万円の備品購入も会長決裁という会社がありましたが、これでは部下は自律しませんよね。自分で決められない部下もいるでしょう。それは上記のように投げやりな「自分で考えろ」ではなく、コーチングが必要ですね。自分で決めることが喜びに感じるようにしなければなりません。それが任される自信につながるようにしなければなりませんね。それが部下の成長・自律につながります。
会議もとても重要です。シーンとした会議室で部長が一方的に方針や指示を話したり、上位会議の内容を伝えたりするだけの会議では、参加意欲は低下する一方でしょう。一緒に議論する場にしなければなりませんね。例えば、部長はファシリテーターとして会議を活性化し、皆が活発に意見を言い、かつ否定されず称賛され、皆の意見が反映される民主的な決断が出れば、その場は活性化しますし、その場を仕切った部長のリーダーシップは光り輝くでしょう。ロールモデルになると言ってもいいのではないでしょうか。大切なリーダーシップの一つですね。
そのような場で光るのは上司の視座です。以前にも何度か書きましたが、「広く見る、深く見る、先を見る」という洞察力や先見性の高い視座に立った部長のコメントが発信されたら、部下たちは尊敬するに決まっています。部長が光り輝いて見えるでしょう。あんな人になりたいと思うでしょう。皆も「学び」にビビッドになるでしょうね。
■愚痴は最低
また、愚痴ばかりこぼす上司がいますよね。役員から無理難題を押し付けられ、あんなのは最低だとか、言ってしまう人、いますよね。それは慎みましょう。もし無理難題を押し付けられても、黙って部下を守るのが上司のあるべき姿ですね。それをそのまま部下に押し付けるような姿を見せてしまったら、部長ってあんなに虐められるんだ。僕たちはそのしわ寄せを食うなんてまっぴらごめんだと思われるだけです。
「あんな管理職になりたくない」から「あんな管理職になりたい」への転換はそれほど難しことではないと思います。

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